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「育児・介護休業法」が改正され、2022年4月からすべての企業が男性を含む社員に育休取得の意向確認や制度の周知が義務付けられた。育児休業取得に際し、日本では平均賃金の67%が6カ月間(以降は50%)給付されるという、世界の中でも水準の高い制度がある。しかし、取得率は女性が85.1%であるのに対し、男性は13.97%と低い(令和3年度時点)ことが指摘されており、現場レベルでの意識改革が必要だ。
そうした中、“「わが家」を世界一幸せな場所にする”をグローバルビジョンに掲げる積水ハウスグループでは、男性の育児休業取得率(1カ月以上)100%を継続しており、9月19日を「育休を考える日」と制定したプロジェクトを推進。2019年よりスタートし4年目を迎える今年は、さまざまな企業・団体に呼びかけ共に発信することで、男性育休のあり方を考え、一歩を踏み出すきっかけをつくることに挑んでいる。AMPでは、業種や業態、事業規模を問わず、本プロジェクトに賛同する81社の中から3社の取り組みを紹介し、男性の育児休業を浸透させていくヒントを探っていきたい。
第3回は、野村ホールディングス株式会社の取り組みを紹介する。ダイバーシティ&インクルージョン推進の一環として導入された、社員が自主的に運営する「ライフ&ファミリーネットワーク」をはじめ、育休を取得しやすい環境づくりが進められている。そこにはどのような工夫が隠されているのか。グループ人事兼経営戦略担当 執行役員の吉田俊哉氏に話を伺う。
子育てで得られる新たな価値観は、必ず企業を成長させる
国内に約8,000人の男性従業員を抱える野村グループ。バリュー(Values)として掲げているのは「挑戦」「協働」「誠実」であり、従業員一人一人の価値観として共有されている。同社が積極的に推進する男性の育休取得は、そうした企業理念に基づいているようだ。
「金融サービスを提供する私たちは、多様な人材による協働を通じて、創造力とリスク管理能力を高めることを重視しています。その根底には、『こうした方がいいのではないか?』『これは危険ではないか?』というアイデアや価値観が欠かせません。しかし、さまざまな観点から物事を判断する上で、一人の力には限界があります。だからこそ多様性が重要であり、多様な価値観を持つ優れた人材が集まる組織に進化しなければならない。ダイバーシティ&インクルージョンを重視し、男性の育休取得を積極的に推奨するのも、必然の流れだと考えます」
現場レベルのリアルなマインドと、社会全体における企業責任。両者に矛盾がないことは、グループをけん引する上で強みになっているのだろう。同社では、育児・介護休業法の改正に向け、全グループ的に準備を進めてきた。2020年5月には「女性の活躍推進に向けた行動計画」を策定。柔軟な働き方を可能とする環境整備のために、「(仕事と育児の)両立支援制度に関する周知及び利用を促進する取組拡充」「男性の育児参画への支援と促進」を宣言している。男性従業員の育児休業の実現を、法改正の2年前より明言していた形だ。
「男性従業員は、子育てを経験することで新たな価値観を身に付けられます。多様な視点が養われることで、組織やチーム全体の成長も図れるはずです。家庭が充実していてウェルビーイングが高まれば、生産性も向上するでしょう。そうした期待もあり、経営サイドも積極的に育休取得を促進してきました」
しかし、理想を高らかに掲げたとしても、大規模なグループにおいて現場の隅々に理解を行き渡らせることは、容易ではないはずだ。そこには制度づくりにとどまらない、環境づくりも必要になる。同社はどのような形で、育休を取得しやすい環境を構築しているのだろうか。
取得者、管理職、支えるチームメンバー。それぞれの理解が深まる環境づくり
吉田氏によると、男性従業員が育休を取得しない理由には二つのパターンがある。野村グループの環境づくりは、この2点へのアプローチが軸になっているようだ。
「まず、本人や家族が希望しているにもかかわらず、そもそも制度自体を理解していないという、内的な要因。もう一つが、上司や周囲の状況によって取得しにくくなってしまう、外的な要因です。前者においては育休制度の周知と奨励、後者においては管理職向けの研修を強化しているところです」
野村グループのような大きな会社では、従業員本人が制度を十分に理解していないケースも多い。こうした状況を改善すべく、サステナビリティ推進室が主導し社内イントラを通じた情報発信を強化。取得者の経験談やロールモデルを積極的に配信している。
一方、管理職サイドに向けては「ダイバーシティ・マネジメント研修」で多様性への理解を強調。育休制度の内容や取得しやすい環境づくりに対し、理解の促進を図っている。また、取締役クラスによるメッセージ発信でグループの方向性を示すことで、手の届きにくい部署や地方支店への普及にも注力してきた。
「奇麗事を抜きに申しますと、『こんなに忙しいのに、育休を取得するのか』と感じる管理職は、かつて存在していたと思います。理解促進の徹底により、そうした感覚は薄らいできたものの、ゼロになったわけではありません。今後もいっそうの強化が必要と考えています」
地道な理解促進を後押ししたのは、くしくもコロナ禍だった。海外を含めると2万6,000人が在籍する野村グループだが、世界中の金融機関では退職者が続出。“大退職時代”と騒がれるほどの危機の中で、「仕事とは何か?」が問われるようになる。
「業界全体で離職者の増加が懸念される中、5年後、10年後まで競争力を維持するためには、優れた人材に残ってもらい、新たな人材にも入ってきてもらわなければならない。この切実な危機感を役員にとどめず、管理職にも共有していきました。『徐々に企業価値が下がれば、いつの間にか自分のボーナスが下がるかもしれない』『競争力を維持するには、多様な働き方を許容しなければならない』と、男性の育休取得を“自分ごと”として捉えてもらうことで、管理職の理解が深まるのも事実だと思います」
育休を取得しやすい環境づくりには、取得者と管理者だけでなく、周囲の理解も欠かせない。社内の風土を変える上で機能しているのが、従業員が自主的に運営する「ライフ&ファミリーネットワーク」だ。
「野村グループでは、従業員の自発的な取り組みを促すために、複数のネットワークを設置しています。その一つが、『ライフの充実はワークの成果につながる』をコンセプトに、健康や介護、育児にフォーカスした『ライフ&ファミリーネットワーク』。定期的にイベントを開催し、育児経験のある従業員に登壇してもらい、パネルディスカッションを行うなど、従業員同士のコミュニケーションの場になっています。育休に限らず、保育園や小学校など育児のステージごとに、さまざまな情報交換が行われています」
同じ境遇に立つ従業員同士、子育てに関する先輩・後輩の交流により、多様な働き方に対する意識を変えていく。野村グループの環境づくりは、トップダウンとボトムアップ、両方のアプローチによって推進されているのだ。
育休取得者が復帰することで、環境のサイクルが生まれる
一連の取り組みは、どのように効果として現れているのだろうか。現在、野村グループの国内の従業員は男性が8,104人、女性が6,262人(2022年4月時点)。2021年度に子どもが生まれた男性従業員は330人で、育児休業の取得率は3.6%になっている。
「まだまだ数字を上げる余地はあるという認識です。取り組みの効果が数字として現れるまでには、地道な努力が必要でしょう」
従業員一人一人の意識も、少しずつ変化しているようだ。「育休の取得に対し、周りの人間がサポートすることがスタンダードになっている」と、吉田氏は手応えを語る。
「育休を取得した本人が、休業中にワークライフバランスに対する理解を深められることが大きいと思います。『子どもだけでなく、配偶者の立場も考慮することの大切さを感じた』『自分の価値観を周りに押しつけてはならないことが分かった』といった声が寄せられました。価値観を広げて職場に復帰してくれていると感じています」
育休を取得して意識が変わることで、次は自分自身が同僚を支える立場になる。このサイクルこそ、環境づくりの最大の効果なのだろう。
「共働きをしている仲間に対し、その大変さを知ることができれば、互いに安心して家庭と仕事を両立できるフォローアップ体制を考えるようになります。同僚の価値観を尊重できる人間が増えれば、組織も進化していきます。環境づくりというのは、その積み重ねなのではないでしょうか。
次のステップとして考えているのは、2021年度に育休を取得した男性従業員に経験談を共有してもらい、取得したいけど躊躇している人の背中を押してもらうこと。迷ったまま取得可能な期間を過ぎてしまう従業員がゼロになるように、アクションプランを立てて実践していきたいですね」
これからの育休取得は、“ジョブ型”マネジメントがカギ
男性の育休取得が当たり前になる会社を目指し、大きな一歩を踏み出した野村グループ。今後、歩みを加速させる社会的要因がもう一つあると、吉田氏は話してくれた。雇用に対する考え方の変化、いわゆる“メンバーシップ型”から“ジョブ型”への移行だ。
「従来の日本で主流だったメンバーシップ型では、新卒一括採用から横並びでキャリアをスタートし、評価に向けて懸命に働くことが当たり前でした。そこには『隣に走り続けている同期がいる中で、自分だけが休業してもいいのだろうか?』という不安があり、育休取得を阻む要因になっていたと思います。専門性を重視するジョブ型が浸透することで『自分には持ち場がある』ことがはっきりすれば、自信を持って休業を含めたキャリアプランを描くことができるのではないでしょうか。家族と相談し、無理のないワークライフバランスを実践できるはずです」
日本は今後、社会全体の意識改革として、どのような観点が求められていくのだろうか。最後に、未来社会への展望を聞いてみた。
「野村グループが意識を変えられたのは、男性の育休取得を“自社の持続的成長に関わる施策”として捉えられたからだと思います。ただし、日本社会全体が多様性を認め合い、生産性を高めることができなければ、最終的には同じ危機が私たちを襲うでしょう。そうした意味で、ダイバーシティやウェルビーイングに積極的な企業同士が、ベストプラクティスを共有し、日本全体の気運を高めていくことは重要です。当社もぜひ、その一員になりたいと思います」
※氏名、役職名はインタビュー当時のものです。
積水ハウスが取り組む「IKUKYU.PJT」
“日本でも男性の育児休業取得が当たり前になる社会”を目指す積水ハウスでは、2018年9月より1カ月以上の完全取得を目指した男性育休制度を導入。翌2019年には取得率100%を達成し、以降継続している。同時に9月19日を「育休を考える日」と制定し、「IKUKYU.PJT」をスタート。プロジェクトは今年で4年目を迎えた。
男性の育休を当たり前にしていくには、経営層に加え、実際に現場で取得を促す立場にある管理職層へ働きかけがより一層重要だと考えている。積水ハウスだけの取り組みで終わらせることなく、業種・業態・事業規模を問わずさまざまな企業から賛同を募り一緒に活動していくことで、男性の育休取得を当たり前の社会にし、より良い社会づくりのきっかけにしていきたい。
男性の育休取得の実態を探る「男性育休白書」や、実際に育休を取得した男性社員へのインタビューなどを掲載した特設サイトはこちらから確認できる。