シリーズAで1億米ドル(約135億円)―― 米国を拠点に世界展開する金融データ・ソフトウェア企業、ピッチブックのデータによると、植物性代替肉企業がシリーズAで得た資金としては史上最大規模だという。この大型資金を今年2月に調達したのは、シンガポールのスタートアップ、ネクスト・ジェン・フーズだ。

近年シンガポールでは、植物性代替タンパク質を開発・製造・販売するスタートアップが勃興し、多くの資金を世界中の投資家から集めている。中には創業後わずか数年で、米国市場に乗り出す企業もある。市場調査会社、グローバル・インダストリー・アナリストによれば、2026年までに44億米ドル(約6000億円)規模に達すると予測されている代替タンパク質市場。ネクスト・ジェン・フーズに代表される、シンガポールのスタートアップの奮闘ぶりはいかなるものだろうか。

開業から1年の間に200ものレストランに代替チキン

2月にシリーズAで1億米ドル(約135億円)を調達したネクスト・ジェン・フーズは、昨年行われたシードラウンドでは3000万米ドル(約40億円)を得ている。それを加えると、総資金額は1億3000万米ドル(約176億円)を超える。

シリーズAに参加したのは、東南アジアのベンチャーキャピタル、アルファJWCをはじめ、地元シンガポールや英国など、ヨーロッパとアジアを拠点する投資家だ。シンガポールの植物性代替タンパク質に注目しているのは、国内の投資家だけではない。

ネクスト・ジェン・フーズが最初に開発したのは植物性代替チキン「ティンドル」だ。植物由来のチキンで、9つの原材料から成る。高タンパク、高繊維質で、抗生物質、ホルモン剤、コレステロール、遺伝子組み換え原料、化学調味料は一切含んでいない。

ネクスト・ジェン・フーズの代替チキン、ティンドルで和食、カツ料理も作れる © TiNDLE, Next Gen Foods

2020年発表の農業・食品加工分野の企業や事業に投資する投資会社、ブルー・ホライズンの報告書は、植物性代替チキンを選んだ場合、一般的に環境にどのような変化があるかに触れている。それによると、水が82%、土地が74%、温室効果ガス排出量が88%節約できるという利点がある。

ネクスト・ジェン・フーズは、まずシェフとパートナーシップを組み、東西海岸の6都市のレストランなどでティンドルを料理・提供することから米国進出をスタートさせた。そして、大手のドット・フーズをはじめ、各地の食品再販会社やオンライン・マーケットを通じてレストランと一般消費者の両方に販売。最終的な目標は、全国にティンドルを流通させることだそう。

また、研究開発や製品をイノベーションを行うための施設を今年末にシンガポールに開設する予定だ。既存のシンガポール、米国の研究開発チームを拡大する計画もある。

同社には気候変動による影響に対処するために、生産過程上、温室効果ガスを大量に発生させる食肉製品への食料依存度を下げようという目標がある。それは投資家、シェフ、流通業者、さらには消費者にも共通する目標だ。その点で、開業から1年の間に、3大陸で200以上のレストランへの製品の提供を成し遂げたと、最高財務責任者のロヒット・バタッチャリア氏は振り返り、今後も今まで以上の成長が見込まれるとアピールしている。

母乳や海産物など、植物由来の代替タンパク質は多種多様

シンガポールには、ネクスト・ジェン・フーズのほかにも、植物性代替食品を開発・製造・販売するスタートアップの誕生が後を絶たない。

タートルツリー

タートルツリーは2019年開業。バイオテクノロジーを駆使し、乳製品と母乳の細胞培養を行うアジア唯一のスタートアップだ。シンガポールと米国に拠点を置き、米国市場進出を狙う。同社は昨年10月末、ヴァーソ・キャピタルが主導する、シリーズA資金調達ラウンドで3000万米ドル(約40億円)を調達。シードラウンドで得た940万米ドル(約13億円)と合わせ、合計資金額は約3940万米ドル(約53億円)だ。

組成・機能・味を細胞農業技術を用いて母乳を再現した製品を作成している。従来の乳児用ミルクは母乳の栄養価には及ばない。同社はそれを克服すべく、昨年6月、免疫・発育を促す細胞ベースのヒトラクトフェリンを同社初の製品として発表。シンガポール・米国で販売認可を得て、来年末までに製品として発売する計画だ。

クラシック・ファイン・フーズのシェフとのコラボ。シオーク・ミーツのエビ、ロブスター、カニを使った料理 © Shiok Meats

シオーク・ミーツ

2018年創業のスタートアップ、シオーク・ミーツは、細胞農業技術を用いて、養殖海産物と肉を製造する。これはシンガポールと東南アジア両方で初めてのこと。2019年にシードラウンドで460万米ドル(約6億2000万円)を、2020年にシリーズAに先駆けて、460万米ドル(約6億2000万円)の短期融資を、シリーズA資金調達ラウンドで1260万米ドル (約17億円)を調達した。昨年は、韓国のデリバリーアプリ大手のウーワブラザーズや、ベトナムの海産物輸出大手、ビン・ホアンなどから約500万米ドル(約6億7000万円)の短期融資を受け、合計約3000万米ドル(約41億円)の資金を調達した。

現在、主に甲殻類の生産準備を進めており、創立以来、1年ごとにエビ、ロブスター、カニの3つの養殖海産物のプロトタイプを発表している。既存の研究開発施設に加え、プロセスの最適化、技術移転、データに基づくサステナブルな養殖水産物のための開発を行う研究所も昨年後半にオープンした。エビ、ロブスター、カニなど、研究開発段階にある海産物の代替製品は来年発表の予定だ。

創立者であり、最高経営責任者でもあるサンディヤ・スリラム博士をはじめ、研究者の多くが女性だ。漁業に透明性を求め、強制労働や低賃金といった問題の解決のきっかけになると共に、魚の乱獲を防ぐことができればと取り組む。

AIと機械学習で創り出される「卵」

ハウ・フーズは、AIと機械学習を備えたプラットフォームによって、現存の嗜好品を、味と食感を保ちながらより健康的なものに変え、市場に送り出すという画期的なスタートアップ。創立は2018年だ。

昨年、地元のベンチャー企業、ファークハーVCが主導し、テクノロジー系スタートアップに投資するTRIVEベンチャーズも参加したプレシリーズA資金調達ラウンドで、300万Sドル(約3億円)を得た。ほかにも、同ラウンドとして、2020年にナンヤン・プロパティから非公開の資金を調達し、研究開発部門の人員を増やし、技術に投資。国内での事業の拡大を行っている。

食品・飲料を扱うキリニー・グループが主導し、韓国のソンボ・エンジェル・パートナーズも参加した、2019年のシードラウンドでは、170万Sドル(約1億6000万円)を調達している。同社は、2020年に調達した非公開の資金で研究開発部門の人員を増やし、技術に投資し、シンガポール内での事業を拡大する計画だという。

現在同社のビジネスの要となっているのが、AI/機械学習技術を備えた製品開発プラットフォーム「リジェネシス」で特許出願中。リジェネシスを用いれば、既存の製品を分解・分析し、味や食感を維持・向上させるために製法・配合を変更。同時に栄養プロファイルをより健康的なものに変更できる。

リジェネレスを利用した商品の1つに、ニワトリの卵を改善した「ヘッグ」がある。ハウ・フーズの子会社、ヘッグ・フーズから発売されている。植物由来の粉末になっており、生産過程で抗生物質を用いず、コレステロールもゼロ。タンパク質をより豊富に含有し、従来の卵よりヘルシーになっている。供給過剰になったり長期間使用しなかったりしても、卵のように腐ることはないので無駄がない。

© Hegg Foods

食料の90%以上を輸入に頼るシンガポール

ヘッグ・フーズは、ヘッグのメリットの1つに、輸入に依存せずに済む点を挙げている。シンガポールで1年に消費される卵の74%を輸入に頼っているのだ。

食品庁(SFA)によれば、同国では食料の90%以上が輸入品だという。国内の食料供給は、世界の動向から直接影響を受ける。食料安全保障を万全にするためには、輸入を減らさなくてはならない。

国内で安定した食料供給を行うために、政府は2019年3月に「30バイ30」計画を発表した。これは、国民の栄養必要量の観点から見て、食料自給率を2030年までに30%引き上げようというものだ。

しかし、農業を行うための土地は国土のわずか1%ほど。補助金のおかげで、既存の第一次産業の生産性は向上してきたが、十分ではない。ビルの屋上や室内での野菜の栽培も行われているが、そこからの収穫物だけでは、国民全員にいきわたらせるのには限界がある。そこで現在有望株と見られているのが、フードテックへの取り組みというわけだ。

アジアの主要な代替タンパク質シンクタンク、グッドフード・インスティチュート・APAC(GFI APAC)による独立評価によると、植物性代替タンパク質の生産にあたり、現在シンガポールには東南アジアで最新の技術があるという。特に植物由来の代替肉を支え、約60社が企業間取り引きを行っている。

「30バイ30」の実現に向け、フードテックを支えるのは公共部門だ。2019年3月に始まった、シンガポール・フード・ストーリー(SFS)研究開発プログラムは、同国の食料安全保障の強化と「30バイ30」の達成、さらに経済的利益を上げることを目的に開始された。

© SGFoodAgency

SFAと科学技術研究庁(A*STAR)が主導し、SFS下でフューチャー・レディ・フード・セーフティ・ハブ (FRESH)が食品安全研究を推進する。センター・オブ・イノベーション・フォー・サステナブル・バンキング・アンド・プロダクション・オブ・カルティベーテッド・ミーツ (CRISP Meats)は、官民のパートナーシップを通じ、代替肉と水産物の開発と生産を加速させる上で企業が直面する問題に対処する。

フードテックに特化した政府・民間投資会社

シンガポールには、フードテック専門に投資する官民の投資会社も生まれている。例えば、ネクスト・ジェン・フーズへの投資を行う中には、アジア・サステナブル・フーズ・プラットフォームがある。

これは、シンガポール政府が所有する投資会社、テマセクが昨年11月に設立したフードテック・スタートアップを支援する子会社だ。A*STARの協力を得、2024年11月までに3000万Sドル(約30億円)をフードテック分野に投じる。

テマセクのホームページより

また、代替タンパク質企業に特化し、投資を行う、地元ベンチャー・キャピタルも昨年誕生している。グッド・スタートアップだ。

「グッド・プロテイン・ファンドI」という投資ファンドを新しく始め、計3400万米ドル(約46億円)を用意する。対象はビジネスを立ち上げた段階の企業で、平均投資額は50万米ドル(約6800万円)だという。35のスタートアップを支援する計画で、内21社がすでに資金援助を受けている。

さて、シンガポールでは、代替タンパク質スタートアップが切磋琢磨し、研究開発を進めている。環境問題の解決や、食料安全保障の確保に努める。世界各国からの投資も集まり、前途洋々といえそうだ。国際金融センターとしても知られるシンガポールは、近い将来、代替タンパク質業界の拠点としても知られるようになるかもしれない。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit