「ソーシャルネイティブ」Z世代により社会現象として定着した「キャンセルカルチャー」

団結して既存の価値観を「キャンセル」していくZ世代(Greta Thunberg氏Wikipediaより)

「キャンセルカルチャー」とは、特に有名人などの言動が告発され、インターネット上でその批判の声が集まり、大きくなり、ついには彼らの社会的地位を失ったり、過去の業績まで否定されてしまう社会現象、もしくはその文化のこと。

筆者はいい歳なので、インターネット黎明期からこういった現象があったことは記憶している。

「2ちゃんねる」で芸能人の恥ずかしい写真が晒されて人気を失ったり、一般人でも「Twitter」であぶりだされたうっかり発言によりつるし上げられて一生消えない「デジタルタトゥ」になってしまったりといったことは、SNSが普及し始めた今世紀開始早々にもう起こり始めていたように思う。

しかし、特に「デジタルネイティブ」と呼ばれたミレニアル世代と交替して、「ソーシャル(メディア)ネイティブ」とラベリングされるSNSとともに育ったZ世代が、新しい世代代表としての声を持つようになったのに従い、その文化は社会生活の一部として定着したようだ。

特にZ世代は、インターネットを駆使して様々な情報を収集・取捨選択し、クリティカルな思考で真実を割り出すことに長けているといわれている。

彼らは好ましくない言動をしたセレブを失墜させるような「キャンセル」を超越して、さまざまな既存の価値観や文化をキャンセルし、世界にディスラプションを起こしつつあるという。

権威ある大学に対しても脅威に

それにつれて、根本的なマインドシフトを求められている組織のひとつと指摘されているのが、現代まで、場合によっては数百年にわたり権威を保ってきた大学などの高等教育機関。

「お金」を意識する年齢になった時から衰退し続ける経済しか体験したことのないZ世代は、どの世代よりもシビアな金銭感覚とキャリア観を持っていると言われている。

権威ある大学を学生ローンを抱えて卒業したところで、その学位と学習内容がこの変化の速い現代の労働市場でどれほど「使える」のか?という疑問のもと、他の進路を選ぶ学生が増えてきているという。

アメリカで100年以上にわたり私立大学など高等教育をサポートしているUPCEA(大学教員・生涯教育協会)の研究戦略センター主任であるJim Fong氏は、「高等教育機関は心して:Z世代とキャンセルカルチャーの時代がやって来る」と題したエントリーの中でこう警鐘を鳴らしている。

「高等教育機関は、Z世代とこれからの雇用者のニーズに合わせてプログラムを設計し直す必要がある。現存する大学の一部は、Z世代が学生となるパンデミック後の時代に『キャンセル』されて消える可能性がある」

Fong氏はまた、「ミレニアル後半~Z世代前半に生まれた世代は、団塊世代のような経済力も、ミレニアルのような社会的パワーもない。しかし、SNSを通じてつながる力と独自の価値観、加えて他の世代よりも豊富な情報を持っており、ひいては政治プロセスのみならず高等教育のあり方もひっくり返す(=既存のものをキャンセルし、新しい選択肢を要求する)大きな影響力を持っている」

「一歩先を行く機関は、受け継がれてきたサービスを提供することよりも、Z世代のニーズに合わせたサービスやプログラムを設計し始めている」と評価。

さらに、彼らの親世代であるX世代やミレニアルについても、彼らは「ブルドーザーペアレント」(子どもの人生の道のりを歩きやすいように困難を取り除いてあげる親)であると言及。

そんな親世代はZ世代の子どもたちと強固で親密な関係性を築いているため、大学関係者は学生候補のZ世代と、その親世代のX・ミレニアル世代の両者が納得するようなプログラムを再設計する必要があると説明している。

同氏が提案している具体的なソリューションは「スタッカブル(スタックト)教育」。

10単位取得しようが100単位取得しようが関係なく、修了しなければ「大学中退」というラベルしか貼られない既存の大学のシステムは、「お金がかかりすぎる上に、120単位をめぐるギャンブルのようなもの」だと非効率性を指摘。

そのうえで、さまざまな(小さな)資格や修了証明を組み合わせて、最終到達点は関係なく、それまでに身に着けた知識を就活時に証明できる「スタッカブル教育モデル」が強力な代替案になるのではと示唆している。

サステナビリティに取り組む企業や投資家も要注意

フランス人ミレニアル投資家のMajdoline Wahbi氏も、 同様の分析を見せるインフルエンサーの1人。

「急速に変化する労働市場とは別世界にある(社会のニーズに合わせてアップデートしない内容の教育を提供していた)大学に、借金をしてまでせっせとお金を貢いでいた世代を見て育ったZ世代の心が離れていくことを、世界のエリート大学は恐れている」

「Z世代はオンラインで無限に教育コンテンツを得られる環境で育ち、エコール大学やアイヴィ・リーグよりもYouTubeのほうが優れた大学だと見なす」と指摘。

そして大学と同じことが、投資ファンドにも起こり得るとしている。

同氏はZ世代を「起業家精神にあふれ、教育を受け、知覚力があり、敏感」「情報を検証するコツを持っていて、政治やマーケティングのトリックに簡単にだまされない」「グリーンウォッシュ(実態の伴わない環境活動アピール)やピンクウォッシュ(同じく実態の伴わないLGBTフレンドリーアピール)のにおいにも敏感」などと評価。

旧態依然とした価値観に基づいた投資を続けている投資家は、今まで彼らが「キャンセル」してきた多くの有名ブランドと同じように、弾劾されキャンセルされる可能性があると危機感を煽っている。

その上で、資金調達のためのプラットフォームは他にも豊富にある彼らが起業家となった時に選ばれるベンチャーキャピタルになるには、彼らと価値観を共有し、ブランドのイメージを推し上げてくれるような投資家である必要があると、自身の投資家としての意識にも触れながら語っている。

同氏によると、76%が「活動家」を自認するZ世代の関心が高い分野は環境、人権(マイノリティの生活改善など)、ヴィーガニズムなどサステナビリティ関連。そして信頼性、透明性、徹底したインクルーシビティを重視しているという。

Z世代にも支持を受けるオランダのチョコレートメーカーに思うこと

Wahbi氏の「信頼性・透明性・インクルーシビティ」という言葉を受けて筆者は、現在住んでいるオランダでZ世代を含めた国民に愛されているチョコレートブランド「TONY’S CHOCOLONELY」を連想した。

チョコレート業界で慣例となっていた、カカオ豆生産地における奴隷労働をなくすために立ち上げられたこのブランドは、そのインクルーシブなミッションもさることながら、透明性で信頼を得る戦略が突き抜けていると感じる。

発売当初「奴隷労働ゼロ」だったスローガンは、完全に奴隷労働と無関係なチョコレートの生産は現状ではできない、という調査の結果を受けて「奴隷労働ゼロへの道」へと変更された。

アメリカではある「奴隷労働ゼロチョコレートリスト」から外されたことが話題となり、あわや「キャンセル」されそうになった際には早々に声明を出し、その理由と経緯、原因となったパートナー企業とのコラボを打ち切る予定もないことを明け透けに説明した。

そして、常日頃、「カカオ豆生産における奴隷労働をなくすためには、うちの会社だけではぜんぜん力が足りない」とあっさり認め、世界のビッグネームなチョコレートブランドに協力を呼び掛けるとともに、自身のサプライチェーン「TONY’S OPEN CHAIN」を同業者に利用してもらえるように無償で公開している。

逐一動きが透明で、「どうせお金を出すならこの会社に落とそう」と思わせる戦略が、ポリティカルなコンシューマーであるZ世代の求めにマッチした結果の人気なのかなと思う。

シビアな目で人生を見つめ、自らの正義に合わない価値や商品にはお金を落とさず、クリティカルに真実を見極めた結果「不適切」と判断したものは教育機関でも、表向きいいことをしている風の企業でも、ネットワークの力で「キャンセル」するZ世代。

彼らのキャンセルカルチャーから安全な既得権益ゾーンなんて、もうどこにもないのかもしれない。かなり頼もしい気もする。

文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit