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自粛生活の影響で、苦戦を強いられる旅行・観光業界。そんななか、東京から車で2時間の場所に位置する山梨県小菅村にあるホテル「NIPPONIA 小菅 源流の村」では、三密を回避したマイクロツーリズムを提案しており、7月から満室状態だという。
村の95%が森林という都心では見られない別世界のような光景に加え、点在する古民家を改修した分散型のホテル、備え付けの豪華なキッチンなど、withコロナ時代にマッチした旅行スタイルだ。
8月7日には新たな宿泊施設として「崖の家」がオープン。村に溶け込むように宿泊する分散型ホテルの魅力を、中心メンバーとして事業に携わる株式会社EDGE 代表取締役 嶋田俊平さんに聞いた。
観光客が2.2倍に「分散型ホテル」を含む地方創生
2019年8月にオープンした「NIPPONIA 小菅 源流の村」は、「700人の村がひとつのホテルに。」をコンセプトとした分散型ホテルだ。村に点在する古民家ホテルのうち、1箇所だけにフロントを置き、その他のホテルにはフロントが存在しない運営スタイルを指す。
地元の人の家に泊まるような感覚で滞在でき、まるで村の一員になったかのような気分が味わえるのが醍醐味だという。
そもそも、この分散型ホテルは、7年ほど前に始まった小菅村の地方創生プロジェクトの一つ。当時、過疎化が進み、いずれは村が消滅すると言われていた小菅村だったが、村長が「700人の人口を維持する」と宣言。道の駅の開発や村おこしイベントの企画、WEBサイトの運営など、本腰を入れて地方創生に取り組んできた結果、約8万人だった観光客が2018年には約18万人となり、2.2倍に増加した。
株式会社EDGEの嶋田さんは、分散型ホテルのみならず、小菅村の地方創生プロジェクトの総合戦略を担っている。
「観光客の増加は非常に喜ばしいものでしたが、一方で村に存在していた宿は半数まで減少してしまい、需要と供給のバランスが崩れた状態になっていました。そこで、観光客の方に提供できるホテル建築プロジェクトを始動したんです」(嶋田さん)
新しいホテルを建てるには土地も資金も不足している。それならば、と案に上がったのが、村に100件ほどある空き家の古民家をホテルに改装することだった。
2018年6月に旅行業法が改正され、すべてのホテルにフロントを持たない分散型ホテルの業態でも営業が可能になったことを機にプロジェクトが始動、2019年にオープンを迎えた。
三密を回避した新時代のマイクロツーリズムとは
フロント棟となる「大家」は、150年の歴史を持つ地元の名家を改造したホテル。
豪華絢爛な空間をしっとりとした雰囲気で味わってもらうために、中学生未満は宿泊できない。ホテル内には22席のレストランがあり、ここは宿泊者限定となっている。
そして、今夏にオープンしたばかりの新たなホテルが、傾斜が険しい崖に建つ「崖の家」だ。元々、密になりにくい分散型ホテルだが、コロナ禍のオープンとなったことで、より一層、感染防止への配慮がされている。
まず、他の宿泊客と鉢合わせずに客室でチェックイン・チェックアウトができる。チェックイン時には検温と消毒も行う。
部屋内には十分な設備が整ったキッチンがあり、スタッフがホテルまで地元で採れた旬の食材を届けてくれる。源流に位置する小菅村では、ヤマメやキノコ、ワサビなどの名産があり、シェフが提供しているレシピ通りに調理すれば、簡単にプロの味が楽しめるという。
「崖の家には、『つながる食卓』というコンセプトがあり、アイランドキッチンと円形のテーブルを備えています。レストランで多くの人と顔を合わせることなくリッチな食事ができる上に、家族やパートナー、仲間との料理を通じて、人とのつながり、絆を深めてもらえたらと考えています」(嶋田さん)
村の周囲には農園や川、豊かな森林があるため、農作業体験、釣り、狩猟体験といったオープンエアのアクティビティが充実している。都心に住む人たちにとっては非日常であり、三密を回避してアクティブに遊べるのは魅力的だろう。
小菅村には電車が通らず、バスも1日2〜3本と交通の便は良くないが、遠出をしなくともホテル内や村の周囲で豊かな時間を過ごせるように設計されている。
感染予防は徹底しつつ、豊かな旅を提供したい
8月8日に行われた「崖の家」のオープニングレセプションには、世界一のレストランとして有名な「noma」のヘッドシェフを経て、現在はイヌアのヘッドシェフを務めるトーマス・フレベル氏も登場。他のゲストシェフらと一緒に、小菅村の食材を使った料理をふるまった。
「当日は25名ほどの報道関係者の方に集まっていただき、大盛況でした。実は、トーマス氏はお客様として小菅村の分散型ホテルに何度もお越しいただいていて、今回『イベントを手伝ってほしい』とお願いしたところ、快く引き受けてくれたんです。小菅村の食の熱さを伝えたいという思いが十分に伝わる絶好の機会になりました」(嶋田さん)
4月に発令された緊急事態宣言により、旅行・観光業は「不要不急」として休業を余儀なくされた。「NIPPONIA 小菅 源流の村」も4・5月は丸々休業していたが、6月の緊急事態宣言解除後に営業を再開したところ、想像以上に反響があったそうだ。
「確実にお客様が戻ってきた手応えがあり、7・8月は満室状態に。コロナ環境下での営業は少なからず不安がありましたが、我々の事業は自分たちが思うよりずっと求められていると実感し、徹底的に安全を追求したうえで営業を続けようと決めました」(嶋田さん)
この分散型ホテルの営業スタイルは、「篠山城下町ホテルNIPPONIA」として兵庫県篠山市にも存在し、同市は2015年より運営を開始している。当時は旅館業法で分散型ホテルが違法とされていたにもかかわらず、篠山市は国家戦略特区として特別に法が緩和されていたため、企画が実現したのだ。
「NIPPONIA 小菅 源流の村」のプロジェクトには、篠山市の分散型ホテル事業を手掛ける株式会社NOTEも出資しているそうだ。
この先もしばらく続くであろうwithコロナ、afterコロナの時代においては、このような三密を回避しながら安心して非日常に浸れるマイクロツーリズムが、より求められるかもしれない。
<取材協力>
株式会社EDGE 代表取締役 嶋田俊平
NIPPONIA 小菅 源流の村
取材・文:小林香織
企画・編集:岡徳之(Livit)