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人類史上、最も長い歴史を持つ産業である、農業。生きるために必要な「食」を担うエッセンシャル産業であるが、気候変動や環境変化の影響を直に受け、マンパワーに大きな負担がかかる難しい分野でもある。それゆえ人間は知恵を絞り、農薬開発や温室栽培など、その時代の「最適解」を導き出してきた。
近年は、農業分野にもデジタル・トランスフォーメーション(DX)の波が押し寄せ、テクノロジーを利用した農業「アグリテック(AgriTech)」が注目されている。AIやロボティクス、バイオテクノロジーを使って「持続可能な農業」を目指そうという動きも世界中で活発化している。
本記事では、世界で進む「農業DX」と注目のアグリテック企業について紹介する。
「農業の情報格差問題」に挑む学生スタートアップ
農業の難しさの一つに気象の予測がある。昨今、急激な温暖化により世界中が気候変動の脅威にさらされている。これまで経験したことのない熱波や豪雨、季節外れの台風など、想定外の事態が頻繁に生じている。
ニューヨークのペース大学の学生チームは、農業における気候リスクを最小限に抑えるスマホアプリ「Agrolly」を開発。IBMが主催するテックスタートアップコンペ「Call for Code Global Challenge」の2020年大会で見事グランプリに輝いた。同チームはIBMとパートナー企業から20万米ドルの資金援助と、Linux Foundationからアプリのオープンソース化のサポートを受ける権利を獲得した。
Agrollyチームは、ブラジル、インド、モンゴル、そして台湾と多様なバックグラウンドを持つ学生4名で構成される。彼らは新興国の小規模農家が抱える「農業の情報格差問題」を解決するため、アプリの開発に取り組んだ。
無料アプリで新興国の小規模農家を支援
ひとえに農業といっても、インフラの整った先進国の大規模農業と新興国の小さなそれには大きなギャップがある。気候変化に対する情報アクセスもその一つであり、特に自然に頼ったアナログ農業を行う新興国の農家にとって、気候変動リスクは死活問題につながる。
Agrollyは、降雨予測や国連食糧農業機関(FAO)の基準に則った作物の必要水分量の分析を行うアルゴリズムを搭載。気象条件に適した作物の種類、成長に関する予測をすることを可能とする。これにより農家は資金調達がしやすくなり、効率の良い農業経営ができるだろう。また、アプリはユーザー同士が情報を交換したり、画像をアップロードしたりできるフォーラムモジュールも提供している。
現在Agrollyはグーグルストアで無料アプリとして配信されている。将来的にはより専門的なニーズに応えるための有料サービスも検討しているが、基本的には資金のない小農家も気軽に使えるよう、無料をベースにしていく方向だ。
グーグル系「Xラボ」が開発、AI搭載の農作物検査ロボット
野心的なプロジェクトを打ち出し続ける、グーグル系列の研究開発組織「Xラボ」。代表で発明家のアストロ・テラーはかねてから農業に強い関心を示していたが、ついにAI搭載の農作物検査ロボット「プラントバギー」の開発に成功した。
カートのようなフォルムのプラントバギーは、太陽光発電で畑の中を自在に動き、GPSを使って作物の位置を特定する。そしてカメラと知覚ツールで作物や土壌の状態をスキャンし、その特性や問題の発見をする。
プラントバギーが収集した作物データは、気象や土壌などの環境要因と組み合わせて、AIが分析。作物がどのように成長し、環境に適応するか等の評価をする。これにより、収穫量・収穫サイズの予測や、病気の発見につながる。また、どの作物が環境に適しているかがわかることで、無駄に「適さない作物」を栽培するリスクや、間違った育て方をすることを回避することも期待できる。
プラントバギーは現在、カリフォルニアのイチゴ畑やイリノイの大豆畑などで試験運転をしている。
多種栽培で実現する「持続可能な農業」
3万種とも言われる「食べられる農作物」の中、実際に栽培されているのは0.1%に過ぎないという。
人間はこれまで十分な食糧を確保するために、小麦や米、トウモロコシなどの主要作物を集中して栽培し、化学肥料の使用と画一的な管理で、大量生産を可能にしてきた。しかし、このようなやり方は土の質を落とし、結果的には生産性や栄養の低下につながることが指摘されている。
プラントバギーは、フィールド内の作物をマッピングして画像化することで、個々の作物を細かく「読む」ことができる。これにより多種栽培が実現すれば、化学肥料を減らし、間作やカバークロップなどで、土の栄養を保ちながら生産性を向上させることができるだろう。
プラントバギーは「作物を管理する」のではなく、「個々の作物に合わせた育て方をする」ことで、持続可能な農業を実現させようとしている。
世界で注目されるアグリテックスタートアップ
これまで紹介した2社以外にも、農業分野でイノベーションを起こしているスタートアップは続々と登場している。ここからは注目のアグリテックスタートアップ4社を紹介する。
食品のカビの発生を抑える自然薬品を開発「AgroSustain」
2018年にスイス・ローザンヌ大学のスピンオフから生まれたAgroSustainは、果物や野菜に発生するカビ(真菌)を最大80%防止する自然薬品を開発した。植物由来の「AgroShelf +」を果物や野菜に噴霧すると、「寿命」を1週間以上延ばすことができる。
フードロスの削減を目指すAgroSustainは、スイスや欧州ではすでに数々のコンペで賞や助成金を獲得している、注目のスタートアップだ。
高性能センサー搭載の養鶏監視カメラ「Faromatics」
スペインのFaromaticsが開発した、高性能センサー搭載の養鶏監視カメラ「ChickenBoy」。ChickenBoyは鶏舎の周りをズームして、空気の状態や温湿度などをチェックする。さらに死んだ鶏を検出し、糞を分析して腸の病気を検出することもできる。これにより、養鶏農家は鶏に適した環境を整えられ、コスト削減にもつながる。
ドローンとAIを駆使したスマート農業「Gamaya」
スイスのGamayaは、ドローンとAIを使用して、水・肥料の必要量、作物の収穫量、害虫の出現リスク等を予測し情報を農家に提供している。これにより、農家は作物をより効率的かつ費用効果の高い方法で栽培することができる。
同スタートアップは、これまでネスレ元幹部の投資家やフィリップモリスなどからサポートを受けている。
低コストの電気トラクター「Sabi Agri」
電気トラクターを設計・製造するフランスのSabi Agri。同社が開発した電気トラクター「ALPO」は、従来のトラクターと同じ運転操作で、コストが6分の1に削減される。1回の充電(2時間)で最大8時間持続するため、終日の作業にも支障をきたさない。2017年に発売され、現在は小型、中型、大型の3タイプが販売されている。
文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit)