2030年にGDPが世界第3位、経済規模は日本を抜いてアジア第2位になると予想されている国は? マイクロソフト、ツイッター、シャネル、アドビ、IBM、グーグル、ノキア、Vimeo。世界を代表するこれら8社の共通点は? 

答えはインド。上記8社のCEOはインド人で、経済面では、今年はGDPが9%アップ、近い将来はイギリス、ドイツを追い越すとゴールドマン・サックスが予測している。

パンデミックで大きな打撃を受けたにも関わらず、インドは今後大きく成長するという予測図は変わっていない。その力の源泉はどこにあるのだろうか。まず思いつくのが人口増だが、それだけでは語りつくせないはず。底力がどこにあるのか、本稿で探ってみたい。

インド出身のCEOたち。左からアドビのシャンタヌ・ナラヤン氏(Shantanu Narayen)、Vimeoのアンジャリ・スッド氏(Anjali Sud)、グーグルのサンダー・ピチャイ氏(Sundar Pichai)、シャネルのレーナ・ナーイル氏(Leena Nair)(出典:Wikipedia)

中国がインドを盛り上げる

まず、インドの外側に理由を探してみる。すると、インドの成長に大きな影響を与えているのは中国だということが分かる。先進国が世界の工場としての役割を終えつつある中国に見切りをつけ、投資先をインドに変えるという単純な構図ではなく、中国に対抗するためにインドを取り込みたいという思惑が見えてくるのだ。

2018年に始まった米中貿易摩擦にも代表されるように、欧米の中国への警戒心は強い。国の経済力を表す指標の一つであるGDPで比較すると、現在、インドは中国の1/5の規模にすぎない。一方、中国は2028年までには米国を抜いて世界一の経済大国になると報告されている(英国の企業経営コンサルタント「CEBR」調べ)。

インフラ未整備、保護貿易主義、文化の違いなど、インドはビジネスパートナーとして組むには乗り越えるべき課題が多いが、中国の足元にも及ばない今が絶好のタイミングだと捉えられているのかもしれない。

例えば、2021年、英国ではインドの若者に向けた「Young Professional Scheme for Indian nationals」という新しいビザ制度を発表した。18歳から30歳の新卒者または同等の職業経験を持つインドの若者が、英国で2年間、就労と滞在を可能にするもので、2年を過ぎると技能労働者ビザへの切り替えもできるようになる。

この新しいビザ制度は、インドと2カ国貿易協定を強く望んでいる英国が見返りとして提案しているという見方もある。EUを離脱した英国としては、他に先駆けてくさびを打ち込みたいところなのかもしれない。

中国よりも10歳若い人口

次に内的要因を見てみよう。人口を再び中国と比較してみる。

2020年の比較

インド中国
人口13.8億14.02億
中央年齢28.4歳38.4歳
年少人口(0~14歳)26.16%17.71%
生産年齢人口(15~64歳)67.27%70.32%
高齢人口(65歳以上)6.57%11.96%
(出典:世界銀行/Statista/WHO)

国の経済規模や発展性を測るには、人口数だけではなく、年齢構成も大切な指標だ。インドは中央年齢が中国よりも10歳も若く、年少人口の割合も高い。つまり、若い労働力が豊富にあり、それは途切れることがないわけだ。

ちなみに日本は人口1.25億で、年少人口12.44%、生産年齢人口59.15%、高齢人口28.39%。中央年齢は45.9歳である。蛇足だが、日本のこのたそがれた数字を見れば、中国にGDPで逆転されたのは当然で、今でも3位を保っているのがむしろ驚異だと思う。

逆境、変化に対応できるレジリエンスの高さ

次によく知られることだが、インドは、世界の主流であり、これからも主流であり続けるだろうIT産業に強いということだ。米国IT企業のアウトソーシング先として始まり、安い労働力、英語力とスキルの高さ、そしてアメリカとインド間の有利な時差(24時間体制が可能)などから、2000年初頭からインドのIT産業は飛躍的な進歩を遂げた。今でもインド経済を支える安定したセクターだ。

インド政府による貿易障壁の削減やテクノロジー製品の輸入関税撤廃などの自由化政策、ソフトウエア・テクノロジー・パークという工業団地や経済特区の設置、100%輸出志向型企業への税の免除、外国直接投資などの政府が打ち出す数々の施策も、世界のIT産業で優位なポジションを獲得する上で重要な役割を果たしている。

インドでIT産業が盛んなのはカースト制に関係なく実力主義だからという話をよく聞くが、実際はそうではないらしい。

米国のシリコンバレーでさえカースト制度で下位にいる人、制度の外側にいるダリットと呼ばれる人びとが差別にあっており、2020年、カリフォルニア州の公正雇用住宅局が、シスコ社で働くダリットの従業員が上位カーストの上司から差別を受けたとして、同社を提訴したケースもある。アメリカで働くインド人が増えるにつれて、カースト制度もじわじわと浸透していったそうだ。

そんな不条理に日々さらされているからこそ、インド人はレジリエンスが高いと言われる。適応能力やストレスへの耐性があり、ピンチをチャンスに変えるバイタリティがある。カースト制のみならず、汚職撲滅を政権の目標に掲げるほど賄賂がはびこる社会で、国からのセーフティーネットは期待できない。

そんな不安定かつ不公平な世界で生き延びるためには、有利な状況を見極めること、すばやく対応すること、目の前にあるチャンスを最大限に利用すること、つまり、革新、挑戦が成長ドライブであるIT業界、そんな業界を支える起業家精神と親密性が高いのだ。

インド政府は、2020年現在、スタートアップの数は41,061社で、39,000社のスタートアップが470万人の雇用を創出していると報告した。インドは現在、アメリカ、中国に続く世界第3位のスタートアップ・エコシステムを有しており、ユニコーンと評価を受けている社は38社。パンデミックで打撃を受けた2020年でさえ12社のユニコーンを誕生させている。

インドのシリコンバレーと呼ばれるBangaloreを拠点とするYahoo!(出典:Flickr)

ヘルスケアテックの投資は世界第4位

2022年、インドの経済成長を支える分野として注目されているのがヘルスケアである。もともと医療体制の整備が喫緊の課題だったところに不運にも大規模なパンデミックに襲われた。中央・州政府とともに、COVID-19専用病院の設立、隔離センターの設置を急ぐとともに、テクノロジプラットフォームにも力を注いだ。

コンタクトトレーシング、シンドロームマッピング、自己評価をするモバイルアプリ「Aarogya Setu」の開発(ダウンロード数は2億以上)のほか、隔離ゾーンでの必需品の配送、電子薬局、遠隔相談、病床管理、当局の監視体制など、将来、再びパンデミックに見舞われた際に耐えられる医療システムを、ソフト・ハードの両面から官民挙げて取り組んでいる。

2017年は約1,600億米ドル規模だったヘルスケアは、2022年には最大で3,720億ドルに達すると推定されている(Statistaより)。

「MFine」は医者とのオンライン相談、X線、MTスキャン、テストの予約、家でのケアプラン、薬の注文、セルフチェック、手術の予約と、まさに総合病院(出典:MFineのWebサイト)

2020年8月、モディ首相は「国家デジタルヘルスミッション(NDHM)」の開始を発表した。MDHMはすべてのインド国民に固有の健康IDを発行して、カルテのデジタル化や、医師および医療施設の電子登録などの実現を目標にしている。

それらの動きも後押しとなり、2021年、インドのヘルステックのスタートアップ「MFine」は、AIとモバイル技術を活用する世界最大級のバーチャル病院を構築するとして、4,800万米ドルの資金を調達。

マーケティング会社London & Partnersとスタートアップ、投資家の情報プロバイダーDealroom.coによると、インドはベンチャーキャピタルによるヘルステック投資で、米国、中国、英国についで世界で第4位になった。COVID-19によって医療への投資は世界の主流になっているが、インドは先進国とは違い、全国民が医療を等しく受けられるようインフラを整えることから始まる。

最後にもうひとつの数字を述べる。2020年からの10年間で1兆5,000億米ドルから2倍の3兆米ドルへ。これは、今後のインド経済を後押しする急速に増える中間層の消費支出である。(英国の情報プロバイダー「IHS Markit」調べ)。このプロスペクトが、インド人をCEOにおくグーグルやツイッターなどのテクノロジー、Eコマース分野のグローバルメジャーをインド市場に引き寄せている。

その市場にいるのは、2027年には世界一になり、2030年には15億といわれる人びとだ。「量より質」という表現は、この数字を前にして効力を失う。

文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit