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新型コロナウイルスの感染拡大からまもなく丸3年が経とうとしている。ロックダウンや渡航制限により、仕事を失った人や起業に転じた人も少なくなく、行動制限や隔離政策によって出社することが制約されるなど人々の生活は文字通り一変した。
一方で、半ば強制的に始まったリモートワークやハイブリッドワークといった新しい働き方は全世界で社会に定着したと言えるだろう。
徐々に日常を取り戻そうとする中で、いま課題となっているのがオフィスへの復帰だ。
出社強制なら退職する人が半数以上
オーストラリアの人事管理システムEmployment Heroがこのほど行った調査によると、完全なリモートワークのポジションを望む人が76%にも上ることが判明。また、もしフルタイムの出社を強制された場合には退職を考えると回答した人が50%という高い数字が出た。
これはオーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、シンガポール、そしてイギリスの5地域で6000人を対象に実施した調査のうち、オーストラリアの知識労働者1000人分が回答したもの。
半数がフルタイムでの出社を拒んでいるが、ミレニアム世代だけの数字はさらに顕著で61%がフルタイム出社なら退職すると回答。同様の調査結果はシンガポールでも著しく、完全なリモートワークを望む人たちの割合は81%、出社の強制で退職すると答えた人は46%という結果だった。
同調査によると、リモートワークが始まって以降、会社からより遠くへの引っ越しやリゾート地などから働くワーケーションを「考慮」した人の割合は64%、出社の必要性に疑問を感じている人が半数以上という結果だ。
オーストラリアでは生活費の上昇が続いており、郊外へ引っ越しても仕事が続けられるリモートワークやハイブリッドワークを導入することで、会社が従業員の生活を支えると同時に、メンタルヘルスやワークライフバランスにも効果があるとEmployment Heroは見解を示している。
実際に回答者の47%がハイブリッドワークはワークライフバランスにとってのより良い選択だと回答し、46%がメンタルヘルスに、37%が仕事の効率アップに効果があると思うと回答。完全リモートワークがワークライフバランスに効果があるとした人は34%にも上った。
リモートワークで仕事量増加説も
同時期にMicrosoftが実施した調査結果は、11カ国2万人へのアンケートと同社の1兆を超えるアクティビティデータ、LinkedInのトレンド、タレントマネジメントシステムのGlintの見解を統合した内容。
これによると、管理職がリモートワークによる仕事の効率を憂慮している一方で、働き手はこれまで以上に仕事をしているとのこと。87%の人が自らを「効率的な仕事をしている」と称し、Microsoft365の利用もそれを裏付けるようにアップしている。
今年3月の統計で、Teams利用者によるミーティングの数はパンデミック当初と比較して153%増加。この数字に減少の兆しは見えておらず、今後このミーティング数が新しい基準値になるとも見られている。
興味深いのは、ミーティング数とともに「ダブルブッキング」が増えていることで、昨年の数値で利用者1人あたりダブルブッキングの量が46%増加している。
すっかり業務の一部となり、メールの受信箱を席巻しているTeamsのミーティング招待に関する調査も発表されている。
この2年の統計によると、ミーティング招待に対する「承諾」ボタンのクリック率はさほど変化がない(わずか3%の上昇)にもかかわらず、「仮承諾」のクリックが84%、「辞退」のクリックは216%の伸びを見せているというもの。
さらにMicrosoftは、ミーティング参加者の実に42%が会議中にメール送信やその他の業務を同時進行させるマルチタスク状態にあると言う測定値を発表。ここに含まれない受信メールの内容確認や会議に関係のないファイルの査読、ウェブサイト操作などを含めると相当数の人が複数の業務を会議中に行っていると予測される。
見えない従業員の仕事ぶりに悩む会社
一方で会社側の見解はどうか。
前述のMicrosoft社の統計によると、85%の管理職が「従業員の生産性を確信していない」としており、リモートワークを管理するために「結果」よりも「日々の業務」そのものを追跡する企業もある。
それによって追跡される側の従業員との信頼関係が揺らぎ、必要のない「生産性の演出(従業員が業務の多忙さを演出すること)」が始まるとともに、生産性に対するパラノイアを生むとしている。
従業員側は何時間も業務をこなし、多数のミーティングに出席し、その他の活動指数が上昇している一方で、管理職側は従業員がきちんと働いていない、生産性がどんどん下がるという負の妄想を抱きがちになるためだ。
この「見えない」従業員の業務姿勢を信頼しなければならない管理職の悩みも深刻だ。
業務でオフィスを活発に出入りする姿や会議室の利用回数、電話量の多さなど、これまでに「見えて」いた従業員の業務姿勢がリモートになり見えなくなった。そこで、結果だけに着目すると全力を尽くして業務を遂行したのか、片手間の作業だったのかが見えてこないが、過程を追跡すると従業員との信頼関係にひびが入る。
従業員と対面型のマネージャーとハイブリッド型のマネージャーが「従業員を信頼している」とする割合は49%対36%、「業務の可視性」に関しては54%対38%とさらにギャップは広がる。だが一方で、従業員側が「自分が遂行した業務を証明するのが難しい」と悩んでいるのも事実だ。
業務にまつわる互いの妄想から抜け出すには、会社側が従業員の仕事の遂行に関する疑いや憂いを止め、代わりに業務遂行のサポートをより強固にする必要があるとMicrosoft社は推奨している。より明確な目的や目標、仕事の優先順位を管理職側が設定することで、従業員の仕事効率もアップするからだ。
これが課題であることは、「明白な業務の優先順位指示を管理職側から受けている」と回答した従業員が3分の1にも満たない31%にとどまったことからも明白だろう。
Glintの調査によると、明確な指示を受けている従業員は受けていない人たちと比べて約5倍近く「少なくともあと2年は現職に留まる」と回答し、転職するつもりはあまりないと回答した人は7倍以上、現職に満足している人も4.5倍という数値が出ており、この「明確な指示」が管理職側のカギとなりそうだ。
オフィスに来るモチベーションは「人」
お互いに厳しい条件を求める中で、現在の仕事効率に自信がある従業員側と、完全には信用していない管理職側とのギャップを埋めるにはどのような方法があるのだろうか。
デジタル化が進み、電話よりもチャット、対面式よりも画面越しで十分に事足りるようになってきたと感じているZ世代やミレニアル世代。彼らに出社を促すのはもはや不可能とすら思えてならない。Microsoftの調査でも82%の管理職クラスがオフィスへの回帰問題を憂慮していると回答し、もはや自由でフレキシブルな働き方なしには、会社の存続すら危うい。
すべてがオンラインで完結する希薄な人間関係に思える調査結果が満載だが、救いはありそうだ。
84%の従業員が「同僚との交流」に意欲を見せており、85%が同僚とのつながりを再構築したいと考えているという結果が出ているからだ。また、73%が「同僚が出社している」のなら、74%は「仕事場での友人に会える」のなら自分も出社の頻度を上げると回答している。
この数値はミレニアル、Z世代と若くなればなるほど上昇し、特に若い世代は「直属の上司や友人と会えるのなら」出社すると回答し、職場を自身の居場所やコミュニティとして見ていることが判る。出社を求められたら退職すると言いながらも、上司や友人に会えるなら通勤もいとわないのがこの世代の声ということだから複雑だ。
さらに、Z世代とミレニアル世代が会社に期待しているのは「社内での成長やスキルアップ」という調査結果も出ている。
同じ会社に長く勤めていても、成長やスキルアップの機会がなければ継続する意味はないと考え、55%の人が「スキルアップの最良の方法は今の仕事を辞めること」と回答。スキルアップと従業員の継続的な確保には密接な関係があることは、76%の人が「学びの機会があれば、現在の会社に残る」としていることからも明らかだ。魅力的な職場のカルチャーをもたらすのは「学習と成長の機会があること」という項目がパンデミック以前の2019年には第9位から今年の調査で第1位にランクアップしたのも興味深い結果だ。
管理職は今後、見えない従業員の中から昇進のためだけの機会や成長を望んでいる人材ではなく、個人のスキルアップと成長を望んでいる人材を見極める力も必要となりそうだ。
一度手に入れた自由を手放すのは至難の業だ。しぶしぶ始めたリモートワークやハイブリッドワークに慣れた今、再び通勤電車に揺られて自宅と会社を往復するのは腰が重いのも理解できる。一方、管理職の立場からすれば「出社したくない」「自由を手放したくない」と答える従業員が、自宅から全力で仕事をしているかどうか疑ってしまうのももっともだ。
出社させたい会社側と、出社したくない従業員の綱引きはしばらく続きそうだ。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)