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「プロサッカー選手になれなかった」
目指していた夢の舞台。それは大学時代に終わりを告げた。夢、希望を失っても、明日はくる。大学4年生の春、森岡逸平さんはしぶしぶ就職活動を始めた。
「次の目標が決まった時にどんなことでも成し遂げられるスキルがつくところにしよう」
そう決めて入社したのが、楽天。就活生時代、別の企業説明会までの空いた時に、たまたま友人が楽天の説明会に行くというのでついていき、初めて知った企業だった。「とりあえず受けよう」から始まった森岡さんの楽天人生は、果てしなく濃いものとなっていく。
【森岡さん紹介】
筑波大学卒業後、楽天株式会社へ入社。楽天市場や楽天モバイル事業に従事したのち、楽天ヴィッセル神戸でサッカークラブ運営に携わる。退社後はスペインへMBA留学し、現在はマドリードで起業し家族で移住。
会社での高評価の裏に逆算力とビッグデータ活用
最初の配属先は、オンラインショッピングサイトの楽天市場。そのECコンサルタントとして、延べ1,000社以上の上場企業や中小企業の売上拡大戦略に携わった。市場調査から、商品の企画、販促戦略立案、物流会社と交渉して商品配送のためのトラック確保まで行った。
最初の配属であった関西の拠点に在籍していたときには、楽天全社賞の「楽天賞」を受賞したほか、約500人のコンサルタントの中で年間の営業成績でMVPを獲得。担当企業の売上増加への貢献、さらに部下を受け持ってからも自分のグループの数字が事業全体で高い水準にあり、入社以降トップクラスの数字を出し続けていた点が高く評価されたという。
「楽天市場で担当したある企業は、日次の過去最高売上が500万円だったところを、約2年間で日商最高1.5億円超にまで成長するようサポート。他にも、地方の中小企業で何社も月間売上100万の企業が2000万超に伸びていく過程に携われたり、上場企業担当できたりと、いろいろ経験させてもらいました」
さまざまな工夫を凝らし、成績を伸ばしていた森岡さん。26歳の時に、仙台と北海道の楽天市場事業の拠点トップに抜擢される。行政である市役所や県庁と地域企業の販促の取り組みにも携わった。担当企業の状況によっては、森岡さんがその企業の担当者に代わって直接、取引先候補と商談することもあったという。
関西事業部に戻ったあとは、最年少で部長職に昇格。その後、全ジャンルで最下位だった食品ジャンル事業部に異動。着任後数カ月で立て直し、事業部の売上目標を約2年ぶりに達成した。
こうして、さまざまな企業と関わる中で触れるようになったのが、ビッグデータ。
「データを見るのは興味深くて、だんだん商品企画、販売戦略の細かい部分まで企画を練るようになりました。たとえば、クリスマスの時、購入者の住所と送り先の住所が同じお客様が増えていたんです。それが自分買い需要なのか、受け取った後に自分の手でプレゼントする用なのか。数字のつながりだけではなく、因果関係がどうなっているのかを見極めて、プレゼント需要向けに手提げ袋のラインナップを充実させたら売り上げが上がるとか、試行錯誤しましたね」
「また、当時はスイーツ分野や季節のイベントに、データ観点からも伸び代が残っていたので、当時の楽天としての初めて季節のイベントのテレビCMの企画に携わりつつ、有名スイーツ企業や地方のスイーツ企業に足繁く通い商品の販売を拡大していきました。大きな企業にいるからこそできた経験でした」
まるで転職。同じ会社内での突然の異動にも手腕をふるう
楽天市場でのコンサルタント業務で大きな成果を残した森岡さん。格安携帯の楽天モバイルの部署へと異動になるのだが、それは突然のことだった。
「急に本社オフィスで役員と目が合ったとおもったら、何も言われずに別の階に連れていかれて、『明日からここが森岡の仕事場だ』と言われたのが、楽天モバイルの階でした。次の日から席もその階に変わって、異動となりました」
楽天モバイルの部署には、東名阪アンテナ基地局業務の事業部長として着任。モバイルネットワーク構築の工程管理の責任者として、アンテナ設置営業、工事計画、部材の発注、アンテナ施工完了までといった基地局業務全体の工程管理を行った。
突然の異動の背景には、まだ立ち上げ期で、電波網が一つも完成していない中で遅れが生じていた芳しくない事業状況と、組織マネジメントの改善への期待があったという。
「携帯キャリアへの新規参入がおよそ10年ぶりのことでした。他の携帯会社は3Gから参入して徐々に4Gへ移行している中で、私たちはゼロから一気に4Gモバイル網を構築する必要がありました。でも楽天モバイルには、そのゼロイチの構築を経験した人が誰もいなかった。着任した当時、すでに事業開始から1年ほど経過していましたが、会社が思い描いていた進捗状況からは程遠かったと思います」
それに加え、当時のチームメンバーには楽天モバイル立ち上げのために中途入社した社員が多く、働き振りはまちまちだった。森岡さんに白羽の矢が立ったのは、楽天らしい働き方を伝えながら、事業も推進し、組織を建て直せる人物だと期待されたからだった。
「最初は本当に大変でした。キャリア事業経験者ばかりの方々の中に入り、全く違うEC業界からきたので、まるで転職してきた気分でした」
まずは会話で飛び交う専門用語を理解するところから始まり、工程管理の社内インフラ作りもした。やるしかない、とがむしゃらに前に進んだ。
息つく間もないような仕事をこなしつつ、楽天モバイルの社長からは着任した最初の週から芳しくない進捗状況の要因、対策案、短中長期見通しを直接毎日問われる。しかし、新天地での奮闘には苦しさはそこまで感じなかったという。
「激務が苦だとか、できないことを問われ続けるのが苦だとは思ったことがないですね。仕事ができなくても死ぬわけじゃないですし、上司もとにかく進めるのが仕事ですし。上司の方々の言動に一喜一憂するのではなく、『何を言われているのか』『なにを求められているのか』だけを理解して実行することが大事。言い方がきついとか、仕事のパフォーマンス向上に本質的に関係のないことに一喜一憂している時間もなかったですし、意味もないと思っていましたね」
相手の期待値を測り、それを超える。森岡さんが働く上で大事にしている言葉の一つだ。上司、同僚、後輩、チームメンバー、クライアントなど関わる全ての人に、「この人と働きたい」「この人と契約したい」と思わせられるかを常に意識しているという。
「基本的に一人で何かを完結できない以上、誰かに選んでもらう必要がある。選んでもらうには、自分に対する自分の上司の期待、上司である自分に対するチームメンバーからの期待、クライアントが自分に求める期待を超えないといけない。超えるためにはその期待値を正確に把握するところから始めて、あらゆる手段を講じる必要がある」
楽天モバイルでの一番最初の電波網を構築を主導し、気づけば300人超の組織をリード。事業が再度軌道に乗り出していた矢先、三木谷社長の特命で「楽天ヴィッセル神戸」に出向。連絡を受けて翌営業日には着任するスピード感。30歳の時だった。
ここでもビッグデータ活用を行っていたという。サッカーJリーグのヴィッセル神戸のチーム運営において、統計を用いた試合や選手のパフォーマンスの分析手法の構築、評価基準策定をしたほか、スカウト部の立ち上げから、会長や社長、経営層へのデイリーレポーティングまで、データ分析を活用したプロスポーツクラブのスポーツ強化側のDXを実行した。
「赴任した時は、シーズンの途中の8連敗中の最中で、勝率は25%でしたが、シーズン終了時には、当時のクラブ記録である公式戦10連勝。勝率も62%まで上がりました。さらにその年の天皇杯で優勝。クラブ初のタイトル獲得に携われたことは何ものにもかえがたい経験になりましたね」
自分の目標と誰かの幸せを同時に叶えるために
森岡さんは2020年の夏に楽天を離れ、現在はスペインのマドリードにいる。
「スペインにはMBA留学をきっかけに来ました。ずっとサッカー選手を目指していたけどなれなかった。楽天1年目の時に、28歳でヴィッセル神戸、32歳で欧州クラブのジェネラルマネージャー(GM)になるという目標を掲げて、同僚や三木谷さんにも公言し続けていました」
しかし、結果的には行けることになったものの、29歳の誕生日の時点でヴィッセル神戸に出向することができなかったことで、32歳でどうしたら欧州クラブのGMになれるのか逆算した。周囲の人に話を聞きながら模索したところ、日本人が叩き上げで海外クラブでGMになるのは難しいため、海外のMBAに行き、人脈を作る、もしくは、その人脈をもとに自分自身で事業を起こし、クラブを買ってしまうのがいいという考えに至った。
また、スペインには優秀な人が集まる世界でも有数のビジネススクールがあり、サッカーの盛んなラテンアメリカで広く話されるスペイン語圏であることも決め手の一つになった。
そのスペインで2020年に起業。サッカーコンサルティングの会社CEOとして、データ分析を用いた、戦術や選手の評価モデル構築や分析、編成戦略立案、スカウト分析などを行う。
起業をしても、会社員の時と働き方ややりがいは変わらないという。それは会社員時代に掲げた同じ目標に向かって歩んでいるから。周りの環境ややっていることが少し違うだけ。
「そもそも『仕事が楽しい、楽しくない』などのモチベーションで仕事をするのは二流。とにかく自分が将来成したいことに一歩一歩近づいてるかどうかだけを考えています。誰とオフィスにいるかとか、決まった休みがあるかとかは気になったこともないですね。『やるべきことをやる』というだけの感覚です」
2022年10月には、NFTを活用した飲食店レビューサイトの会社をスペインで立ち上げ、翌2023年の4月末にはアプリ「EatnSmile」を世界同時ローンチ。飲食店に行き、そのクチコミを投稿すると、報酬としてトークンがもらえるGameFiアプリだ。楽天市場時代に課題だと感じていたフェイクレビュー問題に取り組む狙いがある。
「SNSなどで美味しいと評判のお店は、実際に来店したらそこまで美味しいものではないことがしばしばあります。それは、その店がお金をかけて広告宣伝を上手に行っていたり、本質的な美味しさを追究できない風潮があるからかもしれません。みんなで美味しいお店を教え合い、本当に美味しいお店を発掘しあおうというのが今回の大きなコンセプトです」
森岡さん自身の目標を見据えつつ、誰かのためになる事業も進める。突き抜けた能力が人々の生活を明るくする。どんな未来を創るのか。大鉈を振り続ける森岡さんに期待せずにはいられない。
文:星谷なな