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昨今、新型コロナウイルスによって、様々な業界で「ニューノーマル(新常態)」に向けた対応が進められている。
いわゆるテレワークやオンラインセミナー、オンライン会議などの「リモート」が重要なキーワードになってきているのだ。
ビジネスシーンだけではなく塾などの教育現場も例外ではなく、リモート授業を取り入れつつある。『ステップアップ塾』もそのひとつだ。
『ステップアップ塾』はNPO法人維新隊ユネスコクラブの食事付き個別指導型無料塾。同塾では、ひとり親家庭などの家庭環境やいじめなどで学習機会を得られない小・中学生の子どもたちを対象に、必要な学習をサポートし、食事まで賄っている。
「リモート授業といえども、いかに子どもたちに目をかけてあげられるかが大事」——コロナ禍でも、また、遠隔地の子どもたちに対しても学習の機会を与えるため、リモート授業を積極的に導入しているのだ。
その考えのもとでリモート授業のツールとして導入しているのが、Ciscoのビデオ会議システム『Cisco Webex(シスコ ウェブエックス)』である。Cisco Webexは、色とりどりのペンツールやホワイトボード機能などを子どもたちから講師まで誰でも直感的に使うことができ、伝えやすい。また、セキュリティ面の信頼性が高いのも特徴だ。
今回、ステップアップ塾の創始者で塾長の濱松敏廣氏(以下、敬称略)と、ボランティア講師で大学3年生の野作実優氏(以下、敬称略)の2名にそれぞれ、運営者と現場で教える立場として、塾の想いやリモート授業の可能性、Cisco Webexを選んだ必然性などを伺った。
理念を体現できるツールの模索。リモートでも大切にしたい「ぬくもり」
塾長の濱松氏が2014年に開いたステップアップ塾は2020年現在、7年目を迎えた。個別指導型で生徒一人ひとりに目をかけ、「食事が付く無料塾」という特徴がある。
現在はコロナ禍のためリモート授業が主体だが、その手法にも工夫が凝らされている。
対面ならではの「ぬくもり感ある」雰囲気作りや、生徒へ授業内容を画面越しにわかりやすく伝えられるか?などさまざまな不安があったが今ではすっかり適応している。
始めはWeb会議システムでの授業に不安しかなかったという野作氏も、今では表情がすっかり明るい。ボランティア講師として3年以上、塾に携わってきた彼女は「Web会議システムのCisco Webexはとても使いやすい」と太鼓判を押す。
野作「音声がとても聞き取りやすく、Cisco Webexでは画面上のホワイトボード機能を使って説明ができる上に、ペンツールの好きな色と太さを選んで書き込めます。
生徒が好きそうなカラフルな色を使うと喜んでくれたりします。色で強調できるのはありがたいし、生徒にも分かりやすく伝えやすい。重宝しています」
授業シーンでの利便性はもちろんのことだが、濱松氏曰く、リモートで利用できれば何のツールでもいいという訳ではなかったという。
濱松「直感的な操作性や信頼感、セキュリティなどの面でCisco Webexがなければ、塾の理念そのままに『ぬくもり感』あるリモート授業を行うことはできませんでした」
同施設では、コロナ禍において通信環境が整っている家庭についてはリモートで授業を行い、機器などを持っていない生徒に対しては新宿の自習室を開放している。また、協賛企業などから寄贈されたPCを配布するなどして対応している。
しかし、突然訪れた新型コロナという災難に急遽、リモート対応したわけではなかった。
濱松「リモート授業の可能性はコロナ禍より数年前から、ある2つの理由で模索していました。まず1つ目は、『地域間格差』。都市部には大学が多いため生徒も多く、講師のなり手が自ずと多い。
しかし、地方には教える人材の絶対数がそもそも少ないため、生まれた地域によって教育を受けられる機会の格差が生まれてしまいます。それを解消したかった。
2つ目の理由は、生徒で難病にかかってしまった子がいて、病院からでも教育を受けられるようにしたいと考えたからです。病気の有無に関わらず教育を受けられるようにしたいと思い、リモート授業の導入を模索していました」
リモート授業は今年2020年1月に開始し、いくつかのWeb会議ツールや遠隔授業に特化した教育系Webシステムなどいろいろと試したという。その中にCisco Webexもあった。
とはいえ、濱松氏は「ぬくもり感のあるアットホームな塾の雰囲気」をとても大切にしている。リモートでは対面授業よりも伝わりづらいぬくもり感も、直感的に操作できて画面に彩りを添えられるCisco Webexなら伝えられるのではないかと考えたのだ。
所得や家庭環境、子どもたちに影響するさまざまな「教育格差」
なぜ、濱松氏は「ぬくもり感」を大事にしているのだろうか? それは、同氏の原体験が大きく影響しているという。
塾を立ち上げる前のこと、濱松氏はゴミを減らすことを目的とした環境団体を立ち上げた。その後の2011年、東日本大震災後の瓦礫撤去のために毎月のように東北へ訪れた。
濱松「そんな折に、震災で親を亡くした子どもたちがクローズアップされたんです。そこからさまざまな問題が目に入るようになり、まるで引き寄せられるように、私の原体験とも関係のある教育へ行き着きました」
濱松氏は裕福な家庭に生まれ育ったが、父親による暴力に悩まされ、家庭の中には居場所がなかったという。
しかし、塾へ行く間は友達とご飯を楽しく食べられて、救われた時間だったと振り返る。今を生きる子どもたちにまで、あの苦しかったときと同じ思いをしてほしくない。そんな原体験が、濱松氏の今の活動へとつながっている。
もちろん、塾に集まる子どもたちは、集まる理由が必ずしも貧困が原因ではない。
教育格差はどうしても、所得格差の問題として捉えられがちだ。もちろん少なからず所得の影響もあるが、たとえ裕福な家庭でも、いじめなどで家にも学校にも居場所がなく勉強から離れてしまう少年少女がいるそうだ。
また、食事をまともに取れなければ、勉強すらできない。特にネグレクト(育児放棄)の家庭の子どもは、食事もろくに取れないため悲惨だという。
一方、濱松氏は高校生の頃から家庭教師のアルバイトをしていた。そのときの経験から、「勉強をしておくと収入が得られ、収入があれば好きなことができる」との考えに至ったという。そのためステップアップ塾では、大学生に限らず高校生から講師になる仕組みを整えている。
リモートでも子どもたちのケアができる。「グループ制」授業の導入
子どもたちの教育格差を無くしたいという濱松氏の想いのもと、「ステップアップ塾」開業に向けての動きが始まった。
塾を開くにあたっては、塾の半径1.5km圏内にある約100軒の飲食店に頼み、協力してくれた大学生とともに告知ポスターを貼って回った。結果、最初の生徒は22名、学生ボランティア講師は9名集まった。
集まった生徒たちは学級崩壊や家庭不和など、さまざまな背景を背負った子どもたちだ。
教育格差の問題にはさまざまな形があるが、リモート授業なら地域間格差の問題をある程度は是正できる。そして濱松氏は、リモート授業でもアットホームな雰囲気を作れるように、工夫を凝らした。
ステップアップ塾のリモート授業では、「グループ制」という、1人の生徒に対して複数人の講師を付ける仕組みを取り入れている。
濱松「グレてしまう子どもは、たいてい寂しくて周囲から見てもらえない存在なんです。だから大人が見守る必要がある。
教科を教える際に大事なのは、実はテクニックではありません。講師の私に会いたいから、講師の野作さんに褒められたいと思うから、生徒たちは勉強をする。身近な人から見守られているという心の意識が育っていくことが大事なんです」
リモート授業で生徒と講師を1対1にしてしまうと、2人だけで関係性が完結してしまう。
濱松「そこで、もっと広がりを持たせて他の講師との関わりも縦横斜めにつなげていく必要があると考えて、数人の講師が1人を見るグループ制にしました。思い切って始めてみると、評判が良いんです」
野作「実際に私たち講師陣も以前の1対1の対面式よりも、講師同士のコミュニケーションが活発になっていて、アイデアもたくさん出るようになりましたし、生徒にも好評です」
こうした授業を行えるのもオンラインツールならではメリットだ。物理的に集まらなくても、複数人の講師がリモートで集まれる。 想定外の新しい価値が生まれたのである。
リモートだからこそ高めたい対話の「解像度」
もちろん、全てが最初から順調に進んだわけではない。
対面で講師が個別指導で教えるときは、生徒たちの発する言葉以外のさまざまな情報を汲み取っている。例えば、生徒の手元のノートを見ることで、どの過程、どこにつまずいているのかなどの理解度を測っているのだ。
野作「オンライン授業を始めると聞いたときは正直、不安はありました。というのも、オンラインの画面上にはお互いの顔しか映りません。その子のつまずきや理解度を画面越しに把握できるのかどうかが不安要素でした。
一方の生徒も、最初は戸惑いが多い印象でした。機器を上手く接続できないなどのトラブルもありました。しかし慣れていくうちに、子どもたちの方が適応力もあり、表情も徐々に和らいでいきましたね」
今では、リモート授業だと周囲が気にならなくて集中できるという生徒もいるという。中には発達障害やADHD(注意欠陥・多動性障害)、感覚過敏の子どももいるため、彼ら彼女らにとっては集中しやすい環境になっているのだ。
野作「もちろん、対面と変わらないという子、対面のほうがいいという子もいるので、そこは課題だし、今後もフォローしていきたいです」
今では、ペンタブを駆使して生徒が手元を映す、講師が実物のホワイトボードを使って画面に映すなど、各々が工夫を凝らしてリモート授業を進めている。
リモート授業になってから数カ月が経ち、野作氏も工夫ができるようになった。
野作「画面越しだとどうしても感情が伝わりにくいんです。そのため、対面授業のとき以上にテンションやトーン、リアクションを高めに意識しています。
加えて、生徒の手元が見えない分、理解度を測りづらい懸念がありました。そのため、以前にも増して『なぜ生徒がその解き方をしたのか』を自分で説明してもらい、どこでつまずいているのかを画面越しの会話の精度をあげることで生徒の考えを探れるように意識しています」
塾だからこそ講師・生徒にとって安心感のあるツールを選びたかった
まだまだ手探りの状態ながら、同時に手応えも掴んでいるという。
濱松「リモート授業は概ね好評です。コロナ禍が落ち着いてオフラインの塾を再開する際も、複数人の講師が見るグループ制はそのまま残そうと思っています」
リモートの検討から約2年間、日々の積み重ねと試験運用を経て、最終的に現在はCisco Webexでのみリモート授業を行っている。
濱松「Cisco Webexに絞った理由はいろいろありますが、まずはセキュリティ面。生徒の家庭はさまざまな事情を抱えているので、個人情報が漏れるなどはもってのほか。その点では大手のCiscoさんが信頼できました。
あとは、UI/UX(ユーザーインターフェイス、ユーザーエクスペリエンス)など操作画面の使い勝手の良さ。子どもたちは当然ながら、教える講師もさまざまなバックボーンを持っているため、ツールは誰でも直感的に使いこなせることが何よりも大事でした。その点をCisco Webexは満たしていますから、決め手になりました」
野作「顔が見えることが生徒たちの安心感につながると思うので、Cisco Webexを活用することでお互いに顔を見て、会話を交わしながら進められます。恵まれたいい環境だと思います。2学期が始まる9月以降がずっと休校にならずに済みました」
Cisco Webexが支える食事付き無料塾の未来
今後、ステップアップ塾をどのように展開させていくのだろうか。
濱松「無料で、食事付きで、ボランティアで運営していくとなると、リソース的に週に1回の授業が限度です。そこで、ステップアップ塾の理念を保ったままさらに発展させようと考えると、自習室の形式で展開する方法が、無理がなく運営できると考えています」
取材が行われたのはまさに自習室。内装は全て講師たちの手作りだというから驚きだ。自習室にはパンやカップラーメンが置いてあり、1時間以上勉強するとそれらを食べられる決まりになっている。この自習室方式なら、企業の空きスペースや空き家などを活用して全国に子どもたちの居場所を作れると濱松氏は考えている。
濱松「自習室には教材も食事もある。あとは誰かがちゃんと見守ってくれている雰囲気さえ作れれば、全国で私たちのような塾を必要とする子どもたちに場所を行き渡らせることができます。今年の9月には、マンションの部屋を利用した物件型の自習室兼食事スペースを、中野区の新江古田で開室させる予定です」
野作「私自身、家庭に無関心な父親のもとで幼少期を過ごし、とても寂しい思いをしました。どの親のもとに生まれたかで人生が決まってしまう。そんな問題意識をずっと抱えてきて、教育格差や所得格差を是正できることに貢献したいとの想いで塾に携わってきました。
現場では、所得だけではなく心の格差の問題もある。地域間の格差もある。その意味で、リモート授業によって教育機会を拡げられることはとても可能性を感じます。生徒たちの未来を広げるお手伝いをもっとできればと思います」
濱松「リモート授業は必要ですし、コロナ禍が収束してもずっと続けていきます。
リモートのメリットは講師側にもあります。例えば脚の不自由な方で移動が難しいけど、教えたいという方がいらっしゃれば、すぐに参画いただけます」
話の内容は深刻だが、塾の運営について話すときはとても生き生きしている濱松氏。
濱松「僕からすると、塾はすごく楽しい。それは、僕がいいことをし続けている限り、いいことをしようとする人が寄ってきてくれると思っているからです。みんないい顔をして集まってくれる。だからこの塾の考えをこれからも、もっと拡げていきたいですね」
リモート授業によって偶然にも生まれた講師のグループ制。もとをたどれば、濱松塾長の「ぬくもり感を大切にしたい想い」から始まっている。
当初はリモート授業を不安に感じていた野作氏も、今ではすっかりリモート授業の専門家のようだ。
直感的に誰でも使うことができ、種類豊富なペンツールとホワイトボード機能を使って感情まで伝えられるCisco Webex。そのメリットを最大限に活用し、ステップアップ塾はリモート授業でも対面での授業と遜色なく、「ぬくもり感」を伝えることに成功している。新しい教育の一つのかたちとして希望が持てるとともに、明るい未来が待っていることを予感させた。
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文:山岸 裕一
編集:花岡 郁
写真:西村 克也