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世界中の企業がデジタル化と自動化を加速する中、インドのソフトウェア・アズ・ア・サービス(SaaS)市場は2030年までに5,000億ドル(約75兆円)の価値に達する可能性があるとされている。インドのソフトウェア市場のポテンシャルはどの程度なのだろうか。
冷えた市場で耐え忍んだインドのSaaS
インドのメディアYour Storyの調査によると、2022年のインドにおけるSaaSの資金調達は182件、合計18億9,000万ドル(約2,683億円、1ドル142円計算)であったが、2023年には111件、額はわずか4億8,209ドル程度にとどまったことがわかっている。
AIやオートメーションが活況を見せる中、全般的に資金調達の冬とされた市場で堂々と生き延びたとされるインドのSaaSだが数字を見る限り好調には見えない。
しかしながら専門家の予測では大幅な成長を見越しており2030年までに収益規模は最大で700億ドル、企業価値は5,000億ドルに達するとしている。
2022年までの数年インドではゼロ金利政策が施行されていたため、チャンスを模索し高リスクを厭わない投資家たちがスタートアップへと投資したため、かなりの資金がスタートアップへと流入していた。そこで2023年にインフレーションが始まり、金利が上昇したためにスタートアップへの資金が途絶えた。唯一のグッドニュースは、インドにルーツを持つ起業家が設立したマーケティング自動化プロバイダのクラビヨが、5億7,600万ドル(約851億円)規模でニューヨーク証券取引所に上場したこと。時価総額は82億ドル、日本円でおよそ1兆2,000億の大型上場となった。ただし、同社はアメリカのボストンに本社がある。
インドのSaaS業界を形成する創業者やプロダクトビルダーのコミュニティ「SaaSBoomi」とコンサルティング会社のマッキンゼーの報告書によると、世界の市場が困難な時期ではあるものの、今後のインドのSaaS市場は、教育、ヘルスケア、フリート管理、ライドシェア、農業の領域で発展が期待されている。
前述の通り、2030年までの大幅成長では、ユニコーン企業100社、ケンタウロス企業50社、そして50万人分の雇用を生み出すとしている。インドの国内SaaS市場は2020年の26億ドルから2022年には70億ドル規模に成長。またインド発のSaaSスタートアップは現在3,500社あり、ユニコーンは20社ある。
インド政府の取り組みでもある「Make in India」のデジタル版にあたるSaaSは、現在その90%が世界向けのサービスを提供している。2015年にはわずか40社だったSaaS企業は3,500社まで増加し、そのほとんどがホリゾンタルSaaSであったが、ここへ来てヘルスケアや生成AIの分野でのヴァーティカルSaaSが登場している。
なお世界全体のSaaS市場は過去2年間(2021‐2022年)で年平均成長率が38%、4,200億ドルの成長、2030年までに収益は最大1兆6,000億ドルとなり最大18%の成長率を見越している。
コンサルティング会社のベイン・アンド・カンパニーが作成したインドのSaaS市場に関する報告書によると、世界におけるインドのSaaSの総収益シェアは2022年の時点でおよそ5%、この先5年は年間最大25%の成長を見せ、2027年までには年間経常収益が合計で350億ドル規模となり、世界市場の8%へと広がると予測している。
この成長の根拠として同報告書は、この5年間でインドに約1,600ものSaaS企業が設立された実績やそのうち12~14社が年間経常収益1億ドルのラインを超えたことをあげている。アメリカの企業が1億~3億ドルの年間経常収益で上場することから、この1億ドルのラインをIPOの目安としているのだ。
世界最大の人口を抱えながらも世界に目を向けるインド
2023年末現在、ナスダックに上場しているインドのSaaS企業は、チェンナイで設立されたクラウドベースのFreshwork一社のみだ。ただ、上場していなくとも年間経常収益が5,000万から1億ドル規模の会社が最大で16社、2,000万から5,000万ドルが最大25社、1,000万から2,000万ドルが最大35社という顔ぶれで、インドのSaaSへの投資家たちにもリターンが見られるステージへと移行してきた。
インド発のSaaSは14億人もの人口を相手にする「インド市場第一」と、世界中の顧客向けの販売をしている「世界市場第一」の2種類がある。
インド市場第一の企業には、Perfios、Lentra、MP2、Zopperなどの日本の投資市場でも知られる銘柄のラインナップ。一方で世界市場向けの企業には、Zoho、Freshwork、ゲインサイト(Gainsight)、Icertis、Zenoti、LeenaそしてEntropikが挙げられる。うち、Zoho、Freshwork、Icertisは発売当初から世界向けに販売を開始し、EntropikとLeenaの両社はまずインド市場で発売を開始してから世界へと進出している。
両カテゴリー共に、5,000万ドル以上の規模で収益を上げている企業は数十社にも上る。「インドに投資するにはまたとない最高の時機」とする報告では、インドのケンタウロス企業およびユニコーン企業は2030年までに200億から250億ドルの収益となると予想している。
資金調達と共に成長を続けるインド企業
躍進を続けるインドのSaaSは、その規模と成熟度においてアメリカに次ぐ世界第2位にまでのぼりつめている。
Business Todayのインタビューで、ベイン・アンド・カンパニーのアソシエイトパートナー、Ericson氏は「インドのSaaS企業の急増とその卓越に注目している」と述べ、「世界的なSaaS企業の設立や成長において、これまでイギリスやイスラエルの後塵を拝していたインドが、ここ3年間で急成長している」と分析。また、世界でのインドのSaaSシェアが8%になれば、2027年にトップの座も狙えると予測している。
インドのスタートアップにとって重要な成長戦略は、アメリカやイギリスといった大きなSaaS市場での販売だ。
現在、インド市場から得られる収益は20%に過ぎないとされ、インドのSaaS企業トップ20社の統計でも、アメリカ市場での収益が50%を超えている。アメリカ市場にはより莫大なポテンシャルがあり、現在インドのトップSaaS企業の85%が規模拡大のために、アメリカ市場に進出している。
アメリカ以外の市場では、市場のノウハウがあり距離的にも優位なインドおよび中東がホットスポットとしながらも、この市場は多様性が大きなネック。「これらの市場で成功を収めるには、屈強なパートナーのネットワークが欠かせない」とエカ・ソフトウェア社のCEO兼創業者のGarg氏が述べている。
ベイン・アンド・カンパニーの報告書では、バイヤー感情もポジティブだとしており、企業のソフトウェア購入意思決定者の65%が、2023年の予算拡大を示唆していた。また2022年は資金調達額も史上最高の51億ドル以上を記録したものの、同時に40社が清算へと至った。その結果として、投資家たちの機運は、インドのSaaSへの投資を増額する方向にあるとしている。
投資傾向は、アーリーステージでの投資の増加が主流で、さらにシードも取引数(対2021年比65%増)、取引額(170万ドル対130万ドル)ともに増加している。シリーズAでの投資はほぼ倍増、レイターステージは現在の市況によって最大手数社が増額しないことを選択したため減少傾向になった。
カギとなる生成AI
SaaSの今後の発展に欠かせないのが、生成AIとの統合だ。インドでは従業員エクスペリエンスのプラットフォームAtmicworkや、スモールビジネスに特化したBlubirchなどが生成AIと統合したSaaSで、新規資本を集めている。前述Garg氏は、「クラウドベースが標準していく中で、生成AIの波がTAM(対応可能な全体の市場規模)に2,500億ドル以上の価値を追加している」としている。
ベンチャーキャピタルの視点から、SaaSのスタートアップは将来性のある長期投資の機会とされているが、今後スタートアップの創業者が資金集めよりも目に見える価値の構築を優先させることによって、投資家を惹きつけることができるだろう」と、CleverTapの創業者兼最高製品責任者のJain氏は予測しており、その理由を「SaaSのビジネスモデル、特にB2Bは本質的にスケーラブルであることや、世界のデジタル変革やクラウドコンピューティングの成熟といった外的要因は、SaaSのエコシステムの進化を促進させるのみ」としている。
実際に、ベンチャーキャピタル投資は2022年と比較して2023年には54%の落ち込みを見せたが、AIを導入した企業の資金調達は大きな伸びを見せている。ゴールドマンサックスの見積もりでは、2021年に210億ドルだった世界のAI投資が2025年までに2,000億ドルにまで届くだろうとされている。
また、多言語モデルアプリの台頭によって基礎テクノロジーのアーキテクチャの変更や顧客のニーズの再形成を迫られるため、SaaS企業のAIとの統合が極めて重要になるとして、SaaSBoomiとマッキンゼーの報告書では、生成AIはSaaSにとっての「分岐点」と位置付けている。今後、SaaSへの投資はAIに注力した動向を見せると予測される。
SaaS市場の急成長は、世界的にもインドでも、そのスケーラビリティやソフトウェアアップデート、柔軟性のある価格モデルが下支えしている。中でもインドの成長は世界平均の18%を上回る23.7%と見られており、その背景にあるのは、世界のクラウド成熟地域に追いつこうとインドの企業組織がクラウド化の加速を優先事項に掲げ始めているから、とガートナー社の主任研究員Amarendra氏が述べている。
インドのSaaS企業が世界の他社に対抗できる顕著な特徴として、効率指標が高いことだとしており、さらに高金利がインドのSaaSビジネスにさらなる優位性をもたらすと見られている。ホリゾンタルとヴァーティカルの双方で展開するインドのSaaS企業は、明らかに世界に対抗できる力を見せ続けるだろうと予測されている。
世界での地位に自信を持つインド
アメリカのSaaS企業の価値評価が圧縮される傾向にある中、インドでは同様の動きはない。さらに、PaaSの拡大が予測されており、SaaS開発者によりフレキシブルなプラットフォームが提供されることになると見られている。また、SaaSのプラットフォーム自体はモバイルデバイスでの利用の広がりに向けた開発を優先していく必要がある。
インド国内外の専門家が絶賛するSaaS市場のポテンシャル。インドが誇る効率性の高さには2つの主要な要因があるとされている。
1つは、文化レベルで効率性を重視しているとされること。すなわち、他国のスタートアップよりも少ない資本金で起業し、規模を拡大するガッツがあるということ。2つ目は、インドのSaaS企業が、ライフサイクルのうち早期、かつ迅速に追加製品を構築するということ。つまり、同じ顧客からより多くの収益が得られるよう、継続的に追加製品を開発するビジネスモデルが確立しているということだ。
いずれにせよ、インドは今世界のテクノロジーの舞台での地位を大幅に高めているという自信に満ち溢れているようだ。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)