「ワシントンD.Cのピザレストランが児童買春の拠点になっている」

そんなニュースを読んだ20代の男性が、ワシントンD.Cの人気ピザレストラン「コメット・ピンポン」に押し入り、ライフル銃を発砲する事件が昨年12月に発生した。しかし、「コメット・ピンポン」が児童買春の拠点となっているというのは全くのデタラメで、彼が読んだのは、いわゆる「フェイクニュース」だった。

「フェイクニュース」とは、インターネット上で発信・拡散される、偽りの情報が記載されたニュースを指す。フェイクニュースが問題として注目され始めたのは、2016年のアメリカ大統領選だ。2016年のアメリカ大統領選では、FacebookやTwitterなどのソーシャルメディアを通じて多くのフェイクニュースが拡散され、人々の投票行動に影響を与えたと言われている。

その時期にソーシャルメディアで拡散されたフェイクニュースには、「ローマ法王によるトランプ支持の表明」「ヒラリーによるISISへの武器の供与」など、真実を捻じ曲げ、人々の感情を煽るような内容のニュースが多く存在した。

5月7日に行われたフランス大統領選の決選投票では、エマニュエル・マクロン氏が当選したが、選挙中はアメリカ大統領選時と同様にフェイクニュースの標的となった。「マクロン候補は同性愛者で不倫している」「マクロン候補はサウジアラビア王国から資金援助を受けている」といったフェイクニュースが拡散されたのだ。

なぜ「フェイクニュース」は生まれるのか

アメリカ大統領選以降、「フェイクニュース」にまつわる議論は、様々な場所で行われてきた。2017年4月に開催された、世界の新経済・新産業を牽引する起業家・イノベーターが一堂に会し、時代の潮流を先取りする議論を交わす『新経済サミット2017』では、フェイクニュースの話題が度々取り上げられた。

『トランプ大統領誕生 – 今後の世界情勢を語る』と題したセッションでは、「責任と信頼のあるデジタルメディアやジャーナリズムの確立」の重要性が訴えられた。

では、なぜフェイクニュースは生まれるのか。誰がこのニュースを生産しているのか。アメリカ大統領選では、マケドニア共和国の若者がトランプ支持者向けのフェイクニュースで数百万円を稼いだ、というニュースが話題になった

彼らのように、フェイクニュースを生産する一番の目的は、広告収入を得ることだ。フェイクニュースサイトに掲載する広告バナーのクリック数を増やし、収益を上げる。そのためには、ニュースサイト自体のPV数を増やせばいい。

PV数を稼ぐために、多くの人がSNSでクリックやシェアをしてしまうような扇動的なタイトルのフェイクニュースを作成し、配信する。これが、フェイクニュースが生まれる構造だ。

フェイクニュースに立ち向かうIT企業や国家

アメリカ大統領選でのフェイクニュース騒動を問題視したIT企業や国家が、こぞって対策に乗り出している。

pixabay1

図らずとも、フェイクニュースが世界中に拡散される場を提供してしまったFacebookやGoogleのようなIT企業は、アメリカ大統領選後に対策を発表した。

Facebookは、フェイクニュースだと疑わしい記事をユーザーが報告できる機能の実装を行った。同機能では、ユーザーが報告した記事は、ABCニュースやAP通信などがファクトチェックを行う。

同機能は、2017年5月に大統領選挙を控えていたフランスや、ドイツ、アメリカなどの国家で実装された。ドイツでフェイクニュース対策を行わない企業に対して、最大5000万ユーロ(約60億円)の罰金を科す法案が発表されたことが、同機能の実装をFacebookに急がせただろう。

2017年4月には、FacebookやMozilaがフェイクニュース対策に取り組むためのコンソーシアム「News Integrity Initiative」を組織した。ニューヨーク市立大学のジャーナリズム大学院を拠点に、オンラインニュースの調査や、市民のニュースリテラシー向上を目指す。

また、6月8日に行われたイギリス総選挙前には、Facebookはイギリスの新聞に「フェイクニュースを見分けるコツ」という広告を掲載。記事が本物かどうかを見分ける10の方法を紹介した。

pixabay2

一方で、Googleは「プロジェクトアウル」を始動。自社の検索エンジンのアルゴリズム改良や、検索予測キーワードにおいて「不適切な予測の報告」を行えるようにした。今後、検索画面に、その情報を第三者が事実かどうか検証した結果の表示を行うことを予定している。

IT企業や国家が新しい機能の実装や、法案を策定することでフェイクニュースへの対応策を検討していることに対し、伝統的な大手メディアは新しいアプローチに挑戦している。

「フェイクニュース」に対抗する、BBC「スローニュース」

BBC内の「リアリティチェック」のコーナー

フェイクニュースに対抗するために、伝統的なメディアは新しいニュースの形を模索している。イギリスのBBCが始めたのは、「リアリティチェック」と呼ばれる連載だ。事実かどうかが疑わしいニュースを取り上げ、検証する記事や動画を作成していく。

実際にリアリティチェックのコーナーでは、「イギリスは子どもの肥満率が世界でもトップクラスに高いのか?」といったトピックに対して、データなどを交えながら、「問い」の検証を行っている。

BBCは他にも「スローニュース」という取り組みを行っている。スローニュースは、スクープなどの速報性の高いニュースを追いかけるのではなく、データビジュアライゼーション、解説動画、長文のテキストなどで、ニュースを丁寧に解説していく連載だ。

Wikitribune

大手メディアが軸足を切る中で、”誰もが自由に編集できる”インターネット上の百科事典「Wikipedia」の創設者も、フェイクニュースに対抗するためのメディア「Wikitribune」を立ち上げた。「Wikitribune」は、ジャーナリストが書いた記事に対して、読者全員でファクトチェックを行い、記事をアップデートしていくメディアだ。

参考記事:プロが書き、読者全員がファクトチェックをするニュースサイト「Wikitribune」はインターネットの希望となるか

このように、フェイクニュース時代に対抗するための動きが注目されている。

ブログやソーシャルメディアが登場することで、誰もが自由に発信できる、そんな素晴らしい時代が訪れたはずだった。しかし今、FacebookやTwitterなどのプラットフォームが持つ拡散力を利用したフェイクニュースが世の中に蔓延っている。

その背景には、人々の注目や関心を引くことが価値になる「アテンションエコノミー」の構造的な問題が存在している。情報過多の時代には、人々の関心や注目が希少価値になり、「アテンション」の価値が上がる。人々にアプローチするために、より刺激の強い情報を出していくことを迫られてしまう。

人々の注目や関心が広告収入に結びつく以上、フェイクニュースはなくならないだろう。なぜなら、フェイクであればいくらでも過激なニュースを作ることができてしまうからだ。現代が抱える根深い課題の解決に挑戦していくことが、IT企業や伝統的なメディアには求められている。

ビジネスモデルの作り方や、ビジネスモデルをハックされてしまうと、人々を不幸にするケースが生まれてしまうことがある。ビジネスをデザインする上で、「そのビジネスモデルは人を不幸にしないのか?」と問うていくことを大切にしたい。

img: BBC , Wikitribune