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学術研究をどのようにビジネスに応用し、社会に役立てていくか、というのは大学における重要なテーマのひとつだ。近年では、大学発ベンチャー・スタートアップの育成・支援に力を入れる大学が増え、日本でも多くの大学がインキュベーション施設を備えるようになっている。
今回は世界の大学の中でも、先端テックベンチャーが育つアクティブなインキュベーション組織として注目を集める、イギリス・オックスフォード大学の「Oxford Foundry(以下、OXFO)」について見ていこう。
ミレニアル世代に寄り添ったインキュベーション組織「Oxford Foundry」
OXFOは、オックスフォード大学の経営大学院であるサイード・ビジネス・スクールによって、2017年に設立されたインキュベーション組織だ。オックスフォード大学の在学生・卒業生が、最新のテクノロジーや学術研究をビジネスとして形にしていくにあたり必要となる場や機会、知識などを提供している。
OXFOでは、ワークスペースや会議室、コミュニティスペースなどを備えたインキュベーション施設の利用はもちろん、アントレプレナーとして必要なクリティカルシンキング・問題解決・意思決定といったビジネススキルや、AIやコーディング、ブロックチェーンなどの先端テクノロジーを学ぶこともできる。
OXFO設立の際、ダイレクターであるAna Bakshi氏は、ミレニアル世代の学生たちの特徴を、「社会的責任を果たしたい」「イノベーティブでありたい」「インパクトのあることを成し遂げたい」と望む傾向が強い、と分析している。
ミレニアル世代ならではの特性に寄り添い、彼らの起業家としてのスキル開発やマインドセットをサポートしていくのがOXFOの方針だ。
大学発アクセラレータプログラムでベンチャーの成長を加速
数ある大学インキュベーション組織の中でOXFOの注目度を高めているのが、独自のアクセラレータプログラムOXFO L.E.V8の存在だ。これは社会に変革をもたらす新世代ベンチャーの育成を目指すプログラムで、すでに製品やビジネスの概要を固めている4人以下のスタートアップのみが応募できる。
プログラム期間は6カ月で、参加スタートアップはメンターや専門家からのアドバイスを受けてビジネスプランをブラッシュアップできる他、財務・法務・HR面でのサポートを受けることもできる。さらにオックスフォード大学の幅広いコネクションを活かした投資家やクライアント、アドバイザーとのマッチングも可能だ。
現在OXFO L.E. V8アクセラレータプログラムは3期目が終了したところだが、これまでに32のベンチャーが合計2,800万ポンド(約39億円)の資金調達をし、彼らの評価額は1億ポンドを超えている。
そしてロンドン・ミュンヘン・シドニー・カンパラ(ウガンダ)・カラチ(パキスタン)など世界17の都市に、OXFO L.E. V8卒業ベンチャーの事業所があり、104の仕事を作り出しているという。
AIを活用したパーソナライズド医療技術「iLoF」
OXFO発のテックベンチャーとして最も注目を集めているのが、パーソナライズド・メディシン(個別化医療)の技術開発を行う「iLoF」だ。先日お伝えした通り、2020年の欧州スタートアップアワード「Digital Top 50(DT50)」のBest Technology部門で最優秀賞を獲得した他、多くのアワードで入賞している。
iLoFは、光工学とAIを使った疾患の発見について博士課程で研究していた2人の女子学生から始まったベンチャーで、患者それぞれのバイオロジカルな特性に合わせた治療を行うための、分析技術の開発を手掛けている。
すでにiLoFの技術は、アルツハイマー病のパーソナライズド・メディシン開発に活用されていて、光工学による血液サンプル分析とAIによるデータ処理を行うことで、患者のバイオロジカル特性把握にかかる時間を70%、コストを40%削減することが可能になるという。
音声分析により脳疾患を予測する「Novoic」
「Novoic」は音声による言語分析を通して、脳疾患を予測する技術を開発しているベンチャーだ。共同創業者の1人は素粒子物理学の観点からディープラーニングを研究し、もう1人は計算神経科学によって脳の働きを研究していたというバックグラウンドを持つ。
AIによる音声分析技術を使い、短い発話を録音するだけで、脳疾患の予兆などを検知することができる。またNovoicのクラウドベースのAPIは、リアルタイムで音声分析を行うことも可能なため、専門的な検査設備を持たないプライマリーケアでの診療や、オンライン診療にも活用が期待されている。
衛星データと機械学習技術を農業に活かす「Deep Planet」
「Deep Planet」は、機械学習技術を環境変動リスクの軽減に活かしたい、という思いから生まれた農業テック系スタートアップだ。人工衛星からのデータを基に、機械学習によって気候変動や土壌の状態を分析し、最適な植えつけ・水撒き・収穫のタイミングなどを導き出す。現在ワイン畑でのブドウ栽培プログラムが進行中で、テクノロジーの力を活かし、効率的でリスクを最小化した農業を実現させている。
他にも、高齢者と家族・ケアワーカーなどを繋ぐSNSアプリを手掛ける「myo」や、AIを活用した医療教育のゲーミフィケーションに取り組む「Smash Medicine」など、様々なテクノロジーと学術研究を活かしたベンチャーがOXFOから育っている。
コロナ対策に寄与するベンチャーのスケールアップを強力に後押し
2020年コロナ禍において特筆すべきなのは、OXFOに所属するベンチャーの活動が停滞するどころか、急速に前進・拡大したということだ。この要因は、OXFOが大学インキュベーションならではの立場を生かして、リーダーシップを取ったことが大きい。
OXFOは4月半ばという早い段階で、COVID-19に関する2つのアクションプランを公表した。まず1つ目として、彼らのベンチャーの中で、このパンデミックとの闘いに直接的に寄与すると思われる13社を選定。それぞれのベンチャーがなにをやろうとしていて、最短で最大限のインパクトを出すために今どんなサポートを必要としているかを具体的に公開し、支援を求めたのだ。
例えば、医療機関と患者のコミュニケーションプラットフォームを手掛ける「Nye Health」は、医師と患者がビデオ通話できるアプリを無料で提供することにし、「各地域の医療機関へのアクセス」「マーケティングとコミュニケーションのサポート」「資金提供」の支援を求めた。するとコロナ前には20万人未満だった利用患者数はすぐに1,000万人にまで急増し、Nye Healthのアプリによって多くの医療従事者と患者が、コロナに罹患するリスクを減らしながらリモートでやり取りができるようなった。
大学ならではのディープテックをスピーディーにビジネスへとつなげる
OXFOのアクションプラン2つ目は、オックスフォード大学の在学生・卒業生全体に呼びかけて、パンデミック対策に寄与するイノベーティブなソリューションを募集し、選ばれたグループにはアクセラレータプログラムの短縮版を提供して、短期間での実用化を目指すというものだ。
結果的に100グループ以上の応募から、4つのグループが選ばれ、2カ月のアクセラレータプログラムと1万ポンドの補助金が提供されている。選ばれたのは、COVID-19検査技術という直接的なものから、子どもの自宅学習に取り組む親をサポートするAIコーチングアプリ、スーパーマーケットなどの混雑状況を教えてくれるアプリなど、コロナ禍での生活をサポートするテクノロジーにも視野を広げたものとなった。
また、OXFOがアクションプランを発表してから2カ月弱で、180人以上のボランティアスタッフや10万ポンド以上の資金が、ベンチャー支援のために集まったとのことで、大学インキュベーション組織の持つ地力も明らかになった。
オックスフォード大学の事例を見ていると、あらゆる分野のディープテックや人的資源が集まるという大学の特性は、一企業や研究所では持てない非常に強力なものだと感じる。
大学の学術研究はビジネスに結びつきにくい、時間が掛かるといった印象も根強い。しかし、インキュベーション組織やアクセラレータプログラムがアクティブに機能していれば、先端テクノロジーの研究をビジネスにスピーディーに結びつけることも十分に可能であり、今後ますます重要になってくる大学の役割ではないだろうか。
文:平島聡子
企画・編集:岡徳之(Livit)