急増する「教育移住」、低くなる子育ての国境 

現在オランダに暮らす筆者の身の回りには、「子育てをオランダでするために」縁もゆかりもないオランダに移住した日本人のお友達、いわゆる「教育移住」組がびっくりするほど多くいる。新しいトレンドでもあり、海外移住の動機はそれぞれに複数あるものなのでまだ統計らしい統計は目にしないが、個人的な印象としてはここ2,3年ほどで急増しているようだ。

背景にはもちろん法的な移住のしやすさもあるだろうが、近年オランダの「世界で子どもが最も幸福な国」「英語が母国語でない国における大人の英語力世界一」「多様性に寛容なリベラルな風土」といった評判が定着しつつあることがあるように思う。

しかしオランダまで家族全員で飛ばずとも、シンガポールなどの国際教育が充実した近隣諸国に短期間で母子留学したケース、子どもの短期留学について行った人などを身近なところで目にした方は多いのではないだろうか。

急激に小さくなっていく世界の中で、子どもに広い世界を見せたい人、また長いようで短い子どもとの時間を最大限に楽しみたい人にとって、子育ての国境は確実に低くなってきている。

子育て中の旅行好き統計学者による最新「子育てしやすい国ランキング」

さてそんな傾向に応じ、旅行・家族ジャーナリズムを専門とするアメリカの企業Asher & Lyricはこのほど、OECD35カ国を対象にした「子育てしやすい国ランキング2020 (The Best Countries For Raising A Family In 2020) 」を発表した。同社は子育てしながら世界中を旅する統計学者のAsher Fergusson氏とライターのLyric Fergusson氏を擁し、主に世界の人権や健康についての情報を発信している。

ランキングは30種の国際データをもとに、安全性、幸福度、コスト、健康、教育、子どもと過ごす時間の6つのカテゴリー(詳細は後述)により、OECD加盟国35カ国の子育て環境を評価し、合計ポイントにより総合ランキングを出している。

 Asher & Lyric Fergusson氏(同社公式サイトより)

気になる総合ランキング。日本の順位は?

気になるトップは、アイスランド。安全性、幸福度、コスト、教育の指数が高く、総合1位となった。

そしてやはりというか2位以下も、北欧諸国が並ぶ結果に。詳しくは後程見るとして、まずはランキングをお楽しみいただきたい。

1.  アイスランド
2.  ノルウェー
3.  スウェーデン
4.  フィンランド
5.  ルクセンブルク
6.  デンマーク
7.  ドイツ
8.  オーストリア
9.  ベルギー
10.  チェコ
11.  オランダ
12.  ポルトガル
13.  フランス
14.  オーストラリア
15.  スロベニア
16.  アイルランド
17.  スペイン
18.  ニュージーランド
19.  カナダ
20.  ポーランド
21.  ハンガリー
22.  スイス
23.  イギリス
24.  イタリア
25.  日本
26.  イスラエル
27.  スロバキア共和国
28.  韓国
29.  ギリシャ
30.  ルーマニア
31.  ブルガリア
32.  トルコ
33.  チリ
34.  アメリカ
35.  メキシコ

「日本25位?!低っ!」と思ったか、「OECD加盟国中25位ならばやはりそれなりの子育て環境なのだな」と思ったかは人次第だろう。日本は就学率やPISAスコアなどが反映される「教育」がA評価、犯罪率の低さなどが反映される「安全」もA-と高いスコアを冠する一方、「幸福度」「コスト」「子どもと過ごす時間」の3項目が軒並み最低のF評価となった。各カテゴリーの評価方法は後に詳しく述べたいが、納得できる内容だろうか。

またランキングに特別な考察が加えられていたポイントが、「世界のリーダー」アメリカの順位の低さ。特に発信元のAsher&Lyrics社においてライターを務めるLyric Fergusson氏は、アメリカで生まれ育ち、現在もLAで子育て中の自身の感覚から、「最初にランキングを見た時は信じられず、各データをもう一度洗い直した」という。

その後データが全て疑いようのないものであることを確認した同氏は、改めて自らの体験を深く省み、子ども時代に目撃した殺人事件のトラウマや最近身近に起きた事件の数々、現在も公立校の95%の子どもが日常的に校内乱射事件が起きた場合の避難訓練を受けなければならない事実、母親の出産時死亡率や子育てコストの高さ、有給取得の困難による子どもと過ごす時間の少なさなどを振り返っている。

そして結果として、母親から「世界で最も優れた国」であると言い聞かされて育った自らの母国が「チャンスはお金持ちにしか与えられないという事実に子育て中の親は日々直面し、大きな問題に苦しんでいる国である」という痛々しい結論に至ったと告白し、「私たちの子どもが生きているうちに大きな変化が起きることを望みます」と考察を結んでいる。先進国であることや国として有する富の大きさと、子育てのしやすさは必ずしも比例しないという分かりやすい例だろう。

各カテゴリーの詳細 

さて、「子育てのしやすさ」という質的な特性を数的に格付けするにあたり、Asher&Lyrics社はどのような資質を指標にしたのだろうか。

先述の「安全性・幸福度・コスト・健康・教育・子どもと過ごす時間」の6つのカテゴリーにそれぞれ5つ設定されている下位カテゴリー(それぞれ信頼できる専門機関からの公的データに準拠)を詳しく見てみたい。

1.安全性

殺人事件率の低さ、国内における犯罪に対する国民の安全感、国際紛争や軍事に対する国民の安全感、学校銃乱射事件発生率の低さ、人権擁護率。1位は人権スコアの非常に高かったアイスランド、最下位は殺人事件率が群を抜いていたメキシコ。

2.幸福度

自由さ(強制拘束ケースの少なさ)、国民の主観的な幸福感の高さ、自殺率の低さ、LGBTQ+カップルの養子縁組に関する法整備、経済格差の小ささ。1位は国民の幸福感が高いデンマーク、最下位は自殺率の高い韓国。日本は「自由さ」以外のスコアが全体的にふるわず、ワースト3に位置付けられている。

3.子育てコスト

平均的な家庭における収入に対する子育て支出の割合(いわゆる『エンジェル係数』)の低さ、国家予算における子育て支援への割合、教育に対する家庭からの私的支出の低さ、医療費の家庭からの私的支出の低さ、購買力の高さ(必要な生活費に対する収入の高さ)。1位は福祉と教育の充実に定評のあるスウェーデン、最下位は医療費や教育費が個人からの持ち出しになる部分が大きいアメリカ。

4.健康

母親の出産時死亡率の低さ、5歳未満の幼児死亡率の低さ、家族計画の充実(現時点で妊娠を望まない既婚女性の避妊率の高さ)、大気汚染の低さ、平均寿命。1位は全体的に死亡率が低く大気汚染が0のフィンランド、最下位はその逆で平均寿命が低いメキシコ。

5.教育

15~19歳の就学率、20~24歳の就学率、15歳の国民の読解力(PISA)、同数学的リテラシー(PISA)、同科学的リテラシー(PISA)。1位はPISAの総合スコアも就学率も高いスロベニア、最下位はその逆のメキシコ。

6.子どもと過ごす時間

年間総労働時間の短さ、満額支給の産休日数(女性)、満額支給の産休日数(男性)、病欠の取りやすさ(インフルエンザで5日間仕事を病欠した場合の満額支給日数)、法的に保証される有給休暇の日数。1位は休暇が多く労働時間が短いルクセンブルク、最下位は有給休暇に保証がなく産休も基本的にないアメリカ。とはいえ日本はご存じの通りサービス残業が多く有給も取得率が低いため、特に父親が子どもと過ごす時間は先進国の中でもかなり短いとするデータもある。

教育移住を考えればもちろん「外国人としての過ごしやすさ」も 

詳細にサブカテゴリーを見ればだいたい納得できるこのランキングだが、ここまで読んで「じゃあアイスランドに移住して子育てしよう」と思った人は少ないだろう。

これはもちろん発信元も脚注に明記する通り、あくまで「平均的な収入のあるその国の国民としての子育てのしやすさ」だからだ。日本人である私たちが教育移住をして子育てをした場合にやりやすいか?という話になれば、他の要素も介入してくる。宗教や価値観といった文化的な部分のなじみやすさ、語学の問題、日本人コミュニティの大きさ、母国との連絡の取りやすさを決めるIT環境の充実、気候や食べ物、日本との距離や直行便の有無など、人によって重要ポイントは違うだろうがもちろん全てが数値化できるわけではない。

一方、金融機関のHSBC Expatは、「体験」「経済」「子育て」の3本柱で「外国人として住みやすい国」の調査を行っており、それによれば1位はシンガポール、次いで2位から順にニュージーランド、ドイツ、カナダ、バーレーン、オーストラリア、スウェーデン、スイス、台湾、UAEとなっており、納得の多文化国家が多くランク入りしている。今回の「子育てしやすい国ランキング」と重複してトップテン入りしたのはスウェーデンとドイツだったが、教育移住を考えている方、これらの国はいかがだろうか。

筆者の個人的な「教育移住」体験

さらに身もふたもないことを言ってしまうと、もちろんこの世に対する知識ゼロの人たちに100%依存される状態が数年続く子育てという大仕事をするにあたり、自分が右も左も分からない外国人であるという状態はけっこう困ることも多く、同じ仕事をホームグラウンドで行うメリットはもちろん甚大だ。

人生数十年で蓄積されたデータベース――その土地に関する知識、常識感覚、実家や友人などのサポートの得やすさ、どれをとっても故郷、少なくとも母国に勝る場所はないのだが、そしてもちろん親である私たち自身によるところがとても大きいのだが、そのハンデを負ってあまりあるほど子育てがしやすい国というかケースももちろん存在する。

個人的な話になって恐縮だが、先述の通り筆者は現在教育移住先として人気のオランダ(今回のランキングでは総合11位)に住んでいる。私が移住した動機もやはり「教育移住」が大きかった。常々、私と違って英語力や国際感覚、合理的な問題解決といった「使えるスキル」があり、なにより楽観的で幸せになることに何の葛藤もないオランダ人の夫を見て、自分の子どもには彼と同じお気楽な人間になってほしい、そのために同じ教育を受けさせたいと思っていたというのがおおまかなところだ。

現在移住して7年が経過しようとしているが、「この国は子育てがしやすい」ということは明確に言える。「子どもに配慮した社会システムやおおらかな文化が子育てに向いている」と言ってしまうとありていな言い方になるが、無理やり包括するとそんな感じだ。

多様性やミスに寛容で、人権意識が高く、大人も子どもものびのびとしている個人主義なこの国での子育ては、もちろんままならぬシステムにイライラさせられることも多い。しかしその一方で、つい子どもの発育を四角四面に考えすぎ、些細なことで不安になり、子連れで街に出れば他人に迷惑をかけることを恐れて息をするようにスミマセンスミマセンと人に謝ってばかりいた典型的ジャパニーズマザーの私をずいぶんとリラックスさせてくれた。

ちょっとしたカフェにも遊具併設のオランダ(筆者撮影)

教育に関しても政府からの補助が大きい(通常18歳までの義務教育は無料、『大学』の学費は平均的に年間20万円程度)のと、学校現場での学習評価は徹底した個人内評価なので、「子どもが大学に行く年齢になるまでに〇百万くらいは貯金しないと」「小学校に上がる前に基礎的な読み書きと英会話とダンスくらいは習わせておかないと恥をかくのでは?」といった私の焦りは全て一蹴された。

移住して間もないころに日本に一時帰国したのだが、1カ月の東京滞在を終えて、故郷を去ることへの悲しさでいっぱいになりながら子どもと一緒にオランダに戻る飛行機に搭乗したときに、周りからざわざわと耳に流れ込んできた分かりもしないオランダ語に思いがけず大きな安心感に襲われた。この時のとんでもなく矛盾した、複雑な感情は、今でも忘れることができない。

子どもたちは現在それぞれ幼稚園と小学校に通っているが、そこで垣間見える、子どもの自主性を重んじ、幸せな大人になるための教育を施し、幸福な個人が多いがゆえに平和で寛容な社会を目指すという基本理念もとても気に入っている。

最新のPISAテストで「超短時間学習かつ好成績」のフィンランドが話題に上ったが、同国ではさらに教育に対する投資率が高く、義務教育の教員は全員修士号を持ち、教育に対する家庭からの出費が一切ない。座学ではなく自主学習が基本で、徹底した個人内評価で統一テストをほぼ受けないなど、同傾向ながらさらに充実した内容を取っているという。

オランダ政府は今年の7月にも、それまで最大5日だった父親、もしくはその他の出産・養子縁組した者のパートナーの産休を、最大5週間(給与7割支給)に延長する新法律を発効させた。これはもちろん母子とそのパートナーがふさわしい関係性を築けるようにという意図もあるが、労働市場における男女の雇用格差を均すという目的も大きいとのこと。

子育てがしやすい国は概して大人も暮らしやすい場合が多い。裏を返せば、子育てをやりやすくするにはまず親となる大人が幸福でなければならないという話でもある。

先述のアメリカ人ライターのLyrics氏は、「今回のランキングを見て私は目から鱗が落ちる思いでした。(中略)私は母国の欠点に麻痺してしまって、この国は素晴らしいと思い込みたいがために嫌な体験をしても見てみぬふりをしてきたのです」と語っている。子育てのしやすさを可視化しようと試みた今回のランキングから、大人である私たち自身が日々知らずに受けている幸福や改善点も透けて見えているかもしれない。

さてあなたは、どこの国で子育てをしたいだろうか? 

文:ウルセム幸子
企画・編集:岡徳之(Livit