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経済状況の悪化や孤独をはじめ、コロナ禍でさまざまな不安要素が肥大しているためか、7月以降、4カ月連続で自殺者は増加。特に女性の自殺者の増加は顕著で、10月は昨年同月比で82.6%増と無視できない社会問題になっている。
東京のIT企業に勤める20代女性のMさんは、今年5月、会社からの出社命令に従い出社を試みたところ不安神経症を発症。最終的にみずから退職を決断した。今回はMさんの実例をもとに、メンタルの不調との向き合い方や企業側の安全確保義務について確認したい。
出社命令の翌日、不安神経症を発症
安倍元首相が緊急事態宣言の解除を宣言した5月25日(月)の21時過ぎ、Mさんは会社から「緊急事態宣言の解除を受け、明日から出勤してください」という出社命令を受け取った。月曜夜の急な連絡であったこと、片道1時間の通勤、同居している両親がやや高齢であることから、Mさんは自身の不安をハッキリと自覚。しかし、社員400名に向けた社長からの一斉連絡に対して、抗議する気にはならなかった。
しかし翌朝、身支度を整え駅に向かおうとした路上で、Mさんは自身の異変に気づく。
「急に涙があふれて止まらなくなったんです。悲しい、怖いといった感情の自覚はなく、自分でも原因が分からなかったんですが、感情と身体の反応が一致していないことは明白でした」(Mさん)
すぐに直属の上司に連絡を入れ、その日は休暇を取得。今後についても話し合い、「一旦今週はテレワークにしましょう」と指示を受けた。それでも身体の異変は治まらず、かかりつけの外科医を受診すると血液検査での異常が認められた。くわしい病名は分からなかったが、何かしらのウイルスの侵入により、その異常と戦っている状態とのことだった。
これは、症状がもっとも深刻だった最初の1週間にMさんが症状を綴ったメモだ。「同じ姿勢を維持できない」「息を吐くと胸がもやっとする」「耳が水が入ったときのようにポワポワする」など、症状は多岐に渡った。ウイルスを除去するための抗生物質と不安をやわらげる効果のある飲み薬を処方され、Mさんの療養生活が始まった。
会社と折り合いがつかず、みずから退職
身体の異変はずっと続くものではなく、突発的に起こり15分ほどで収まることが多かった。在宅なら仕事をこなすことができたため、上司との相談の結果、6月いっぱいはテレワークを継続することに。この対応にホッとしたものの、Mさんには心に引っかかっていることがあった。
「緊急事態宣言の間、社長や総務の社員から何度か社員全員に向けてメッセージが届いたのですが、その中に理解し難い内容がありました。『社員の中にはテレワークが不可能な職種の人もいるため、一部の人だけをテレワークにすると不公平が生じてしまう。また、テレワークによって業務に不具合が出た人もいた。このままテレワークを続けて業務に支障が続くようなら、緊急事態宣言中でも会社の発展のために出社してもらう』と。この対応が適切なのか疑問でした」(Mさん)
その後、7月以降の働き方について会社と話し合ったとき、Mさんの上司は彼女の体調や意向を最優先し、7月以降も療養しながらテレワークを継続して構わないとの意思を示した。だが、社長や総務の指示は異なっていた。
上司との話し合い後、総務から直接連絡があり、産業医と面談をしてほしいと言われた。面談してみると、一日も早く出社できるようにメンタルクリニックを紹介するので回復に努めてほしい、ずっとテレワークのままでは難しいとのことだった。
「自分だけテレワークをしていることに負い目があったので、症状が出ない時間はいつも以上に成果を出せるようタスクをこなしていたのですが、そういった姿勢を見てくれず出社を促されたこと、『そんな状態じゃ仕事も集中できないでしょう?』と決めつけられてしまったことはショックでした。この時、『出社できるようにさっさと治せ。出社しないあなたはズルしてる』と会社に思われているんだと感じてしまいました」(Mさん)
産業医の言葉により会社への信頼が薄れ、出社しなければというプレッシャーから不安が強くなってしまったMさん。身体の症状がまだ収まっていなかったこともあり、6月末の時点でみずから退職を決意。しばらくテレワークを続けた後、有給休暇を消化して8月に退職した。
退職後、ハローワークでの手続きにあたり医師から診断書を受け取ると、そこには「不安神経症」と書かれており、そこで初めて自分の病名を知った。Mさんは自己都合での退職だと思っていたが、ハローワークの職員に会社都合だと言われ、すぐに失業手当を受けることができたそうだ。
コロナ禍の出社命令。会社に必要な配慮は?
Mさんは11月に病気を克服、現在はキャリアアップを目的とした講座を受けており、転職はしていない。会社を辞めたことを率直にどう思うか聞いてみた。
「この先、何十年も働きたい会社ではなかったのですが、キャリア形成を考えたときに今辞めるべきか迷いはありました。もちろん、いきなり無職になってしまう不安も。でも、出社のプレッシャーから開放されたいという気持ちが一番強く、いざ退職を決めたらスッキリして、『次に進もう』と前向きになれました」(Mさん)
結果的に、Mさんは気持ちを切り替え、失業手当を受け取りながら再スタートを切ることができているが、パンデミックという緊急事態において、果たして会社の対応はベストだったのだろうかと疑問が残る。ブラック企業被害対策弁護団代表の佐々木 亮弁護士の見解を求めた。
ーー使用者(会社側)には、そこで働く労働者に対して安全な就労環境を提供する義務があると思います。コロナ禍で出社命令を下す場合、どんな配慮が必要ですか?
現在のように感染が拡大しつつある状況なら、テレワークが難しい職種の社員のみに留めるのが最善かと思います。もし、感染が収まりつつある状況でも、ラッシュを避けられるよう時差出勤を認める、三密を避けられるよう座席位置を調整する、大人数での会議を避けるなど、感染が起こらないよう最大限に配慮した上で、出社命令を下すべきでしょう。
ーーテレワークが可能な社員と不可能な社員がいて、一部の社員にだけ出社命令が課されることで不公平感が生まれている場合、会社側はどんな対応が求められますか?
以下のような、でき得る配慮を行う必要があったかと思います。
・仕事の内容によってはローテーションを組むなどして、テレワークができる仕事を社員間で持ち回りにする
・出社を余儀なくされる仕事の労働者に、特別の休暇を与えるなどして不公平感を解消する
とはいえ、人件費と生産性との兼ね合いなどが関係するため、難しい側面も多いとは思います。このような工夫がスムーズにできるように、助成金など公的な支援が求められるでしょう。
Mさんの事例の場合、企業側がどうしてもテレワークの選択を取れないのであれば、時短や勤務日を減らすなどの措置もあり得たかと思いますが、これについては賃金額にも影響するので、十分な話し合いのもとに行う必要があります。0か100かではなく、中間点を見出せる話し合いが必要だったと思います。
いずれにしても、みなが不安な状況ですので、使用者としても各労働者の希望を尊重しつつ業務が遂行できるように配慮をしてあげられたらよかった事案に思え、残念です。
病を克服したMさんが今も続けていること
現在は完全に病を克服し、新しい目標に向かってまい進しているMさんだが、現在も再発防止やコンディション維持のために続けていることがあるという。
- 体力に合わせた運動を行う
「治療中は体力が落ちていたため、1日15分の散歩と整形外科のリハビリ通院をしていましたが、今は体力が戻り、週1でパーソナルジムに通っています。トレーナーさんに自分の状態を客観的に把握してもらえることと、レベルアップすると一緒に喜んでもらえるのが、すごく良いですね」(Mさん)
- 単純作業をする時間を作る
「塗り絵やスクラッチでのお絵かきなど、意識的に単純作業をする時間を作っています。不安は考え込むことで増幅しやすいので、何も考えなくてもいい時間を作ることで気持ちがラクになる気がします」(Mさん)
- 寝起きにモヤモヤを吐き出す
「朝起きた瞬間に、頭に浮かんだことをノートに書き出します。頭の中に不安があると、1日中そのことが頭を離れないので、真っ先にモヤモヤを吐き出してしまうんです。自分の不安を可視化できるからか、結構スッキリしますよ」(Mさん)
コロナ禍の不安神経症を通して、自分の感情を置き去りにしてしまう傾向に気づいたMさんは、「もっと自分の身体と密にコミュニケーションを取りながら、気持ちに対しても敏感になりたい」と語った。
一般的に不安神経症は10〜30代の女性の発症率が高いと言われている。もし、十分に休んでいても疲れが取れない、原因不明の頭痛や目まい、肩こり、身体への違和感などの症状が出た場合、ガマンせずに、かかりつけ医や心療内科に相談してみてほしい。
【取材協力】
佐々木亮
旬報法律事務所弁護士/ブラック企業被害対策弁護団代表
http://junpo.org/lawyer_introduction/67
取材・文:小林香織