社会を良くする仕事をしたいと願う人は国内外に少なくないだろう。そんななか、金融を通じて社会課題を解決し、サステナブルなものにしたいと学生時代から思い続け、本場オランダでESG投資の仕事をする日本人女性がいる。

夢を叶えた藤田裕美さんに、金融を通じてどう社会を良くしているのか、その実情や思い、同分野におけるヨーロッパとアジアの違いを聞いた。

世界で拡大するESG投資

気候変動や貧困など、世界の抱える社会問題が明らかになるにつれ、それらの問題に関心を持つ人々が増えている。その動きは金融にも広がり、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視する企業や債券発行者に資金を優先的に投資するESG投資が、世界中で拡大している。

ESG投資に関する統計を発行する「グローバル・サステナブル・インベストメント・アライアンス」によると、2020年には世界のサステナブル投資(ESG投資含む)は35兆3,010億米ドル(約4570兆円)となり、2018年から年平均7.3%と急速に伸びている。

日本でESG投資に向けられるのは2020年時点で運用資産の24.3%で、42%のヨーロッパに比べると少ないが、現在急速に成長している。

藤田さんの働くロベコはオランダの資産運用会社で、2010億ユーロの運用資産のうち1950億ユーロ(約26兆円)をESG基準の元に運用するなど、サステナビリティを重視した運用をするグローバルな組織だ。サステナビリティに関する企業による非財務のインパクトを分析する、比較的大きな専門チームも社内に抱える。

企業にサステナブルな行動を求め、直接対話する仕事

そのサステナブル投資チームに属す藤田さんは、なかでもロベコが投資する企業と直接対話(エンゲージメント)して、サステナブルな行動を求めるエンゲージメント・スペシャリストの一員だ。日本人ということは関係なく、本社のあるオランダで全世界の企業をカバーする。

「10名ほどいるエンゲージメント・スペシャリストは、それぞれESGの中で見るべき環境や人権などの項目を担当し、企業価値を高めるための提言や対話をします。そのなかで私が担当するのはコントロバーシー、つまりESG的な観点から見た企業の不祥事です。問題を起こした企業が、国連のグローバルコンパクトなど責任ある企業の行動基準に反する行動を取っていないかを確認し、必要に応じてその改善を求めていきます」(藤田さん)

金融というと、数字を見てドライに判断していくようなイメージがあるが、投資をする側はリターンを得るために、投資先に積極的に働きかけて行動改善を求めることがある。サステナブル投資の場合は、サステナブルな観点からのインパクトも企業から引き出すことになる。

「不祥事というのは、具体的には財務の虚偽申告などの会計スキャンダルや環境事故などの汚染、あるいは洋服のサプライチェーンでの児童労働の発覚や、不公正な行動をとる政権との結びつきなど、企業が起こした問題です。他のチームメンバーは、大きな問題になる以前の段階のESG課題について企業と対話します。たとえば、製品のプラスチック使用やダイバーシティ推進の取り組み、人権デューディリジェンスの実施など、平常時から考えるべきことです。これが実際の人権侵害の発覚などに至った場合には、私の担当になります」(藤田さん)

運用会社としては、投資先企業から望ましいリターンやインパクトを得るため、各社の動きをモニタリングし、それをシステマチックに記録して、対策を取る必要がある。その過程で、介入の必要があれば直接コンタクトをして改善を求めていくのが重要になるのだという。

「不祥事があるとその企業に財務的な悪影響があるので対応が必要という側面もあります。ただ、それだけではなくて、現在EUが徐々に公開しているサステナブルファイナンス・アクション・プランにおいて、サステナブル投資に関する広範な規制が整備されつつあるので、運用会社としては、コンプライアンス的に投資先の動きを監視し、対応をしていく必要もあるのです」(藤田さん)

投資先で何か大きな問題が起きた場合、最悪そこへの投資をやめるという選択肢もあるが、社内で、財務など多方面からその投資先をモニタリングしている運用チームと協議し、どういう対応をしていくのがベストなのかを一緒に考える。企業との直接対話というのも、運用会社として取れる一つの手段だ。

「ESG投資をする運用会社の役割は、財務的な利益と、サステナブルなインパクトを両立させることです。ただサステナビリティだけを追求したいのなら、企業の問題行動を批判するNGOに行くのが良いのでしょうが、キャピタルマーケットというお金を動かす仕組みの中で影響力を発揮していくのが私には合っていると思います」(藤田さん)

金融を通じて社会を良くしたいという思い

高校時代に発展途上国で貧困に苦しむ人々のことを知り、何とかしたいという思いを持っていた藤田さんは、北海道大学在籍中にバングラデシュにグラミン銀行を創設したムハマド・ユヌスの存在を知り、感銘を受けた。

「『マイクロファイナンス』という金融のあり方、ビジネスを通じて貧しい人の生活を変えられる、そういう解決策があるということを知って、ショックを受けたのです。そして自分もそういう道を通じて、問題解決に寄与したいと思うようになりました」(藤田さん)

そう考えた藤田さんは、東京の外資系銀行で営業としてキャリアを始め、スイスのザンクトガレン大学にMBA留学をしてインパクト投資について学んだ。インパクト投資とは、ESG投資よりも踏み込み、財務的なリターンが下がっても社会解決の問題をより重視する投資のあり方だ。

卒業後、企業分析の力を高めるために1年間シンガポールで企業のデューデリジェンスをする仕事をした後、念願だったサステナビリティ投資の仕事に就いた。ESGに特化したリサーチ及びデータを提供する調査会社のサステイナリティクス社にリサーチマネージャーとして転職したのだった。

その後、東京での同社日本オフィス立ち上げを経てオランダ本社に移り、企業のESG不祥事やグローバルコンパクト違反に関するリサーチチームのマネジメントを経験した。そしてその経験を買われ、2021年後半に念願だった運用会社のロベコに転職したのだった。

「以前の仕事は、運用会社へのESG投資のためのデータ提供で、調査対象となる事業会社に直接コンタクトをすることはほとんどなく、間接的な関わりでした。運用会社に移った今は、企業の行動改善を促し、投資の意思決定により関われているので、より大きなやりがいを感じます。今後もサステナブル投資の運用会社で、企業とのエンゲージメントの仕事を続け、よりインパクトを生み出していければと思っています」(藤田さん)

問題を起こした企業との直接対話というのはタフな仕事であるように聞こえるが、インパクトを生み出せることに喜び、大きな面白みを感じているという。

「投資先企業との対話においては、なぜ不祥事が起きたのかという原因にも多少は触れますが、むしろ将来に向けて再発防止など今後の対策についても一緒に考えていくので、事業を一緒に作っていくような、ビジネス開発的な側面もあります。会う相手、話の聞き方と対話の進め方次第で見えるものが変わってくるなど、アート的な側面もあり、非常に面白みを感じています。企業とよい関係を築ければより良いエンゲージメントができますが、同僚もみんなタイプが違って、それぞれ異なるアプローチを確立しています」(藤田さん)

サステナブル投資の土壌が整ったヨーロッパとアジアの違い

「ヨーロッパですばらしいと感じているのは、ESG投資への企業の意識が高いことです。ロベコの投資保有割合が大きなものでなくても、コンタクトをしたらすぐ応じてくれます。日本やシンガポールでもサステナブル投資の仕事をしましたが、この分野の歴史が長く、エコシステムが出来上がったヨーロッパだと、やれることが違います」(藤田さん)

日本ではやっと始まったところだが、ヨーロッパには何十年もすでに実践されてきた分野なので、経験も人材も蓄積されている。

「私が日本にいた2017〜2018年だと、日本ではその数年前からサステナブル投資のためのガイドラインを作っているなど、土壌を整備し始めている段階でしたが、ヨーロッパにはすでに成熟したシステムとネットワークがあり、多様なアクターが連携してよりインパクトを与えられているのです。まず企業の動きを細かくモニタリングしているNGOがいて、問題を起こした企業だけでなく、そういう企業に投資する運用会社も批判するので、運用会社の私たちにも緊張感があります。そして、運用会社に企業のESGデータを提供するデータ会社がいて、数多くの競合運用会社、発言をする投資家がいます。運用会社も頻繁に情報共有をしているので、投資先の企業に対し、より影響力を行使しやすくなります」(藤田さん)

そして何より、違うのは消費者の意識の高さとそれゆえの緊張感なのだという。

「すばらしいと思うのは、こちらの消費者は、自分達の受け取る年金がどう運用されているのか、その投資先をきちんと見ていて、おかしいと思ったら声を上げる人たちがいることです。たとえば、ある年金受給者が、問題行動があるとされる企業に年金基金が投資しているのを批判する手紙を基金に送ったという話があります。運用側もこういう声を無視できないので緊張感をもって行動せざるを得ず、消費者の意識がお金の流れを変えているのだと思います」(藤田さん)

アジアにおけるESG及びインパクト投資は、最近拡大してきたところで、今後非常に大きな伸び幅がある。日本も今まさに発展しているところだが、消費者一人ひとりがお金の使われ方に対して意識を持っていくことがキーを握っているのかもしれない。

文:駒林歩美
編集:岡徳之(Livit
写真:ロベコ提供

ESG投資
従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資のこと。2015年、日本においても年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が国連責任投資原則(PRI)に署名したことを受け、投資にESGの視点を組み入れることを原則としたESG投資が広がっている。