2022年6月、米国に拠点を置く大手コンサルティング会社、マッキンゼー・アンド・カンパニーが、メタバースに関するレポートを公開した。

タイトルは『Value creation in the metaverse —The real business of the virtual world』。メタバースという仮想空間で価値を創出し、ビジネスにつなげるための課題などを盛り込んだ75ページのレポートで、それによると2030年にはメタバース市場における収益規模が5兆ドルに達するという。

2022年はweb3、クリプトを含むメタバース市場にとって厳しい年になり、本レポートでもメタバースはゲーム・プラットフォームという粋を出ず、広く関心を持たれていないのではないかという疑問もあり続けると述べている。

マッキンゼー・アンド・カンパニーが発表したメタバースのレポート。13人のシニアリーダーやメタバースの専門家へのインタビュー、3,400人以上の消費者と経営者、60名以上の科学者、エンジニア、投資家、起業家などで構成されるマッキンゼーのテクノロジーカウンシルが参加。

一方で、調査した3,400人以上の消費者と経営者は、メタバースの可能性に大きな期待を寄せており、ビジネスリーダーの95%はメタバースが今後5~10年以内に業界にポジティブな影響を与え、61%は業界の運営方法を中程度に変革させると予想。

本稿では、本レポートを元に、メタバースの話題としてよく語られるバーチャル資産、ゲーミング、Eコマースなどのコンシューマ対象ではなく、メタバース成長のドライバーとなるかもしれないB2Bのサービスについて探ってみたい。

メタバースはどのような価値を創出できるのか

レポートでは2030年までに予測する各分野の潜在的な価値を一覧表にしているので分野を抜粋して訳してみた。

銀行 新しいB2B製品/サービス(例:保険、決済システム、インフラ)のユースケース拡張。DeFi(分散型金融)によるコンテクスチュアル・ファイナンスなどの新商品の効率化とユーザー・エンゲージメント/サービスの向上。
建設 建設プロセスの変革。プロジェクトのリアルタイムモニタリング、メタバースでの情報収集とトラッキング。IoT/デジタルツインなどによる分散した拠点の一元的な調整とプロジェクト管理。分散したユニットやサプライヤーのコラボレーション、XRによるネジレベルまでの詳細な計画シミュレーション。
製造 IoT/デジタル・ツインによる分散したユニットの集中的な調整・保守・サービス、研究開発でのコラボレーションの増加、XRによる製造・組立の詳細なシミュレーション。データ収集によるプロジェクトのリアルタイムモニタリングと事後分析。
教育 ハードウェアのユビキタス化に伴い、事実上、参加者へのアクセスは無限に。成人のトレーニング/学習体験など、教育の提供と質を向上させる。
行政 パフォーマンスと生産性の向上、スケールアップした公共サービスの提供。メタバースの規制やガバナンスなどの整備によって推進される。
ヘルスケア 病院運営の最適化、効率性の向上、遠隔診断・処置の改善、遠隔コラボレーション。

上記の表から分かるように、メタバース完結ではなく、現実世界と仮想世界を紐づけする活用法が多い。では、これらの分野がメタバースのどの技術にポテンシャルを見出しているのか、キーワードで見ていきたい。

「VR/AR」共感を呼び起こすサービス

バンク・オブ・アメリカは、従業員5万人を対象にしたVRトレーニングプログラムを開発した。新たなターゲット層の獲得、より高度なサービスを提供するのが狙いだ。

メタバースでは例えば、AR/VRプラットフォームを通じて、残高の確認、支払い、振込を行うメタバース・バンキング、アバターによる共感的なサービス、バーチャルなファイナンシャルプランニングなど、3D体験を通して顧客は銀行とのパーソナルなつながりが創出できる。オンラインバンキングが一般的になった今、ユーザーのメタバースへの移行は抵抗感が少ないことが予想される。

20種類のVRシミュレーションを使用し、顧客との関係性、難しい会話のナビゲート、共感性のある応対などのスキルを訓練。リアルタイム分析を活用し、監督者はスキルギャップの特定、チームや個別で指導を行う(画像出典:Bank of America)

「デジタルツイン」仮想空間で予測、モニタリング

パンデミック最中、病院および行政がことさら苦労したのがベッド占有率の把握だった。現実空間の環境を仮想空間に再現するデジタルツインを活用し、人口統計や疾病率、地域での流行などの外部データと、患者の数、入退院などの内部データをメタバース上で再現すれば、優れた分析予測ができる。

モニタリングや画像処理機器、呼吸器などの医療機器の使用状況、性能、修理の必要性などをデジタルツインでリアルタイムに把握することで、事故の回避、より高度なケア、そして効率化による収益が生まれる。このようなリアルタイムモニタリングは、製造業にも大いに活用できるし、個別医療を前人未踏のレベルに押し上げると言われている。

「AI」メタバースのゲームチェンジャー

メタバースとは少し外れるが、最近、目覚ましい進歩を遂げている技術について触れたい。

2022年11月、米国のOpenAIというデベロッパーがChatGPTという対話に特化したAIシステムを発表した。人間からのテキスト、フィードバックで強化学習RLFH(Reinforcement Learning from Human Feedback)をするAIで、判を押したような答えではなく、質問に沿ったオリジナルのテキストが生成される。また、抽象的・感情的な対話も可能で対話しながら小説を書いてくれたり、論文を書いたり、プラミングのコードも書いてくれる。その人間らしい回答が衝撃的すぎると、リリース直後から大きな話題を呼んでいる。

カーソルを点滅させながら書き進めるChatGPT。対話を進めていくうちによりパーソナルな回答が得られるようになる。試しに「メタバースについて記事を書いてくれないか?」とお願いしたところ、概念、歴史、その可能性、懸念点、結論というフローも完璧な記事にまとめ、タイトルさえつけてくれた。成功事例を入れつつ書き直してくれないかと問うと、フォートナイト、ディセントラランドを入れつつ350単語でまとめてくれた。日本語でも対応。

2つ目の技術は音声や合成メディアの進化。2023年1月、マイクロソフト社が、わずか3秒の声のデータで、その人が話すように感情のこもった音声でテキストを読み上げてくれるAI「VALL-E」を発表した。また、AIやアルゴリズムを用いて、個人の音声や画像、動画をリアルに操作・生成する技術ディープフェイクも、人物偽造の懸念が指摘されつつも、デジタルツインとして認識されるべきだという意見もある。メタバース業界によると、このようなAIは、ごく一般の人々が活用したいと思わせるメタバースを作るための鍵を握っているという。

クラウドのディープフェイクソフトウェアのアプリ。ソースとなるビデオと対象とするビデオをアップロードするだけ。生成したビデオに学習させることで、品質が向上する。

マッキンゼー・アンド・カンパニーのレポートでは、各産業がメタバースを新たな成長機会にするには、技術や要素の相互運用性をどの程度まで高められるかにかかっていると伝える。そして、ヘルスケアやバンキングをはじめとして、どのビジネス分野も、より詳細なカスタマイズ、よりパーソナルな商品やサービスを将来のビジネスモデルとしている。

その観点からメタバースを眺めると、事業、システム、技術の組み合わせや運用方法は無限大と言っていいかもしれず、5兆ドル(約650兆円)は、法外ではなく妥当な数字なのかもしれない。

文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit