ワイン、ビール、紅茶、チーズ、ヨーグルト、ザワークラウト、キムチ、納豆、鰹節、アンチョビ、酢、醤油、みりん、味噌、タバスコーー。

これらに共通しているのは「発酵食品」だということ。発酵は空気中、あるいは食物についている乳酸菌や麹菌、酵母などの微生物のはたらきによって食物が変化することをいう。ヒトにとっておいしくて有益なら発酵になり、有害なら腐敗となる。

発酵とヒトとのつきあいは長く、ヨーグルトは紀元前5000年前にはすでに食べられていたと言われる。そんな最古の食品加工技術が今、欧米を中心に熱い注目を浴びている。

なぜ発酵で、なぜ今なのか。その理由を調べてみると、人びとの食への意識の高まりのみならず、食糧・環境問題を解決する技術として期待を一身に背負い、最先端を走っていることが分かった。

パンデミックがもたらした健康への新たなアプローチ

発酵が欧米で再発見されたのは、奇しくもパンデミック時だった。家で料理をする機会が多くなったこと、心身の健康が理想や目標ではなく、罹患しないためのリアルな課題になったことで、ヘルスコンシャスな暮らしへの関心がいっそう高まった。

欧米での最近のトレンドワードは、“gut health”。腸内の健康と訳することもできるが、腸内の微生物のバランス、腸を含む消化器官の機能を健やかに保つことで健康が育まれ、それが幸せにもつながると広義に解釈されている。

ヨーロッパではキムチが流行中。キムチバーガーなるものも誕生している。ヨーロッパにはキャベツを乳酸菌で発酵させたザワークラウトがあるので、中国キャベツ(白菜)の発酵食品であるキムチは受け入れられやすかったのだろう。

そんなトレンドとパンデミックが重なって注目されたのが、日本ではお馴染みの「微生物が含まれる発酵食品は身体によい」だった。

欧米では、健康というとビタミンなどの栄養素からアプローチする傾向があったので、発酵食品と健康の組み合わせは新鮮な響きがあった。欧米でキムチがブームになっているのは、このgut healthの延長上にある。

ターゲットは雑食主義者とフレキシタリアン

発酵が注目されるもう一つの理由は、ヴィーガン、ベジタリアン市場が成熟し、次なるターゲットとして発酵食品が取り上げられるようになったからではないか。と思ったが、そうではなかった。

食肉代替食品の普及を推進するアメリカのNPO団体グッドフード協会のデビット・ウェルチ博士によると、キープレーヤーは彼らではなく、肉食、菜食にこだわらない層と、植物性の食物を中心にしつつ、肉や魚もたまに食べるフレキシタリアンと呼ばれる人びとだという。

畜産による環境負荷など環境への意識は以前よりも高まっているが、一方で「植物性の食べ物に切り替えましょうと訴えても多くの人には響かない。そういった食習慣が理想だと分かっていても、菜食だけはきついと思っている人が多いからだ」とウェルチ博士。

「代替食品を広めるには、みなが望んでいるものを作らなくてはならない」。

おいしいを再現する発酵技術

みなが望むのは、おいしいもの。そのおいしさの鍵を握る物質は、タンパク質だ。タンパク質を構成するアミノ酸が甘味や苦味、酸味、旨味などの味を司っており、発酵させることでアミノ酸が増えることが分かっている。

タンパク質はヒトの身体を構成する成分で水分の次に多く、身体の約20%を占めるという。つまりタンパク質はおいしさのみならず、生命にとって欠かせない物質であり(だからこそおいしいと感じるのかもしれない)、フードテックも代替タンパクの研究・開発に注力している。

発酵技術は「おいしさ」「品質」「持続可能」「コスト」の4つに応える優秀な食品加工技術だと、グッドフード協会は説明する。

まず、おいしさを例にとってみる。

豆類は高タンパク質の食品として知られており、すでに豆由来の肉や乳製品が多く出回っているが、独特の臭みや食感がある。意識が高いヴィーガンやベジタリアンならまだしも、肉も野菜も食べる層には、豆の青っぽい味や匂いのヨーグルト、ぼそぼそとした食感の肉に萎えてしまう。

ウェルチ博士がいう「皆が望んでいるもの」にするには、豆由来の食物に、動物性タンパク質を口にしたときの「おいしさ」があることが重要だ。

タンパク質を含む食品加工技術を研究するオランダの企業NIZOでは、食材ごとに適合する微生物を特定し、発酵技術を使って植物由来タンパク質の不快な味を取り除いたり、食感や口当たりを改善したりする研究を行っている。

豆類の青臭い匂いの素であるヘキサナールという物質は、特定の微生物で発酵すれば分解して除去できるし、発酵中に産生されるエキソポリサッカライドなどを用いれば、植物性クリームチーズの口当たりをなめらかにすることができるという。

品質に関しては、発酵がカビなどの有害な微生物の繁殖を防ぐことはよく知られており、そういった抗菌性成分だけを抽出する技術を確立することで、食品の安全性を高められると言われている。

バイオマス発酵と精密発酵

そして、持続可能、コスト削減が実現できるとして、最も期待されているのがバイオマス発酵(biomass fermentation)と精密発酵(precision fermentation)だ。

バイオマス発酵とは、微細藻類やマイコプロテイン(真菌タンパク質)などを他の栄養素と組み合わせて発酵させ、短時間でタンパク質を生成させて食品にする技術。バイオマス発酵の先駆けであるイギリスのクォーン社は、フザリウム・ベネナタムという糸状菌を利用し、高タンパクの代替食品の生産に成功。動物を殺さない肉として注目された。

量産に成功し、イギリス市場に登場したのが1985年。現在は、ナゲット、ケバブ、バーガー、パテ、ステーキ、サンドイッチなど約60商品を展開。18カ国で販売されている。(https://www.quorn.co.uk/

バイオマス発酵に続く新たな発酵技術として期待が寄せられているのが精密発酵だ。精密発酵は食品そのものを作るのではなく、特定のタンパク成分を発酵で生成する技術をいう。

カリフォルニアのスタートアップ「Perfect Day」は乳タンパク質であるホエイとカゼインプロテインの遺伝子コードを微生物に与え、牛と同じ乳タンパクを生成。それを水や植物性油脂、ビタミンやミネラルなどと発酵させ、牛乳と同じ特性をもちながら、ラクトフリーの製品を作り出した。

Perfect Daysのプロテインを使用したアイスクリーム。食品企業the Urgent Companyを立ち上げ、第一弾としてBrave Robotブランドを立ち上げた。(https://braverobot.co/

グッドフード協会によると、代替プロテイン市場は、パンデミックに打撃を受けた他の市場とは裏腹に飛躍的な年となったという。

2013年からの調査以来、資金の85%(4億3500万ドル)が2019年と2020年の最初の7カ月間に調達されたという。代替プロテイン市場に含まれる培養肉分野と比べると、発酵分野は3.5倍の資金調達を得たという。

現在、最も注目を浴びている精密発酵のスタートアップは前述のPerfect Day、卵白の生産に成功したシリコンバレーのスタートアップ「Clara Foods」、大豆の根から採取できるレグヘモグロビンの遺伝子を組み込んだ酵母を発酵させて肉と同じ質感、味を再現させた「Impossible Food(アメリカ)」など。

また、発酵で植物由来の着色料を生成する「Michroma(アルゼンチン&アメリカ)」、プロテインスイートナーを開発する「Amai proteins(イスラエル)」、保存添加物プロピオン酸に代わる保存料をつくる「Protera(チリ)」などセグメント化も進んでいる。

食品の産業変革が、すぐそこまできているかのようだ。あるいは、今、変革の渦中なのかもしれない。

土地も、肥料も、屠殺も必要ない

牛いらずの肉やミルク、鶏いらずのスイーツが食卓にのぼる日が普通になれば、もはや広大な土地、膨大な水、飼料や肥料がいらなくなる。動物を殺す必要もない。

新しい技術であるがゆえに、安全性に不安があるという声もあるが、化学肥料を使い、遺伝子組み換えで育つ穀物、食物に含まれる添加物、畜産で環境が受けるダメージが人や環境にとって安全を保証しているかと聞かれれば、Yesといえないのもまた事実である。

気候変動、環境負荷、食糧危機。将来に暗い影をおとす問題の解決の鍵を、紀元前からヒトとつきあっている発酵が握っている。古くからある技術にこそ、未来への新しいヒントが宿っていると言えるかもしれない。

文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit