外出規制や都市のロックダウンによってブームを引き起こしたフィットネスのオンライン化。オンライン飲み会でも知名度を上げたZoomを使ったプライベートレッスンやヨガクラス、Pelotonによる自宅フィットネスなど、空前のオンライン・フィットネスブームともいえる現象が世界中で起きている。

世界に先駆けて1月下旬からロックダウンが始まった中国でも、フィットネスのオンラインシフトは大きな潮流だ。

健康志向の高まる中国

急速に人々の生活が豊かになっている中国では、若い世代を中心により真剣な健康志向が高まっている。タピオカミルクティー店がフレッシュジュースのスタンドに代わり、会社帰りや週末はフィットネスジムに通う人が増え、ジムのチェーン展開、ジムの新規開店による勧誘も多く見かける。

同時に、公園や広場で体を鍛えている中高年、老人の姿が多いのも変わらぬ光景で、公園には子供向けの遊具よりも健康器具が優先的に設置され、卓球台が数台設置されている屋外広場も少なくない。

住宅地には街角ごとに屋外健康器具のコーナーがあり、近隣住民がいつでも自由に利用できる。さらに、公園や広場では太極拳のレッスンが開かれ、中年女性を中心とした「舞踊団」が大音響でダンスエクササイズを繰り広げていたり、といういかにも中国らしい習慣も健在だ。

リア充をSNSでアピール 

中国のジムではトレーナーと一緒にエクササイズしている人が多い ©China Dairy

伝統的なエクササイズや広場舞踊は中高年のものでダサい、と若い世代が敬遠する中、空前のブームがジム通いとパーソナルトレーニングだ。

今や中国ではスマホの生活情報アプリ「大衆点評」で、レストランの検索と同様に、近くのジムやフィットネススタジオのほか、さまざまなパーソナルトレーナーを検索、予約できる。

また都市部では仕事に追われるライフスタイルを反映して、ジムの会員にならなくても1レッスンごとに予約、参加できるフィットネススタジオが次々と登場。ジム通いをSNS上でアピールしたり、鍛えた腕の筋肉を自慢する写真を撮ったりと、20代から40代を中心に幅広い層で人気がある。

パンデミックでシフトしたフィットネス体系

外出禁止が緩和された北京の日壇公園で健康器具を使う人たち。この時点でジムはまだ再開していなかった。

パンデミックが本格的に中国を襲ったのは、中国人が最も大切にしている旧正月の休暇中だった。ほとんどの人が実家へ帰省している最中に都市封鎖が始まり、数百、数千万人が家族と共に外出自粛を強いられたのだ。

日本のお正月を想像するとわかりやすい。久しぶりに家族でおせち料理を囲み、テレビでお正月番組を見て、ゲームをしたりしてのんびりと家族だんらん。しかし数日後には、体重が気になり始め体を動かしたくなるだろう。

しかし今回このタイミングで、中国のジムやフィットネススタジオはすべて閉鎖されていた。旧正月の休業から継続して、営業が制限されてしまったからだ。それに外出もままならず、近所にある健康器具すら利用できない状況に陥った。そこでたちまち火が付いたのが自宅内で視聴できるオンライン・フィットネスだった。

中国では若者から高齢者までスマホの利用が浸透しており、元よりSNSや動画は時と場所を選ばずに楽しめる日常のエンターテイメントだ。レストランや電車、バスの車内で動画に夢中になっている人たちはもちろんのこと、歩きスマホも多く見かける。

そんななかで都市が封鎖され、移動制限、外出自粛がしかれると、退屈しのぎにより多くの人が多くの時間インターネットへ接続するようになった。中国インターネット情報センターの統計によると、2020年3月の時点でインターネットユーザー数は9億人に達したとしている。

中国発のアプリ「Keep」

自宅でのエクササイズを半ば強制される形で、人々が始めたオンラインレッスン。

なかでも2014年に創立のアプリKeepが圧倒的人気で、2017年にユーザー登録者数1億人を突破した中国発のアプリ。ホームページ上には「アブクラックスを作る」や「脚痩せ」「バスケットボール」など170近くのカテゴリーがあり、さらに細かくいくつものトレーニングメニューが組まれている。シンプルな映像で運動動作を見せつつ、動きのポイント、呼吸の仕方、効果のある部位などが注釈として図解と共に書かれていて非常にわかりやすい。

Keepのトレーニングページより

だがKeepの魅力はこのような動画配信だけではない。アプリを利用した歩数計測機能や、ジョギングの速度、トレーニングなどのトラッキングが出来るため、成果が一目瞭然、利用者に達成感を与える。

さらに、写真や動画を共有できるSNS機能を備えているところが、中国の若者(だけではないが)の心をくすぐった。

動画や写真の内容は自身のトレーニングの様子や、ビフォー・アフター、決意表明、セレブ風のイメージショットなど人それぞれ。他人の写真や動画に対してコメントを付け加えたり、フォロワーになることも可能で、Keepアプリも「1日1枚写真を撮ってグループ内で自身の進歩をシェア」することを推奨。仲間と一緒に進歩を遂げる感覚を味わえるので「Keepがあればフィットネスはもはや孤独な戦いではない」としている。

こうしたインターネット上で交流できる、ソーシャル・フィットネスは中国人が大好きなプラットフォームで誰もが利用しているSNSチャットのアプリ「WeChat」上にも友達同士で一日の歩数を争う機能がある。これはスマホが自動計測する歩数やジョギングの距離を毎日グループ内で競い合い、1日の終わりに自動的にランク付けされるサービス。

友だち同士とはいえ、メンツをかけた挑戦に、ムキになって取り組む人も多い。飼い犬にスマホを括りつけ歩数を稼いだ人がネット上で叩かれるケースや、USBに繋ぎスマホを自動的に揺らして歩数カウントを増やせる道具が市場に出回るといった不正が横行したほど、人々が熱狂している。

プライバシーや密かなトレーニングよりも重要視される、他人のことが知りたい、自分のことも見せたい、というこの国独特の心理を上手にあおり、同時に健康が促進できるというものだ。

中国で最もポピュラーなSNS「WeChat」の歩数競争ページ © 2015 Tencent

自宅でフィットネスの動きはKeepのようなアプリだけでなく、ヨガマットやダンベル、バランスボールなどが飛ぶように売れていたこと、そして任天堂リングフィットの爆発的売り上げ増もその一例だ。

リングフィットは中国で2019年9月に発売され、当時500元(約8,000円)ちょっとだった商品が、2月下旬には1,600元(約24,800円)にまで値上がりしたという報道もある。

通常、新発売のゲームは時間経過とともに徐々に価格が下がって来るものだが、ロックダウンによる自宅フィットネス需要の高まりで人気が再爆発、品薄となってプレミアがついたため、「投資目的で買うべき商品だった」と悲嘆する声も上がったほど。

本格的にジムでエクササイズをする人たちには物足りないが、パンデミックで自宅からまったく出られなくなり、少しだけ体を動かしたいと思うインドア派がこぞって飛びついたからだ。

現在、任天堂のリングフィットアドベンチャーはEコマースのサイトで約14,000円前後の価格で販売しており、注文から5〜10日で発送できると記されているので、多少落ち着いてきてはいるようだ。

課題はコロナウィルス感染収束以降

ここ2、3年、中国におけるフィットネス・健康業界は飛躍的に伸びていく分野だと見込まれていた。そこへ今回の都市ロックダウンが発生し、外出自粛を強いられたことによってその分野そのものがオンラインへとシフトしていった。同時に、テレビや動画を見飽きた人々がオンライン・フィットネスに興味を持ち始めたことが重なった。

前述のKeepは、5月末に香港のテック投資会社を先頭にカリフォルニアのベンチャーキャピタルなどから合計8,000万ドル(約88億円)を調達し、評価額10億ドル(約1,100億円)を超えるユニコーン企業ステータスになったと報道された。同社によると現在の会員数は2億人以上、36億以上のエクササイズ・データを所有しており、パンデミックによる恩恵を受け、波に乗っている企業のひとつと言える。

北京のビジネス街にある人気のジム。ボクササイズも近年ブームのひとつ(Hotel Jen KO Zone)

距離や居場所に関係なくオンラインでのフィットネスが可能になった昨今、数カ月に及ぶテレワークに慣れた後で通勤するのが億劫に感じるのと同様、ジムやフィットネススタジオの存在意義も問われ始めるかもしれない。

一方で、現在ブームとなっている自宅エクササイズのプログラムが、ウィルス感染本格収束後にどのようにして人々の心を捕え続けられるかも課題だ。

世界に先駆けて収束を宣言した中国。13億人の人口を抱えるこの国の動向は一見独特に見えるが、ある意味世界のプロトタイプとして注目に値するかもしれない。

文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit