最近子ども達の間では、ゲーム上で街づくりや職業体験ができるマインクラフトなどのシミュレーションゲームが人気を集めている。ゲームの中だけではなく、リアルな世界でも子ども達が社会の仕組みを学んだり、将来どのような仕事に就きたいかイメージを膨らませられるよう、日本でも様々な仕事体験イベントが行われている。

最近では職業体験に留まらず、子どもだけで「まち」をつくり動かしていく「こどものまち」プログラムが、日本で200か所ほどに広がりを見せているが、実はその発祥となっているのは、ドイツ・ミュンヘンで1979年に国際児童年を記念して始まった大規模イベント「ミニ・ミュンヘン」だ。

子ども達によって行政・政治・ビジネスなどが運営される都市「ミニ・ミュンヘン」

ドイツのミュンヘンでは、2年に一度子どもによる疑似都市が出現する。40年の歴史を持つこのイベント「ミニ・ミュンヘン」は、実際の都市を舞台にした、巨大なシミュレーションゲームのリアル版だ。7月末から8月中旬の3週間に渡って行われるミニ・ミュンヘンに参加できるのは、7歳~15歳の子ども達。前回2018年の開催時には、世界から33,000人以上の子ども達が集まった。

ミニ・ミュンヘン市内では、都市の活動に必要な様々な機能・機関が全て、子ども達によって運営される。たとえば子どもランドリーは、市の裁判所で働く子ども達が使うローブを洗濯する。市役所で働く子どもが手紙を出す時は、子ども郵便局に行って切手を買う。図書館で働く子どもが新しい郵便受けを必要とすれば、子ども大工のところで作ってもらう。そして各行政機関や組織は、市議会に必要な資金を申請し、市議会は税金をどのように振り分けるか議決する。もちろん市議会を運営するのも子ども達だ。

このように、ミニ・ミュンヘンは実際の都市を舞台にした巨大なリアル・ロールプレイングゲームだ。子ども達の役割や仕事のポストは各日の始めに決まるが、業務内容が細かく定められているわけではない。子ども達自身がやるべきことを考え、必要な人と連携し、必要なものを調達しながら「仕事」を実現させていくのだ。子ども達が高いレベルで意思決定を行い、ゲームをコントロールしていくことが、ミニ・ミュンヘンの大きな特徴となっている。

子ども達の主体的な活動で毎年予測不能な展開が生まれる

そのため、3週間のイベント期間中にミニ・ミュンヘン内で何が起こるかは、誰にも予測不能だ。毎年、主催者の大人たちが想像もしなかった展開が繰り広げられるという。

たとえば今年のミニ・ミュンヘンでは、あるセクションの子ども達が、公園内の湖に浮かぶ、小さな木製の島を建設した。するとすぐに別のグループが、その島への旅行を提案する旅行会社を設立するという動きが起きた。それならば、その島に行く飛行機が必要になる、島内で売るドリンクを作ってはどうか、パスポートにスタンプを押す場所も作ろう、というように、子ども達のアイディアによって続々と次の展開に繋がっていくのだ。

子ども達がミニ・ミュンヘンの運営自体を救ったこともあった。ミニ・ミュンヘンはミュンヘン市の税金とスポンサーからの支援で運営されていて、子ども達は無料で参加することができる。1994年にミュンヘン市が予算不足のためミニ・ミュンヘンへの資金の割り当て停止を検討した際、子ども達は行動を起こした。市長や市議会に開催訴えの手紙を送るだけでなく、自分たちの作ったアート作品をオークションで販売し、ミニ・ミュンヘンの運営資金の一部を捻出したのだ。

コロナ禍の世相を反映し、ミニ・ミュンヘンもデジタル化・リモート化

2020年のミニ・ミュンヘンは新型コロナウイルスの影響により開催が危ぶまれたが、様々な対策を取った上で7月27日から8月14日まで無事に行われた。例年ひとつの巨大な倉庫などが開催場所となっているが、今年は過密状態を避けるため、ミュンヘン市内の4つのゾーン約40か所が会場となった。またマスクとソーシャルディスタンスを徹底し、参加する子どもの数も一日当たり約1,000人と例年の半分以下にした。

コロナ禍でのイレギュラーな形での開催は、ミニ・ミュンヘンに新たな進化をもたらした。実社会と同じように、デジタル化とリモート化が一気に進んだのだ。今年のミニ・ミュンヘンでは子ども達自身の提案により、日々の仕事や他のグループとのやり取りの多くが、電話システムを通じて行われた。銀行の窓口も無人にし、リモートでの対応に切り替えた。子ども達が実社会で行われているコロナ対策をしっかりと観察・理解し、ミニ・ミュンヘンでの運用に活かしていることがわかる。

さらに、オンラインの証券取引所を作ったり、17〜18歳の「外部」エンジニア(ミニ・ミュンヘンの対象年齢からは外れている)を雇ってウェブアプリケーションを開発するグループも出現した。彼らが作ったのはミニ・ミュンヘンでの仕事の場所を示すマップや、最新ニュースを掲載するためのアプリだ(ちなみに最新の見出しのひとつは「レモネード売り切れ!」だそう)。コロナ禍での開催で、これまで子ども達の目が行かなかったであろう分野に注目が集まり、ミニ・ミュンヘンに新たな事業展開が起きたと言えるだろう。

今年はBrexitに倣った行政府からの分離独立宣言も

しかしミニ・ミュンヘンの開催場所がミュンヘン市内に散らばったことで、問題も発生した。ミニ・ミュンヘンの主要な行政機能が集まる市庁舎(ミュンヘンの実際の市庁舎内を使用)にいる子ども達と、他のエリアで事業を行う子ども達との間に軋轢が起きたのだ。

市庁舎で新たな法令を提案したり、裁判所に書類を提出したりする度に、市の中心部まで移動しなければならないことに疲れた西側エリアのグループは、議論の末「ミニ・ミュンヘンからの離脱」を決定した。これはイギリスのEU離脱になぞらえて「Wexit」(West西+Exit)と名付けられ、Republik Seidlvillaという新たな都市としての独立が宣言された。彼らはミニ・ミュンヘンの同じ地域にあった印刷ワークショップのグループと連携し、独立宣言のポスターも掲示した。

Wexitの一報を受けたミニ・ミュンヘン市議会では緊急討論が行われ、今年のミニ・ミュンヘンでは、各グループにより大きな裁量を与え、行政府の許可を得るために市庁舎に来る回数を減らせるようにした。こうして2020年のミニ・ミュンヘンは、最終週に新たな形で再統合を遂げるという結末を迎えたのだ。

このようにミニ・ミュンヘンは「子どもの仕事体験」という枠組みを大きく超え、政治や経済といった社会の仕組み全体までも子ども達が自らの手で動かす体験を生み出す場となっている。そしてミニ・ミュンヘンの期間が終わった後には、現実の社会や都市の在り方について関心を持ち、どうあるべきなのか自ら考えるきっかけになるという。

ミニ・ミュンヘンでの体験を通し、子ども達は遊びではなく本当に「働いている」という感覚を得て、自分にはやれることがある、社会のために価値のある貢献ができる、という自覚を持っていくのだ。

文:平島聡子
企画・編集:岡徳之(Livit