「好きなことをしているだけじゃ世界は良くならない。誰もやらない、やりたくない、でもやるべきことにこそ自分は目を向けたい」

NPO法人アクセプト・インターナショナルの代表理事・永井陽右(ながいようすけ)さん(29歳)は、自身の信念・生き方についてそう語る。あえて、もっとも危険な紛争地の一つであるソマリアへ降り立ち、イスラム系テロ組織から降参した投降者や逮捕者たちと関わり、彼らの脱過激化・社会復帰を促す。

いつ命を落とすか分からない、死と隣合わせのソマリアでの活動を始めた理由、テロリストとの向き合い方と活動の成果、自身が選んだ生き方の価値観について、ソマリアから帰ったばかりの永井さんに尋ねた。

大人への反抗心と罪滅ぼしから「やる」と決めた

NPO法人アクセプト・インターナショナル代表理事の永井陽右さん(写真左)

「幼いころはやんちゃなことばかりしていました。成長するにつれて生き方を真剣に考え、勉強に打ち込むようになり、これからは弱者を支える側に立たなければと思うようになりました」

「幼いころから正義感が強かったのか」との問いに対して、永井さんはこう答えた。そう思うようになったきっかけはいくつかあり、大学入学時に経験した東日本大震災、80万人以上が虐殺された1994年のルワンダ虐殺、20年近く無政府状態が続き、2011年の大飢饉で約26万人が死亡したソマリア。なかでも「比類なき人類の悲劇」と形容されたソマリアを無視できなかったという。

「ソマリアは破綻国家や崩壊国家と呼ばれ、飢餓、紛争、テロ、干ばつ、世界一の汚職など、実に多くの問題にさいなまれ続けています。ここ十数年は、アフリカでもっとも人を殺しているイスラム過激派組織アル・シャバーブが勢力を拡大し、毎日のように爆発が起き、いたるところでバタバタと人が亡くなっているのが現状です。地球で一番危険な場所とも称され、ほぼ誰も支援活動ができないお手上げ状態でした」

当時、永井さんは大学1年生。紛争解決のスキルも、語学力も、資金もなかった。国際協力分野で活躍する大人たちに「ソマリアを救いたい」と相談したが、返ってくるのは「危険だから絶対にやめるべき」「まずは東南アジアで10年の経験を積みなさい」「意義ある活動だけれど、自分の命を大事にしなさい」といった反対意見ばかり。彼らの主張に納得できず、大人への反発心から「やってやる」と野心に火がついた。

「大学生の私に対して大人たちは偉そうに意見するけれど、結局、危険だったり資金が集まる見込みがなかったりするとやらない。私には荒れていた過去の罪滅ぼしをしたいような気持ちがあり、もっともひどいソマリアを知りながら見て見ぬふりをするのがどうしても納得できませんでした。大人ができないなら、学生であっても自分がやるしかないと、2011年に『日本ソマリア青年機構』を立ち上げました」

ソマリアを救うための方法論は一切知らない。まさにゼロからの始まりだったが、解決したい課題だけはクリアだった。

「対話」を軸にテロリストをユースリーダーへ導く

ソマリアの刑務所に収容されているテロ組織からの投降兵や逮捕者たち

手探りでの活動開始だったが、隣国のケニアで難民として暮らすソマリア人の若いギャングの存在を知り、彼らと接触するようになった。そうして2013年にスタートした、ケニアでのソマリア人ギャングの脱過激化・社会復帰プロジェクト「Movement with Gangsters」が、大きな転機となる。

「100名以上のギャングを受け入れ、ギャング組織が解散するなど、想像以上のインパクトが生まれました。この活動がソマリア政府や国連などに評価され、2016年にはソマリアで低リスクのアル・シャバーブ投降兵への脱過激化・社会復帰の取り組みが始まりました。2018年からは、中・高リスクの投降兵や逮捕者との取り組みも開始。私たちは、外部組織として唯一ソマリアの刑務所内での活動が許されています」

ソマリア中央刑務所には、テロ組織・アル・シャバーブの元メンバー約750人が収容されており、ここが永井さんをはじめ、アクセプト・インターナショナルのメンバーの職場だ。週に3回、刑務所に出向き、脱過激化・社会復帰に向けた支援を実施する。

「私たちの取り組みは、一人ひとりに合わせたテーラーメイドのプログラムですが、基本的には対話を中心としています。一方的な矯正ではなく、それぞれが抱える問題、想い、夢を掘り下げ、暴力ではない新たなアイデンティティ、人生を共に考え、サポートします。その内容は職業訓練、ビジネスプラン構築、キャリアプランニングなど多岐にわたり、1人に対して約1〜2年の歳月をかけて取り組みます」

逮捕者のひとりと対話する永井さん

同じ若者の視点で彼らの話を聞いていくと、望んでギャングやテロリストになった人は決して多くないという。

「彼らの多くは、政府や警察や社会全体に対して問題意識や怒りを抱えていて、その怒りのエネルギーは非常に健全で正当なものだと思います。実際、破綻国家で、あり得ない政府側の問題があるわけです。私たちは彼らの主張を否定せずに受け止め、社会を一緒に変えていこうと話します。組織名のアクセプト(受け入れる)は、こうした姿勢からきています」

さらに永井さんは、「多くのテロリストたちは、圧倒的に取り残されてきた若者だ」と強調する。

「SDGsが浸透しつつある昨今は、『ユースが世界を変える』といった声明を見かけますが、テロ組織の若者は“ユース”にもかかわらず無視されているような現状があります。投降兵や逮捕者も同じ若者であり、未来を担うリーダーのひとり。彼らを受け入れ、一緒に社会変革の行動を起こすことでリーダーとしての意識が芽生えると、彼らの思考や行動が明らかに変わっていきます」

約10年間の活動のなかで、367名の若者が社会復帰を果たした。内訳はギャング170名、投降者89名、逮捕者108名。自発的な投降者も105名いる。長い年月をかけて一人ひとりの人生に寄り添ってきたと考えれば、十分にインパクトのある数字といえないだろうか。

「なかには改心しても殺害されてしまう、凝り固まった過激主義を変えられないケースもありますし、一度、社会復帰しても前向きな姿勢が継続する保証もありません。人間の不安定さに向き合いながら、何かあったときに相談してもらえる拠り所になれるよう必死で環境を作り上げています」

今日死ぬかもしれない恐怖をどう乗り越えるのか

アクセプト・インターナショナルが担う紛争地での活動は、たしかに意義深い。一方で、いつ危害が及ぶか分からない状況への恐怖や不安はないのだろうか。現地の様子を尋ねてみると、想像を絶する場所であることが伺えた。

「ソマリアで滞在している軍の基地や刑務所などは、もっとも攻撃される場所のひとつです。もちろんプロとして然るべき危機管理を徹底していますが、いくら護衛を付けて防弾車で移動しても、火薬を詰め込んだ車による自爆テロが直撃したら死は免れないでしょう」

現地滞在中、わずか70メートル先で自爆テロが起こったこともある。仕事で関わる人たち、彼らの家族や友人、数えきれない人々が亡くなる姿を目の当たりにしてきたという。

「メンタル的には、いつか自分の番がくる、それまでとにかくベストを尽くす、という感覚です。といっても死の恐怖がない超人なわけじゃなくて、それを克服するために哲学を学び始め、ニヒリズム的な思考にたどりつきました。人間の存在に意義や価値はない、無意味だからこそ自分は何をすべきなんだろうと。その思考の果てに青臭い使命感に立ち戻り、今ここに集中することを意識しています」

刑務所内での批判的思考の講義の様子

危険な仕事をしたいわけではないけれど、10年間の活動のなかで亡くなっていった人たちやさまざまな思いを託して支えてくれる人々に顔向けできる人生を送りたい。組織の代表として覚悟を背負い、自分が掲げたミッションに対して真摯でいたい。そんな思いが永井さんの原動力になっているそうだ。

世界を良くするには「好きなこと」だけではいけない

2021年現在、アクセプト・インターナショナルには50名以上のメンバーがおり、学生NGOであった名残から大学生も多数在籍している。有給のスタッフは10名で、そのうち3名がソマリア、1名がケニアで勤務する。基本的には寄付型の組織で、大部分の活動資金を企業・個人からの寄付に頼っているのが現状だが、現場での取り組みは利益を生むことにこだわらないという。

現地で定期的に実施するアル・シャバーブと社会の和解に関するイベントの記念写真(右から6人目が永井さん、左から4人目がメンバーの河野智樹(かわのともき)さん)

「組織はまもなく10周年を迎えますが、立ち上げから約8年間は代表としての給料を受け取らず、私自身は企業へのコンサルなど別事業で生計を立ててきました。収益を生むことにこだわると、取り残された紛争地での課題解決はできなくなってしまう。テロリストもソマリア政府も支払うほどのお金を持っていないし、民間の助成金も紛争地の活動には降りません。解決すべき課題とビジネスを交えてはいけないというのが僕らの信念です」

時に、持続可能性がないといった批判を受けることもあるが、「イノベーティブで利益は生むが限られた課題しか解決できない事業より、1円の利益も生まないが本質的な課題を解決できる事業こそやる意義がある」と永井さんは主張する。

組織のあり方は、永井さん自身の生き方にも表れている。

「近年は好きなこと、得意なことを伸ばそうという風潮がありますが、私はまったく逆で世界平和などを考えるなら、好き嫌いや得意不得意は関係なく、やるべきことを追求する姿勢こそが大切だと考えます。私たちの取り組みもそうした思考が発端です。苦難の連続ですが、それでもやる価値があると思っています」

現地のイベントで参加者に呼びかける永井さん

100人いれば100通りの生き方があっていい。「好きなことをして生きていきたい」という考えは権利の下に自由であり、それも素晴らしい。けれども、世界を良くしたい、平和な社会構築を目指したいと思うならば、「いま何をすべきか」を見据えるべき。それが永井さんが考える「存在意義」であり「真摯な生き方」なのだ。

今後、別の紛争地でも支援活動を開始する予定だが、場所が変わっても一切姿勢は変わらず、やるべきことだけを見つめて活動するという。かつて無謀な大学生といわれた永井さんは、今や確実に世界平和実現の一端を担っている。

<取材協力>
NPO法人アクセプト・インターナショナル
代表理事 永井陽右
https://accept-int.org/

取材・文:小林香織
編集:岡徳之(Livit