脱炭素化、「電力化」ですべて解決?

世界中で「脱炭素化」を目指す動きが広がりを見せている。この分野で他国の後塵を拝していた米国でもバイデン大統領の誕生で、脱炭素化の動きがさらに加速することが見込まれる。

脱炭素化を象徴する事象として挙げられるのが電気自動車(EV)の普及だろう。各国政府は2030年頃を目処に、化石燃料で駆動する自動車を廃止する計画を発表、EVシフトに乗り出している。

このような身近な乗り物である自動車のEVシフトを目の当たりすると、飛行機や船舶など他の移動・流通手段も電動化すれば、交通・流通部門の脱炭素化を達成できるのではないかと思ってしまう。

しかし、大型航空機や船舶など自動車より遥かに大きく、より多くの推進力を要する乗り物をEVと同様のバッテリーで長時間/長距離を移動させるのは非常に難しく現実的ではないといわれている。

こうした中、飛行機や船舶の脱炭素化を可能にするエネルギーとして注目されているのが「水素」であり、水素と窒素によって構成される「アンモニア」だ。

化学的に表裏一体の存在といえる水素とアンモニアが、交通・流通分野でどのように活用されようとしているのか、その動向を追ってみたい。

飛行機の燃料は「ケロシン」から「アンモニア」が主流に?

まず旅客飛行機の燃料に関する動向を見てみたい。

現在、航空機の燃料として使われているのは「ケロシン」。原油から蒸留された油であり、灯油に近い性質を持つ燃料だ。飛行機に搭乗したとき、灯油ストーブのような香りを感じることがあるのはこのため。

ケロシンを燃焼させると、もちろん二酸化炭素が発生する。国際航空運送協会(IATA)によると、世界全体の二酸化炭素排出に占める航空産業の割合は2〜3%。航空産業では、2050年までに2005年比で、二酸化炭素排出量を50%減らすという目標を掲げている。

こうした中2020年8月、英オックスフォード大学でケロシンを使わないゼロ排出のジェットエンジン技術の開発が進められており、近い将来実用化されるかもしれないとのニュースが報じられ、業界関係者の関心を集めた。

このニュースを伝えた英テレグラフ紙によると、地元航空宇宙企業Reaction Enginesとオックスフォード大学が英国政府からの支援を受け、「アンモニア」を燃料とするジェットエンジン技術を開発しており、数年内に実用化できる可能性が高まっているという。

現在ケロシンを入れている燃料タンクをそのまま利用できる技術であるため、航空機自体をデザインしなおす必要はなく、導入コストは他のゼロ排出の方法と比べ大きく下げることが可能となる。

燃料タンクのアンモニアは、触媒と熱によって、水素と窒素に分けられる。それらを内燃機関で燃焼させ、推進力を得るという仕組み。

排出されるのは、蒸気、窒素、窒素酸化物。窒素酸化物は、大気汚染物質として知られる有害物質だが、それを取り除く方法はいくつか存在しており、適切な方法を用いれば、排出されるのは蒸気と窒素だけとなる。ケロシンに比べアンモニアのエネルギー密度は低くなるため、飛行機距離は従来に比べ少し短くなるようだ。

また、翌月にはエアバスが「水素」を燃料とする航空機の新コンセプトを公開。2035年までに商業化する計画を明らかにしている。同社が発表した方式では、水素を液体化し燃料タンクに貯蔵するというもの。

エアバスが公開した水素飛行機コンセプト(エアバスウェブサイトより)

冒頭で述べたように、水素とアンモニアは表裏一体の存在。水素として貯蔵するのか、アンモニアとして貯蔵するのか、現在様々な議論がなされており、ゼロ排出の航空機開発において、どの方式が標準となるのかはまだ見えていないようだ。

船舶業界も「水素」と「アンモニア」に注目

一方、世界全体の二酸化炭素排出の3%を占めると言われる船舶業界でも、水素かアンモニアかという議論が活発化している。

英CMB.Techが開発しているのは、水素を燃料とする小型フェリー。ベルギー・アントワープでは3年前から、水素とディーゼルのハイブリッドエンジンを積んだ16人乗り小型フェリー「Hydroville」がシャトル運用されている。2021年には、他の市場でもCMBの水素フェリーが導入される予定だ。日本でも21年初めに80人乗りのCMB水素フェリーの運用が始まるという。

CMB.Techの水素ハイブリッドエンジン搭載の「Hydroville」(CMB.Techウェブサイトより)

一方、太平洋や大西洋を横断するような長距離大型コンテナ船に関しては、現行の技術で水素シフトするのは難しいと見られており、アンモニアの活用が現実的との見方が優勢になっている。

BBCが伝えた英エネルギー企業EDFの分析によると、船舶に水素を貯蔵するには、マイナス253度で液体化する必要があり、さらに従来の燃料と同等のエネルギーを得るためには8倍のスペースが必要になる。このため、コンテナを設置する面積が小さくなってしまうという懸念が広がっているという。

この課題へのソリューションとして注目されているのがアンモニアだ。船舶へのアンモニア貯蔵も液体化する必要があるが、水素ほど低い温度は必要なく、さらに貯蔵スペースも水素の半分に収まるという性質があるからだ。また、船上でアンモニアを水素に戻すこともできる。

船舶メディアMaritime Exective2020年1月の記事によると、欧州の船舶コンソーシアムShipFCは大型船舶へのアンモニア燃料電池の導入プロジェクトで、欧州連合から1,000万ユーロの支援を獲得。世界初といわれるアンモニア燃料電池で駆動する船が2023年までにお目見えする予定だ。

日本企業とイスラエル企業による、アンモニアイノベーション

アンモニアをそのまま燃料にする場合、アンモニアから水素に変換し利用する場合、どちらも安定したアンモニアの生産が必要になる。完全なゼロ排出を目指すには、アンモニア生産も「グリーン」である必要がある。

しかし、アンモニアは二酸化炭素排出を伴うハーバーボッシュ法で製造されているのが現状だ。

このアンモニア製造における課題で、イスラエルのスタートアップGenCellのイノベーションに期待が寄せられている。

同社は現在、「水」を水素と酸素に分解し、その水素に、空気中の窒素を加え、アンモニアを生成する技術を開発している。すでに、アンモニアから効率的に水素を取り出し、水素燃料電池に貯蔵する技術は開発済み。新技術が開発されれば、アンモニアの生成・貯蔵、そし水素変換・貯蔵まで、二酸化炭素排出を完全にゼロにできる仕組みが登場することになる。

このGenCellには、日本の電子部品メーカーTDKが2020年9月に子会社を通じて投資を行っている。この先、TDKの製造基盤やネットワークを使ってGenCellの技術をスケールさせる狙いがあるようだ。

水素経済関連の動きでは欧州が先導しているとの見方が多いが、海外メディアでは日本の評価も低くない。前回お伝えしたように、水素をめぐってその主導権を狙う動きが世界中で激しくなりつある状況。環境政策へのシフトが想定される米国、そして化学分野で強みを持つ日本など、各国の動きから目が離せない。

文:細谷元(Livit

参考
IATA
https://www.iata.org/en/programs/environment/climate-change/

テレグラフ
https://www.telegraph.co.uk/technology/2020/08/09/zero-emissions-planes-step-closer-ammonia-breakthrough/

エアバス
https://www.airbus.com/newsroom/press-releases/en/2020/09/airbus-reveals-new-zeroemission-concept-aircraft.html

BBC
https://www.bbc.com/future/article/20201127-how-hydrogen-fuel-could-decarbonise-shipping

Maritime Executive
https://www.maritime-executive.com/article/offshore-vessel-to-run-on-ammonia-powered-fuel-cell

TDK
https://www.tdk-ventures.com/gencell