社会やビジネス環境の変化により、データとデジタル技術を活用して製品やサービス、ビジネスモデルを変革するデジタル・トランスフォーメーション(DX)が進む昨今。各分野では画期的なアイデアや革新的なテクノロジーが次々と世に発信されている。

しかし、世に浸透するサービスや、実用化されるプロダクトは、そのごく一部にしか過ぎず、例えどんなに年月を掛け開発に至った技術だとしても、日の目を見ないものがほとんだ。

では、世の中に普及、利用されるためには一体どのような仕掛けが必要となるのか。

本記事では、電通のCCO(Chief Creative Officer)として、デジタル新領域クリエイティブおよびイノベーション創造のリーダーを務めると同時に、電通の海外グループ拠点とのコラボレーションやグローバルクリエイティブ強化任務も担う佐々木 康晴氏に、電通が持つクリエイティブ力、世の中との新たなコミュニケーション方法について伺った。

社会課題をユーザーと共に解決に取り組む動きが顕著に

Q. ICT(情報通信技術)を利用したビジネス関連発明でEC・マーケティング分野がトップ3に入るなど、広告業界でもデジタルクリエイティビティの潮流が高まっています。佐々木さんは今年6月、世界3大クリエイティブフェスティバルの1つ、カンヌライオンズ2022のBrand Experience & Activation Lionsで審査委員長をされていましたが、各チームのプレゼンを通して世界の動向をどのように感じていらっしゃいますか?

カンヌライオンズ2022を振り返ってみると、やはりコロナ禍が大きく影響していると感じます。

株式会社電通 CCO(Chief Creative Officer) 佐々木 康晴氏

この2年間、特に欧米を中心にロックダウンなどの強い措置が執られ、人々は我慢の日々を強いられました。でもこの半年間は社会活動が再開された背景もあり、カンヌでも『さあ、前向きに楽しもう!』という感覚に基づいた企画が多い傾向にありました。皮肉にもコロナ禍によって人と人をつなげるデジタル技術が発達し、これまで不可能だったことが可能になりました。例えば、フランスのスポーツ用品ブランドDecathlonが立ち上げた、囚人の為のe-Cyclingチームがその1つです。これは仮想サイクリングプラットフォームを舞台に、受刑者とトレーナー、一般の人達が、トレーニングやレースを介してつながれるというものです。受刑者の心身の健康維持だけでなく、社会との接点を持ち社会復帰をスムーズにするというプロジェクトです。

このように、デジタルテクノロジーを活用しつつ、一企業だけで解決できない難しい社会課題をユーザーと一緒になって解決しようという動き、いわば『Togetherness』をつくりだすようなデジタル体験創造ですが、その動きが顕著になっていると感じました。

ユーザーの気持ちをどう動かすか

Q.従来の広告手法と違い、デジタルならではの特徴や利点について教えてください。

これまでデジタル戦略と言うと、ローコストでターゲットを絞れて効率よく情報を届けられるということが主張されがちで、どちらかというと、情報の送り手の都合ばかりが重視されてきました。しかし最近では情報の受け手が主役になってきたと感じます。

コロナ禍の背景もあり、ユーザーは情報収集力と精査する力を手にしました。その中で送り手の都合に軸足を置いた情報を発信するだけでは誰も反応しなくなります。

今はとくに共感や行動を促すコミュニケーションが求められていて、人と企業が本質的につながり、変革にデジタルを利用するブランドが増えています。一方では、従来の効率を求めるデジタル広告もまだ必要とされており、その意味では二極化が進んでいるとも言えます。

僕らクリエイティブ側の人間にとって、クライアントの先にいる一般の人達のインサイトを感じ取ることが何より大切です。当然、クライアントのブランドを浸透させて売上に貢献するという目標はありながら、その先にある一般ユーザーの気持ちをどう動かし行動させるかが大きなミッションです。テレビや新聞などの一定の場所でしか発信できなかった従来のマス広告と比べ、常に人の傍らにあり様々な体験やメッセージを発信できるデジタルは大いに役立つツールになっています。

Q.その上でクリエイターに求められる重要な要素(例えばデザイン力やクリエイティブ力など)はありますか?

従来の手法では、短い時間の出会いでも人の心に残る面白い表現や、強いデザインを創ることが何より大事でした。その後、マス広告からデジタル体験空間へと場所は変わりましたが、また改めてとことん面白いとか、心を打つという要素が必要になってきています。デジタルが当たり前に普及した今、ただ便利な「仕組み」を用意するだけでは人の気持ちや体は動きません。人を動かすにはやはり気持ちを根っこから揺さぶるような強いアイデアが必要です。

アイデアといっても、インターネットやSNSなどを通じてユーザーの発信力が高まっている現代ですから、企業側の一方的な発信を表現アイデアでサポートするだけでなく、ユーザーを巻き込み、深く共感してもらえるような、トータルの「体験設計」ができないと、ファンになってもらったり拡散を期待するのは難しい。テクノロジーを理解しつつ、しかし過信しすぎず、デジタルの先にいる人々を見据えてアイデアを組み立てていく。従来のクリエイターに必要なスキルと大きく変わるものではありませんが、その組み立て方が変わっている。僕らクリエイティブ側も変わらないといけないわけです。

デジタルにおいても、今また高いクリエイティビティが必要とされている。そんな「クリエイティビティの復活」というといささか大げさかもしれませんが、僕らとしては改めて腕の見せ所だと思っています。

時代の変化に合わせた電通の変革

Q.これまで貴社は企業とメディアの間に立ち、広告を制作する役割を担ってきました。しかし近年は社内に多様なプロジェクトやイニシアチブを立ち上げ、参画団体と共に自ら発信する側に大きく転換した印象を持ちます。このダイナミックシフトの理由について教えてください。またステークホルダーとの関わり方などにも変化はありましたか?

その理由の1つに、企業・クライアントが立ち向かう問題が複雑になっていることが挙げられます。世の中のプラスチックごみを減らしたい、人々の意識の分断に歯止めをかけたいなど、いずれも一企業で解決できる問題ではありません。企業、自治体、団体、学校など、様々なステークホルダーが絡み、経済的成長だけでなく、社会や人々にも利することが求められる時代になり、我々も裏方に徹して広告を創るだけでは不十分になりました。

社会に対してこういうことがやりたいので我々と一緒にやりましょう!と自らプロジェクトを立ち上げ、複数のステークホルダーさんを巻き込み旗を振る役になって、電通の名前が見えた状態で共に歩んでいくケースが増えたことがシフトチェンジの背景にあると言えます。クライアントとの関わり方も広告表現を創るだけでなく、ユーザー体験やサービスの多様化など、アウトプットの形が複雑になり、それに比例して制作や開発の際に組むパートナーの数も増えました。『お互いの専門性をどう生かせるか?』と共に意見を出し合うことで、単に発注・受注の関係ではなく、対等に共創する関係になったと言えます。

Q.カンヌライオンズ2022の関連イベントでは関西大学・帝人フロンティアと共同開発した圧電繊維プロジェクト「YUWAERU」、AIによるラベリングから逃れるカモフラージュ技術を用いたアパレルブランド「UNLABELED」の2つの社内プロジェクトが選ばれ、現地でプレゼンテーションをおこないました。それぞれの特徴と選定理由について教えてください。

プロジェクトを選定するにあたり、効率や利便性だけを追求したソリューションをとりあげるのではなく、もっと人の気持ちに寄り添ったアイデアやクリエイティビティを世界に見せたいという意図がありました。圧電繊維の『YUWAERU』、デザインでAIのラベリングを回避するアパレルの『UNLABELED』は、共に実際に手に取ることができる素材です。どちらも、フィジカルに触れることができるものと人の気持ちをリンクさせる新しいチャレンジであったために、この2つのプロジェクトが選定されました。

現地でのプレゼンテーションを実施

『YUWAERU』は伸縮などの外的刺激を加えることで微弱な電気エネルギーを生み出すという特殊な圧電繊維を使って、繊維の可能性をファッション、エンタメ、スポーツ、伝統工芸など、身近なプロジェクトへ広げるファイバーテックブランドです。電通と関西大学さん、帝人フロンティアさんが中心となって参画しています。現段階では、贈り物のリボンに使用するとほどいた時の刺激がスイッチになって、箱に仕掛けた光の演出が流れるというプロトタイプが完成しています。贈り物を開ける瞬間のドキドキやワクワクした感情をリボンという物理的なスイッチを介して、電気エネルギーの力でエモーショナルに訴えかけることができるわけです。ゆくゆくは犬の尻尾の動きを感知してデータ化する『感情エクステ』や踊りで楽器が演奏できる『着るシンセサイザー』など大きな可能性を秘めているプロジェクトです。

また『UNLABELED』はAIによる監視社会や、人を見た目だけで判断する風潮へのアンチテーゼとして、「自分は自分でいたいのに、機械的に外見で判断される社会をどう思いますか?」という問題提起をするために、ファッションのデザインによってAIを欺く画期的なプロジェクトです。人間が技術に使われるのではなく、もっと人と技術の良い関係が創れるのでは?という視点に立って開発しています。手の込んだデジタルデバイスを使うのではなく、アパレルのデザインという誰もが親しみやすいプロダクトを通じた発信にも意味があると思います。

2つとも全く異なるものですが、共に糸と布という普段の暮らしに近い素材とテクノロジーの掛け合わせで人の気持ちに寄り添うという共通項があり、カンヌでプレゼンテーションしてみようと思ったのです。

Q.これらを社会に浸透させていく上で必要なことや課題について教えてください。

先程もお話したように、1つの企業や団体だけでは社会に浸透させていくことは簡単ではありません。色んな人達を巻き込んでいくことが重要になってきます。その上でなぜ僕らがこれをやるのかという「意思」をきちんと伝えて、その僕らの意思が多くの共感を産まないかぎりは、社会には浸透していかないと思います。

弊社は元々『B2B』企業でしたが、最近では『B2B2S』と呼んでいます。

これまでは顧客(企業・団体)のニーズを掴んで代わりにメディアで発信していましたが、広告やコミュニケーションの先には人がいて社会があり、これからは顧客企業の成長だけでなく、その先にいる人や社会も一緒に成長をデザインしていけたらと考えています。

企業も商品を作って売るだけではなく、社会に存在する意義・目的(パーパス)が求められる時代になりました。クライアント企業は社会に影響を与えたい、商品やサービスのファンを増やしたいと考えている中で、僕らは広告だけ創っておしまいではダメですよね。時には黒子ではなく表に出て旗振り役になる必要も出てきます。

『B2B』の先にある『S』(Society:社会)に作用するものを創ろうというのが最近の電通グループの目指している姿です。

でもこれは決して新しいチャレンジではなく、これまで創ってきたクリエイティブに責任を持って社会にしっかり届けようという使命を改めて確認した結果でもあります。

クリエイティビティと実現力の強み

Q.貴社の培ってきたクリエイティビティとコミュニケーション力がデジタルと組み合わさることで、ステークホルダーとの関係においてどのように生かされるとお考えですか?

自社の強みは、人の感情を揺さぶることができる『クリエイティビティ』、誰もやったことがない未知の取り組みでも躊躇せずに着手できる『実現力』の2つを挙げることができます。

広告の提案は、数ヶ月の短期スパンで集中的に行うキャンペーンから、体験を通して企業や団体のアクションに関与してもらい、社会変革に参加出来ているという実感をユーザー自らに持ってもらうロングスパンな形に変わってきています。その中でアイデアを具現化し、デジタルやテクノロジーを介して人を長期的に動かす力に変えるのは僕らの強みです。ただテクノロジーを使うだけではなくて、人を中心に考えて人の気持ちまで触れるようなクリエイティビティを生み出す。弊社にはAI系やXR系をはじめ各種先端テクノロジーを使いこなしつつ、人の気持ちをしっかりつかめるクリエイティブ・テクノロジストが多くおります。そういったテクノロジーとクリエイティビティの両翼を担えるところが他社さんにはない強みだと思っています。

誰もがクリエイターに

Q.デジタルに精通したクリエイターの発掘や採用、育成も重要なポイントになると思います。社内・社外に対してどのように門戸を広げていきますか?

まず多様な才能を持つ方々に来ていただきたいと思っています。従来の採用では映像、ストーリー、デザイン、言葉に長けた人を採用していましたが、社会のさまざまな領域で強い体験を生み出す為には、AIやロボットのエンジニアからゲノム解析者まで、幅広い意味でのクリエイターが必要となりました。そのような技術を持った人にクリエイティビティ業界に興味を持ってもらえるように、技術系学生向けのインターンシップも展開しています。技術を通して社会を変えたいという思いを持った人に、クリエイティブを掛け合わせることでさらにパワフルに社会を変えることができるんだということを知っていただき、その選択肢の1つとして電通があると知ってもらえたらうれしいです。

社内でも様々なチャンスが広がっています。従来であれば、クリエイティブディレクター、コピーライター、アートディレクターを中心に広告を創っていましたが、クリエイティビティが多様化する中ではプロジェクトに必要とされる専門性が多岐に渡ります。多方面からチームに参加してもらい、チームで創るケースが増えています。そういう意味では誰もがクリエイターになりえると言えます。

Q最後にデジタルクリエイティブの将来と拡張可能性について教えてください。

コロナ禍でデジタルが世の中になかば強制的に浸透しました。人がデジタルを使うことに対して障壁がなくなって、“人に対しての”デジタルトランスフォーメーションがほぼ完了したと感じています。そうなるとちょっと便利なくらいでは話題にならず、よりワクワクする面白いクリエイティビティが必要となります。今後も人や社会を巻き込む影響力を持った、ワクワクする面白いデジタルクリエイティブの存在感は高まっていくでしょう。

効率よくビジネスを成長させるマーケティングも引き続き注力していきますが、コロナ禍を経て企業や団体にも社会参画を求められる時代になり、長期的に世の中にも貢献し、参加する人々も楽しく、そして企業も成長できるという『三方良し』の価値観が改めて見直されています。その為にはデジタルの仕組みだけでなく、やはりアイデアと高度なクリエイティビティがないと実現できません。業界の垣根を乗り越えて、人々と企業、企業と企業をつなぐ『Togetherness』を創り、社会に変革を起こす。クリエイターに求められるハードルは確実に上がりますが、我々にとってもやりがいがある時代が戻ってきたと言えます。

文:小笠原 大介
写真:西村 克也