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メディアハイプ後のAI
数年前にメディアハイプ(過剰報道)フェーズを迎えた「AI(人工知能)」。現在、AI関連報道は落ち着いた感があるが、水面下では着実に進化を遂げており、経済・社会・政治の様々な側面に実質的な影響を与え始めている。
英国のAIスタートアップ界隈で最も活発的だと称される2人のエンジェル投資家がこのほど発表したレポート「State of AI(2020年版)」は、AIを取り巻く最新動向を俯瞰するのに大いに役立つ。
同レポート著者の1人、ネイサン・ベナイヒ氏は英ケンブリッジ大学でがん研究の博士号を取得、またAIコミュニティの「RAAIS」と「London.AI」を創設、さらに生命科学分野のAIスタートアップに投資するベンチャー投資企業Air Street Capitalのゼネラルパートナーを務める人物。
もう1人、イアン・ホガース氏はケンブリッジ大学でコンピュータビジョンの修士号を取得、現在60社以上の企業に投資をするエンジェル投資家。AI研究で高い評価を受ける大学UCLの客員教授も務めている。
176ページに及ぶこのレポート、「研究」「人材」「産業」「政治」「予測」の5カテゴリでAIの最新動向をまとめている。「研究」では、バイオロジー分野でのAI活用が本格化していることや新たな手法の登場で自然言語処理技術が一層進化する可能性などに触れられているが、本記事ではビジネス観点で特筆すべき動向をピックアップしてお伝えしたい。
最新レポートが示すAI国際勢力図
一般的にAI分野の国際比較では、米国と中国が他国を圧倒的にリードしているといわれている。
しかし、同レポートの「人材」カテゴリで示されているのは「米国一強」だ。
そのベンチマークとして用いられているのが世界最高峰のAI学会と呼ばれる「NeurIPS(2019年)」で発表された論文数。
論文数トップはグーグルで約90本。これにスタンフォード大学(約60本)、カーネギーメロン大学(50本)、MIT(50本)、マイクロソフト(約40本)、UCバークレー、コロンビア大学などが続き、上位ほぼすべてが米国企業と大学で占められた。
米国以外の企業・研究機関でトップ10内に入ったのは、英オックスフォード大学と中国清華大学のみ。トップ20でも、米国企業・研究機関が16ポジションを占めた。
NeurIPSと並び影響力が大きいといわれる機械学習の国際学会「ICML」でも状況は同じ。
ICML2020年の対前年比論文発表指数(Publication Index)で、最大値を記録したのはグーグル(19.4ポイント)。これにMIT(15.4)、スタンフォード大学(14.7)、UCバークレー(10)が続く格好となった。このほか、NeurIPSと同様、カーネギーメロン大学、マイクロソフト、フェイスブック、デューク大学、ハーバード大学など米国企業・大学がその大半を占めている。
米国以外では、スイスのETH、シンガポール国立大学(NUS)などがランクインした。
これらの数字は、米国企業におけるAI人材需要の高まりを示唆するもの。
同レポートが伝えた求人サイトIndeed.comのデータによると、米労働市場のAI人材需給バランスは、AI人材需要が供給を遥かに上回っている状況だ。2016〜2018年下半期頃までの2年間で、Indeedに掲載されたAI関連の求人数はAI関連職の検索数に比べ12倍速い速度で増加したことが判明。2018年下半期頃にIndeedで掲載されたAI関連職の求人数は、求人100万件あたり1,124件、一方AI関連職の検索数は100万回あたり398件と約3倍の開きがあることも分かった。
AI研究のブレインドレイン
同レポートは、米国企業のAI研究が活況し、それに伴いAI人材需要が高まっている中、大学からのブレインドレインが深刻化しているとも指摘している。
2004〜2018年までに、米大学から52名のAI分野の教授がグーグル、ディープマインド、アマゾン、マイクロソフトなどに流出。これら52名は終身雇用資格を持っている、またはその資格取得可能性が高かった教授で、AI研究分野での影響力が大きな人物と推察される。
このAI研究者のブレインドレイン問題を受け、企業側は大学との連携を強め、教授を受け入れる代わりに、大学向けのスポンサー取り組みを始めているという。同レポートはロチェスター大学などの研究に触れ、終身雇用資格を持つAI教授が大学を去った場合、4〜6年後、卒業生がAIスタートアップを起業する確率は4%低くなると指摘。AIコミュニティでは、この問題に対する議論が進行中とのこと。
AI画像合成技術「ディープフェイク」違法化の流れ
技術的、ビジネス的な観点以外にAI分野で注目されるのは、倫理面や規制に関する動向だろう。日本でも最近、AI画像合成技術「ディープフェイク」を悪用した人物らが逮捕されたところ。
ディープフェイクに関しては、米各州や中国で当局による違法化の動きが強まっている。
カリフォルニア州では、2019年10月にディープフェイク技術を使った音声/映像の配信を違法とする法案が可決。また、バージニア州ではディープフェイクによるリベンジポルノを違法とする法改正が行われた。
このほか、画像認識技術が絡む誤認逮捕やAIによる人権侵害が問題視されており、AIによる意思決定に関して、ルールや規制を設ける国が登場している。AIのルールや規制については、オランダやニュージーランドが先行しているようだ。
着実に大きくなる経済・社会・政治へのAIインパクト。ビジネスの未来予測でもAI動向を知る重要性はますます高まってくるだろう。
文:細谷元(Livit)