現在、新車販売台数に占める電気自動車(EV)の割合は数パーセントといわれているが、今後この割合は急速に伸びることが予想されている。
モルガン・スタンレーの予測によると、2025年に9%、2030年に16%、その後さらに加速し2040年には51%、2050年には69%に達する見込みという。2038年には、電気自動車の販売台数がガソリン車を上回る見込みだ。
このようなEVシフトが起こることで、大きな影響を受けるのが石油産業であり、それを主な収入源とする資源国家だ。
バンク・オブ・アメリカは、世界の石油需要は2030年頃をピークを迎え、下降トレンドへと移行すると予想。電気自動車の普及が最大の要因になるという。
実際一部の国でその兆候を示すデータが確認されている。ブルームバーグ・インテリジェンスによると、ドイツでは2018年前半にディーゼル需要が9%下落。また、イタリアではガソリン需要が2005年比で半減した。
このようなシナリオが実現するのかどうかは分からないが、EVシフトだけでなく代替可能エネルギーシフトの加速などを考慮すると、石油産業の将来の不確実性が高まっていることは確かといえるだろう。
石油の輸出が主な産業になっている中東諸国にとっては非常に深刻な問題だ。こうした中、中東各国では脱石油依存を掲げ、テクノロジーハブとしての地位を確立するための動きが活発化している。以前お伝えしたカタールの「ビジョン2030」やサウジアラビアの「サウジビジョン2030」などがそれだ。
サッカー日本代表との試合で度々話題となるオマーンもその1つ。「オマーン2040」というイニシアチブのもと、教育改革を通じた知識経済の確立、またイノベーションハブとしての地位の構築を目指している。
今回はオマーンの取り組みから中東で起こっている脱石油の動きに迫ってみたい。
中東諸国のなかでも日本との関係がひときわ深いオマーン
国土面積約30万平方キロメートル、イタリアと同等の大きさのオマーン。北西はアラブ首長国連邦、西はサウジアラビア、南西はイエメンと国境を接している。世界銀行によると、オマーンの人口はこの20年急速に増えている。2000年は約220万人だったが、2017年には470万人に達したという。首都マスカットには170万人ほどが住んでいる。
国王が統治する絶対君主制を敷くオマーン。現在は1970年に即位したスルタン・カブース国王が君主となっている。その祖父にあたる先々代の国王スルタン・タイムールは、1930年代神戸を訪れ日本人女性と結婚。2人の間には女児が誕生。ブサイナと名付けられたこの女児はその後王女としてオマーンに渡り、王家の人間として暮らしている。カブース国王の叔母にあたる人物だ。
こうした背景もあり、外交・経済・文化面で日本とは良好な関係を築いている。2011年3月の東日本大震災では、オマーンからLNG(液化天然ガス)の追加供給や1,000万ドル(約11億円)の義援金が送られたほか、支援の一環でオマーン王族系企業から福島県南相馬市の企業に26億円の発注がなされるなどしている。
オマーンの経済基盤となってきたのは石油の輸出。1970年までオマーンでは鎖国政策が実施されていたが、宮廷革命により即位したカブース国王によって石油収入を基盤とした経済を構築する政策が実施されてきた。
石油以外では現在観光産業が急速に拡大しており期待が高まっている。オマーン地元紙タイムズ・オブ・オマーンが伝えた同国観光省のデータによると、2017年にオマーンを訪れた観光客数は330万人と前年比で約5%の伸びとなった。今後もインバウンド需要は成長することが見込まれており、オマーン航空グループは2030年までに4,000万人のインバウンド旅行客を誘致する目標を明らかにしている。
オマーンの人気観光スポットの1つ「ワディ・シャブ」
イノベーション国家イニシアチブ「オマーン2040」
石油依存の脱却を目指すオマーン。2013年末に発表した国家ビジョン「オマーン2040」に同国が目指す未来の姿が映し出されている。
オマーン2040が示しているのは、科学技術を基盤とする経済やナレッジ・ベースの社会を通じて、持続可能な形で国民のウェルビーイングが実現される国の形だ。
そのための具体的な数値目標も掲げられている。
国民のスキルや知識水準に関して、世界経済フォーラムが発表している「世界競争力ランキング」を活用。同ランキングの構成指数である「スキル」を現在の36位から、2030年に20位以内、2040年までに10位以内にランクインさせることを目指す。「スキル」指数は、さらに細かい構成要素があり、それらには「教育期間の長さ」「職業トレーニング期間の長さ」「職業トレーニングの質」「新卒者のスキルセット」「国民のデジタルスキル」などが含まれており、「スキル」を向上させるには、これらを向上させる必要がある。
また世界知的所有権機関(WIPO)の「世界イノベーションランキング」やINSEADの「世界人材競争力ランキング」などが具体的な数値目標として用いられるようだ。
「世界イノベーションランキング」でオマーンは現在69位だが、2030年に40位以内、2040年に20位以内を狙う。同ランキングでは、イノベーションが起きやすい制度やナレッジワーカーの有無、ICTアクセス、政府の電子化レベル、GDPに占める教育費の割合、理系大学卒業生の数などが評価される。
一方「世界人材競争力ランキング」では、労働者の教育水準、大学卒業者の数、専門職・研究者の数、女性の大学卒業生数などが評価される。現在オマーンは世界48位。2030年までに30位以内、2040年までに20位以内を狙う。
オマーンの女性
このほかにもさまざまなランキングや指数を用いた数値目標が定められている。
すでにこの一環で、2018年に新しい理系大学「国立科学技術大学」を開校。工学系と医療系に特化した理系大学で、タイムズ・オブ・オマーン紙によると、同大学には4200人以上の学生が在籍しており、学生の出身国は33カ国に上るという。
オマーン2040はその詳細に関して現在も議論が続けられており、今後も変更や追加がなされる見込みだ。石油依存経済から脱却し、イノベーション国家となることができるのか。中東変革の一翼を担うオマーンの動きから目が離せない。
文:細谷元(Livit)