全世界に3億以上存在し、毎年1億以上が新たに誕生するというスタートアップ(Get2Gworth 2020調べ)。その数、その機動力から、情報産業、フィンテック市場などの新興産業の成長・拡大に欠かせない存在になっている。そんなスタートアップ界隈で、資金調達から成長までのプロセスを問い直す動きが起きている。

その規模は今はさざ波程度かもしれない。だが、そのうち起業のあり方、スタートアップの枠を超えて経済活動のあり方を変えることになるかもしれない。なぜなら、それは栄枯盛衰の激しい業界を通して見えてくる根源的な問いだからだ。

なぜ今なのか、なぜ問い直しがおきているのか。スタートアップが直面している問題から「なぜ」を解き明かししてみたい。

想像上の生き物が生み出す格差

スタートアップ企業の前に立ちはだかる最初の壁は資金調達。助成金、金融公庫、クラウドファンディングなど融資を受ける手段は用意されているものの、実績がないだけに手堅い金融機関や公的機関の評価はシビアだ。

したがって確実性よりも将来性にかける投資家、いわゆるベンチャーキャピタルが主な支援先になる。実績がなくても、飛び抜けたアイデアと市場を切り拓いていくパイオニアスピリットにハイリスク・ハイリターン投資が投入され、敗れる者もいるが、成功すると予想以上の成長を遂げる。

そのように大化けしたスタートアップは「ユニコーン」と呼ばれるようになった。想像上のまれな生き物の一角獣ユニコーンになぞらえて、早いスピードで巨額の富を生みだす企業の総称で、設立10年以内、評価額が10億ドル以上、非上場と定義されている。

ウーバー・テクノロジーズやTikiTokを運営するバイトダンスなどが脚光を浴び、テクノロジー関係のスタートアップに融資がなだれ込むようになった。短期利益至上主義が幅を利かせ、投資さながら一攫千金を狙うマネーゲームの様相を呈するようになり、資金調達が容易な業界とそうでない業界の差が開き、スピードを武器にするスタートアップが優遇されるようになっていった。

2020年のユニコーン50社。業種の50%を占めるのがエンタープライズ/ビックデータ30%、フィンテック20%。国別では上位3位がアメリカ70%、英国6%、ドイツ6%(CBINSIGHTSより)

利益追求型からのシフトチェンジ

そのような熱に浮かされた盛り上がりに疑問を投げかけるアントレプレナーたちがいた。スタートアップが目指すのは急成長だけなのか。どちらを向いてビジネスをするのか、利益を享受するのはだれなのか。

おりしも2015年、国連のSDGs(Sustainable Development Goals)採択をきっかけに、企業経営のあり方を利益追求一辺倒からシフトチェンジしなければならないと考えるようになった。大企業もまた、ESG「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(ガナバンス)」への取り組みを経営方針に据えるようになり、企業価値評価でもその観点が重視されるようになっていった。

そのような傾向も追い風となって、ユニコーンのアンチテーゼ的な存在である「ゼブラ企業」が台頭するようになる。

ゼブラの概念を広めた団体「Zebras Unite」。米国の女性起業家4人から始まった(Zebras Uniteより)

黒と白を同居させる

ゼブラはユニコーンと対極にある新しいスタイルのスタートアップだが、単純な対立軸でみると大事なニュアンスが抜け落ちる。

ゼブラ企業はコミュニティ、文化などを包括し、環境、社会、人間関係における倫理を守りながら、競争ではなく協同でビジネスを成功に導くことを目的としている。そう書き連ねるとNPOのように聞こえるかもしれないが、ゼブラ(シマウマ)の黒・白模様のように、利益と社会貢献という相反する目的を同じ比重で重視する。

とはいえ、利益のニュアンスはユニコーンとは大きく異なる。ユニコーンは利益が目的と言って憚らないが、ゼブラ企業はよりよい社会、よりよい未来に貢献する手段としての利益であり、利益と社会貢献のどちらも犠牲にはしない。ユニコーンが孤高で上へ上へと昇っていくのに対し、ゼブラ企業は群れを組み、時に休みながらゆっくりと横へと広がっていくイメージだ。

Zebras Fi What Unicorns Brek」の記事より翻訳 

ゼブラは共生する

ゼブラ企業の概念は、2015年、米国の起業家ジェニファー・ブランデル氏、マーラ・ゼペタ氏から始まった。ジャーナリストでもある両氏は、10倍のリターンを約束しないと投資を約束しないベンチャーキャピタリストらの偏向、90%は失敗に終わるというスタートアップの現状を検証し、ユニコーン企業への投資に替わる資金調達モデルを「Sex&Startups」という記事で主張。

この主張は大きな反響を呼び、2人の起業家も加わって2017年、ゼブラ企業という概念をまとめた記事「Zebras Fix what Unicorns Break」を発表する。

記事は起業家、投資家、メディア、ポリシーメーカー、法律家などから広く賛同を得て、「ゼブラス・ユナイト」と称するネットワーク構築、今やオンライン・コミュニティメンバーは6,000人にのぼる。

そして、2020年秋、商業ベンチャーとして初の協同組合の形態をとる「Zebras Unite Co-op」として新たな一歩を踏み出した。Zebras Unite Co-opはメンバーの成功が組織の成功であるとし、メンバーはゼブラス・ユナイトの株主となって配当を受け取りながら、組織の一員として意思決定や戦略に参画、次の経済のために文化、資本、コミュニティを共同で創出する。

ゼブラス・ユナイトのムーブメントはアメリカにとどまらず、ベルリン、スコットランド、ロンドン、ウィーン、デンマーク、シンガポール、そして東京へと各国に広がっている。

東京のゼブラス・ユナイトのウェブサイト。日本の老舗企業をゼブラの概念から考察する記事が興味深い。

利益は企業や事業の目的ではなく条件

企業は拡大してこそ、目標とする利益を出してこそ社会に貢献できる。果たしてそうだろうか。

『マネジメント』の著者ピーター・ドラッカーは言っている。「事業体はなにかを問われると、たいていの企業人は利益を得るための組織と答える。たいていの経済学者も同じように答える。この答えは間違いなだけではない。的はずれである」「利益が重要ではないということではない。利益は企業や事業の目的ではなく、条件なのである」。

ゼブラス・ユナイトの共同創設者マーラ・ゼペタ氏のインタビュー記事(『City Alive』)のなかに、そんなドラッカーの考えと共鳴するコメントがあった。エコシステムのなかで「自分の事業が生き残るにはどうすればいいか」と問うだけではなく、「自分のまわりが元気になるためにはどうすればいいのか」という視点が大切だというものだ。

きれいごとかもしれない。でも、事業を興そうと決めた瞬間、いちばん胸が高鳴ったのは「自分のビジネスは社会や人に役に立つ」と確信したときではないだろうか。ゼブラス・ユナイトの活動は血の通った社会を、ビジネスを通して実現しようとしているのではないだろうか。だから根源的で、心に響くのだ。

文:水迫尚子
企画・編集:岡徳之(Livit