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コロナで一変した音楽業界
音楽業界は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大によって大きな打撃を受けている。特にライブエンターテイメント産業へのダメージは大きく、感染拡大の終息が見えない現状において、影響は長期化すると目されている。音楽ビジネスは、未曾有の危機をどう乗り越えるのか。
ライブエンターテイメント産業は、過去10年以上にわたって右肩上がりの成長を記録してきた。ぴあ総研の発表によると、2019年の国内のライブ・コンサート市場は前年比9.4%増の4,237億円となり過去最高を更新。嵐や三代目 J SOUL BROTHERSなど年間で100万人以上を動員するアーティストも登場し、10年前の2009年と比べると3倍近くの市場規模となった。
しかし2020年のコロナ禍には状況が一転。感染拡大防止のためにいわゆる「3密」の回避が叫ばれ、ライブハウスやイベント会場がまさにそれに該当したのが大きかった。
2月26日には政府から大規模イベント自粛の要請が発表され、その後は数ヶ月にわたってほぼ全てのライブやコンサートが中止または延期。緊急事態宣言が解除され、イベント開催制限が段階的に緩和された後も、いまだ客足は戻っていない。ぴあ総研の試算では、2020年のライブやコンサート市場は1,241億円(2020年6月30日時点の調査速報値)と、前年の3割にも満たない水準になるとみられている。
大型フェスにも大打撃。収益は、ほとんどゼロ
音楽フェスも厳しい局面に立たされている。フジロック・フェスティバルやロック・イン・ジャパン・フェスティバルなど毎年数十万人を動員していた大型フェスを筆頭に、今年はほぼ全てのフェスが中止または延期。大型フェスとしては唯一9月に開催を予定していたスーパーソニックも、来年への延期を発表した。
ぴあ総研の発表では、2019年の音楽フェス市場規模は前年比12.1%増の330億円、動員数も前年比8.5%増の295万人と過去最高の数字を記録。しかしこうした状況を受け2020年には市場規模の9割近くが消失する見込みだ。
こうした状況において、アーティストや所属プロダクションにとっては、ライブやコンサートによる収益がほとんどゼロになることを意味している。照明や音響、ステージ設営などライブ現場を仕事にしていたフリーランスや事業者も収入は途絶え、全国のライブハウスも閉店が相次ぐなど苦しい局面に立たされている。
打開策① 有料配信ライブ:サザンは推定50万人が視聴
こうした状況への打開策はあるのか。
一つの可能性として挙げられるのは、有料配信ライブへの取り組みだ。
2月末や3月上旬はライブの中止や延期を受け無観客でのパフォーマンスが急遽無料で配信されることもあったが、緊急事態宣言解除後あたりから電子チケット制の有料配信ライブが一般化。なかでも注目を集めたのは、6月25日にサザンオールスターズが横浜アリーナで開催したバンド史上初の無観客配信ライブだ。AbemaTV、GYAO!、PIA LIVE STREAMなど8つの動画配信サービスを通じて有料配信され、3,600円のチケット購入者は約18万人、総視聴者数は推定約50万人。ライブエンターテイメントの「新たな様式」を示す大きな意味合いを持つライブになった。
また、7月12日に星野源が渋谷クアトロで開催した配信ライブ「Gen Hoshino’s 10th Anniversary Concert “Gratitude”」は3,500円のチケットを約10万人が購入。
他にも多くのアーティストが有料での配信ライブを開催した。プラットフォーム側も、3月13日にいち早くceroの有料配信ライヴを開催し先陣をきった「ZAIKO」、大手チケット販売会社のぴあがスタートした「PIA LIVE STREAM」、同じくイープラスによる「Streaming+」、LINEによる「LINE LIVE-VIEWING」など様々なライブ配信サービスが乱立し、しのぎを削る状況となっている。
いまだ発展途上のサービスも多く、サーバートラブルでライブが見られない状態になるなどの問題が取り沙汰されることもあるが、こうした有料での配信ライブは、困難な状況の続くライブエンターテイメント業界にとってビジネス再開の大きな手段となっている。
また、こうした有料配信ライブはコロナ禍から回復した後も地方在住者などへの新たな選択肢として機能することが見込まれ、長期的に見て新たな機会拡大へのチャンスと捉えることも可能だろう。
打開策② サブスク型ストリーミング市場:デジタル市場が存在感を増す
そして、もう一つの可能性はSpotifyやApple Music、LINE MUSICなど、サブスク型の音楽ストリーミング市場の拡大だ。
日本ではいまだCDなどのパッケージが音楽市場の大半を占めているが、アメリカなど海外ではすでにデジタル配信が主流だ。なかでもストリーミングサービスの売上がその大半を占めるようになり、その市場拡大が牽引することで2015年以降は音楽ソフト市場全体もV字回復を遂げている。IFPI(国際レコード産業連盟)の発表によれば、2019年の音楽市場は前年から8.2%増の202億ドル(約2兆1,530億円)となり、5年連続でのプラス成長となった。
一方で、日本の音楽業界は利益率の高いCDのマーケットが根強く残ったがゆえ、こうした傾向に乗り遅れていた。日本レコード協会の発表によると、2019年音楽配信売上は前年比10%増の706億円で6年連続プラス成長を記録。しかし音楽ソフト(CD・DVDなど)市場は前年比5%減の2,291億円となり、合計では前年比2%減の2,998億円。CD市場の縮小をデジタル配信市場の拡大が補えない形となっていた。
さらにコロナ禍はCD市場にも大きな逆風をもたらしている。世界的に落ち込みが続いたここ10年ほどのCDセールスを日本で例外的に支えてきたのがアイドルグループなどによる特典商法で、なかでも握手会やハイタッチ会やツーショットチェキなどを特典にすることでCD売上を伸ばす「接触商法」と呼ばれる手法が広く用いられていた。しかし、コロナ禍でこうした接触イベントは全て中止となった。特に4月から5月にかけてはCDの発売延期も相次いでいる。
しかし、その一方で、比較的ダメージを受けなかったデジタル音楽市場の存在感が増している。特にストリーミングサービスには一昨年あたりから宇多田ヒカルやサザンオールスターズなどの大物アーティストが音源を解禁し、あいみょん、Official髭男dism、King Gnuなどストリーミングサービスからブレイクを果たす新人アーティストも登場。
先日には米津玄師がアルバム『STRAY SHEEP』リリースのタイミングで全曲を解禁し、いよいよ普及期に入ってきた。2020年には、男性シンガーソングライター瑛人による「香水」や、ボカロPのAyaseとシンガーのIkuraによるユニットYOASOBIによる「夜に駆ける」など、無名のアーティストがストリーミングからブレイクする例も増えてきている。
ライブエンターテイメント産業においても、音楽ソフト市場においても、デジタルシフトがより進んでいくだろう2020年。そこで育った新しい価値観やビジネスモデルが、この先のエンタテインメントビジネスの基軸になっていくはずだ。
文:柴那典