「化石燃料を食べることはできないのか?」
この突拍子もない問いから立ち上がった企業がある。2022年に創業した米国カリフォルニア州のスタートアップ・Savorだ。
創業者の一人であるIan McKay氏は「一つのジャガイモを育てること、一頭の牛を育てることに大量の化石燃料が必要ならば、いっそのこと化石燃料をそのまま食べた方が負荷が小さいのではないか」と考えたのだ。
現在同社が商品化を進めているのは、食べられる化石燃料……ではない。しかし、Ian氏が立てた一風変わった問いは事業の根幹であり続け、数多くのリサーチと分析が重ねられた。
その結果、Savorがたどり着いたのが「炭素源を原料に脂肪を人工的に作ること」だ。工場に水、エネルギー、炭素源があれば製造可能であるという。具体的には、空気中から二酸化炭素を抽出し、水から水素を抽出し、加熱と酸化を経て脂肪を生み出す。
この製法ならば動物性食品どころか、農地すら必要としない。肉の代替食品として主力である大豆は、広大な土地で大量生産されることが多く、森林破壊や人権侵害の可能性が指摘されている(※1)。そのため、農地が不要であることは社会・環境両面で懸念の払拭につながるのだ。
そして同社は2024年7月、この技術を用いた、動物性不使用かつ農業非依存型のバターの製造に成功したと発表した。植物由来のいわゆるヴィーガンバターとも一線を画す、新たな一歩だ。通常のバター(塩分不使用、脂肪分80%)は1カロリーあたり2.4グラムの二酸化炭素が排出される(※2)。一方、人工で合成された脂肪は1カロリーあたり0.8グラム以下であり、カーボンフットプリントの数値上でも環境負荷が改善される見込みだ(※3)。
同社はマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏からも支援を得るなど、気候変動に関心を寄せる層からの期待も熱い。ビル氏は一足早くSavor社のバターを食し、「あれが本物のバターじゃなかったなんて信じられない」
と賞賛のコメントを残している。
筆者はスウェーデンに住んでいたことがあり、現地のスーパーマーケットにはヴィーガン向けの数種類のバターが、商品棚に当たり前のように並んでいた。通常のバターと比べて、ひと回り値段が高かったものの手が出ない高さではなかった。日本では、ヴィーガン向けのバターはなかなか気軽には買い物カゴに入れられない値段だ。
環境負荷の軽減が新たな環境問題を引き起こす悪循環を克服し、価格のハードルも乗り越えられれば、空気から生まれたバターが身近な選択肢となっていくだろうか。
※1 大豆ミートに潜む調達網リスク 森林破壊や人権侵害
※2 Butter, 80% fat, unsalted · 16.93 kg CO₂e/kg
※3 Davis, S.J., Alexander, K., Moreno-Cruz, J. et al. Food without agriculture. Nat Sustain 7, 90–95 (2024).
【参照サイト】Butter made from CO2, not cows, tastes like ‘the real thing’, claims startup|The Guardian
【参照サイト】二酸化炭素、水素から脂肪を開発する米Savorがバター試作品を開発|Foovo
【参照サイト】Savor
【参照サイト】Behind the Scenes of our Article in Nature Sustainability|Savor
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(元記事はこちら)IDEAS FOR GOOD:米スタートアップの「空気からできたバター」。農地不使用でCO2の排出削減