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認知が広まる「生理の貧困」
パンデミックによる貧困問題の悪化をきっかけに、「生理の貧困」の存在は日本でも認知が広まりました。先進国でもいまだに生理用品に「物品税」が課されている国も多くあり、「必需品として認知され、経済的に購入が困難な人には食料や医療のように無償で安易に入手できる」という状態にない地域は、日本以外にもたくさんある。
とはいえ、多くの人にとっては長らく当然として受け止めてきた月に数百円の出費なので、女性でも「生理の貧困」の問題は自分とは遠いところにあると感じる人も少なくないかもしれない。
世界で問題化される「生理恥」の概念
一方で、パンデミックの少し前から主に欧米でフィーチャーされてきた「Period Shame(生理恥=生理自体を恥ずかしいことと感じる気持ち、また生理をネタにしたハラスメント)」の概念はどうか。なんらかの形で生理を恥ずかしいと感じたり、それをネタにハラスメントの類を受けたりといった体験に関しては、したことのない女性の方が少ないのではと思う。
さすがに現代日本において、生理が始まると小屋に閉じ込められたり、初潮を迎えると結婚可能とみなされて何十歳も年の離れた男性に嫁がされる、などといったことはあまりないだろう(世界ではまだまだ起きているが)。
しかし、生理中であることをなんとなく恥ずかしいと感じて周囲に悟られないようにしたり、生理用品を買うとなにかやましいものでも買ったように中身が見えない袋に入れてもらうのが当然だったり、怒りを表現した時に「今日はアノ日では?」と仄めかされたり、同じ頭痛や腹痛でも生理痛だと上司に言いづらかったり休暇を認めてもらいにくかったり…といったレベルの「生理恥」は、女性の多くが日常的に経験していると思われる。
2017年にアメリカで1,500人の女性と500人の男性を対象に行われた調査では、対象者の女性のうち6割近くが生理を恥と感じたことがあり、1割前後が家族や友人から生理のことでからかわれたことがあり、男性のうち半数前後が生理中のパートナーの精神状態をからかったことがあり、女性が自分の生理周期について公言するのは不適切であると考えていた。
世界人口の4分の1が毎月経験しているごく自然な生理現象で、生殖という大切なライフイベントに関連する機能がこんな扱いを受けるのはさすがにおかしいと、近年各国政府やWHO、国連といった組織が生理恥や生理の貧困に取り組むプロジェクトを立ち上げている。
我らつつしみ深い日本人女性は女性特有の身体機能を恥ずかしく思い、それによる不利益を甘んじて受けることを美徳としがちだが、多くの国では別の選択肢が力をつけてきているようだ。
「生理恥」とプラスチック汚染にタックルする生理用ショーツ「WUKA」
そんな生理恥の問題と、もう一つの生理にまつわるグローバルな問題、使用済み生理用品によるプラスチック廃棄物問題に同時にタックルするためにイギリスで生まれたミッション主導型企業が、2017年イギリス創業の生理用ショーツブランド「WUKA(Wake Up, Kick Ass=目覚めよ、やっつけろ、の略)」。
生理中の女性のウェルビーイングと、シングルユースの生理用品によるプラスチック汚染の2点の社会課題を解決するための「快適・高機能でサステナブルな」製品を提供している。
企業の背景にはネパール出身の創業者の生理トラウマ
「なんだ、先進国のフェミニズムな会社か」と思うのは尚早で、創業者のRuby Raut氏はネパール出身の女性。2005年に違法となるもいまだに地域によっては根強く残る「チャウパディ」の習慣のある同国では、生理中の女性は家から離れた小屋に隔離され、無防備な状態に襲われる凍死や野生動物、性的暴行などによる被害がいまだに根絶されていない。
近代的な生理用品も一般的でなく、地域によっては95%以上の女性が生理用品としてぼろきれや手縫いのパッドを使用しているという。それらは環境にはやさしいかもしれないが、機能面や衛生面に大きな問題がある。
WUKAを創立したRaut氏も少女時代は毎月、「血を流していることで罰され、汚れたものとして扱われている」という強い生理恥の感覚を経験して育ったと振り返る。生理中は基本的に「不可触民」の扱いになり、叔母さんの家に送られて部屋から出ることも、日光の下に出ることも男性を見ることも、植物を触ることも許されない。もちろん学校は欠席。現在34歳の同氏が初潮を迎えたのは12歳の時だったというので、今世紀の話だ。
衛生的な使い捨て生理用品には廃棄物問題の罠
しかし大人になり、サステナビリティに関連する仕事に携わりながら学位をとるために勉強した環境科学の講義で、同氏は別の種類のショックを受けることになる。イギリスだけで毎年20万トンの生理用品のゴミが、埋め立て地や海に行きついているという事実を知って、生理に関する慣例のなにかを変えなければいけないという強い思いが残ったのだ。
20歳の時に移住したイギリスで店頭に並ぶ生理用品を実際に目にした同氏は、そのほとんどがほぼプラスチック素材でできており、環境に確実によくない上に、漏れ防止でもなく、ここ数十年の間に羽がついたりしただけでほとんど進化を遂げていないことに気づく。
「生理中の女性を制限するものがなにもないように」という願いを込めて作られた「WUKA」
そこでネパールで生理用品として使っていた「サリー布」をヒントにショーツに布を縫い付けた試作品から始め、「吸収力が高くて絶対に経血が漏れず、見た目と履きごこちがよく、サステナブルな素材で作られた生理用ショーツ」を開発。
そして「生理中の女性の行動を制限するものはなにもあってはならない」という思いを込めて、先述の「Wake Up, Kick Ass」を意味するブランド名「WUKA」を冠したのだ。
現在までに商品やビジネスのデザインに対して無数の受賞をしており、起業した2017年と2022年に2度にわたり英国起業家大賞を受賞している。
2度目がサステナビリティ部門での受賞となった背景は、使い捨てでないので廃棄物も出さず、かつその機能と価格設定で全ての月経のある女性の心身とお財布のウェルビーイングをサポートしたこと。それに加えてファストファッションの端切れを利用して生産された「リパーパス」シリーズや、同業他社であるMoonCupとのコラボで生産された同じく端切れを材料とした、くり返し洗って使える月経パッドなどの革新的な商品開発が評価された形になった。
次々と生まれる生理用品の新製品、次はどのフィールド?
近年、月経カップや洗って使えるナプキン、WUKAのような吸収機能付きのショーツなど、革新的な生理用品が次々に普及している。振り返ってみれば、たしかに生理用品が商業ベースに乗ってからの数十年間、「使い捨てナプキン」か「使い捨てタンポン」しかなかったのは十年一日の感がある。WUKA社は「生理のタブー視」も打ち破ろうとしているが、「なんとなく恥ずかしい、人に話してはいけない気がすること」であるがために技術革新が遅れている分野は、男女を問わずにまだまだ残っている気がする。
次にタブーを打ち破り、対話をはじめ、埋もれていたニーズに応えるイノベーションが始まるのはどんな分野なのだろうか。
文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)