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米シリコンバレーのような活発な起業文化や環境を醸成しようと、各国ではさまざまな施策が実践されている。
たとえば、フランスでは政府が全面バックアップするスタートアップキャンパス「StationF」がオープン。東京ドーム0.75個分のスペースがあり、1,000社、3,000人以上を収容できる世界最大級のスタートアップコミュニティーだ。政府関係者や投資家も集う起業エコシステムが醸成され「次のシリコンバレー」と目されている。
日本にあまり情報が入ってこないロシアでも同様のスタートアップコミュニティーが存在する。「Skolkovo」と呼ばれるこのスタートアップコミュニティーは2010年に誕生しており、2017年6月にオープンしたStationFよりも歴史が少し長い。
今回は、知られざるロシアのスタートアップコミュニティーSkolkovoの詳細をお伝えするとともに、現地のスタートアップとそのトレンドを紹介したい。
ロシア版シリコンバレー「Skolkovo」とは?
Skolkovo(正式名称、Skolkovoイノベーションセンター)は、2010年ロシア政府が国内経済を資源中心から、イノベーション基盤の経済へとシフトすることを目的として設立されたスタートアップコミュニティーだ。
Skolkovoは、1,700社以上のスタートアップ、テクノパーク、教育機関などさまざまなプレーヤー、組織、施設によって構成されている。教育機関には、米マサチューセッツ工科大学との提携により設立されたSkolkovo Institute of Technologyが含まれる。
Skolkovoに所属するスタートアップの累計売上は22億ドル(約2,200億円)に上るほか、累計の資金調達額が1億8600万ドル(186億円)、雇用創出数2万2000人、パテント申請数1,100件など、活発なコミュニティーであることが伺える。
2020年までには、2百万平方メートルの敷地に住宅やオフィススペースを新たに建設する予定で、完成すると3万5000人がSkolkovoに住んで働くことができるようになるという。
このイノベーションセンターにはロシア連邦予算が充てられており、予算額は2010年39億ルーブル(約70億円)だったが、2012年には220億ルーブル(約400億円)が追加されている。
現在、起業家らはテクノパークにオフィスを構えビジネスを展開している。ここではビジネス分野ごとのクラスターがあり、それぞれに特化したコミュニティーが存在している。その分野とは、情報通信、エネルギー効率、核技術、バイオメディカル、宇宙開発の5つだ。
5分野でもっとも起業家の数が多いのは情報通信で505人、次いでエネルギー効率380人、バイオメディカル360人、核技術207人、宇宙開発188人となっている。
クラスターはそれぞれ分かれているが、クラスター間の連携もあり、たとえば情報通信とバイオメディカルのクラスターは共同で「モバイル検査デバイス」をテーマにしたビジネスコンテストを開催したことがある。
テクノパークにはイノベーション促進のための施設が多数完備されており、どの分野の研究開発にも対応できるようになっている。コワーキングスペースやハックスペースだけでなく、バイオメディカル向けの特殊な研究室も完備している。
また、研究開発だけでなく、法務や会計、プロモーション、マーケティング、人事などビジネス促進のためのさまざまな支援も用意されている。
Skolkovoで育つロシア発のスタートアップたち
Skolkovoにはどのようなスタートアップが集まっているのだろうか。
2016年、「研究室から逃げ出したロボット」とワシントン・ポスト紙などが報じ、世界中のヘッドラインをかざったPromobotは情報通信クラスターに属するスタートアップだ。
「研究室から逃げ出したロボット」(YouTube Promobotチャンネルより)
Promobotが開発するのは、ウェイター、コンシェルジュ、ツアーガイドなどさまざまな役割をこなすロボット。同社は、ロシアだけでなく海外市場にも進出。チリやブラジルなどの南米市場のほかに、ブルガリアなど欧州にも事業範囲を拡大している。また、このほど米国でのオフィス開設計画を明らかにしており、海外展開の勢いはとどまるところを知らない。
2017年に開催された大型スタートアップイベントSlushでは、Skolkovoから17社が参加した。そのうちの1社、Market Music Technologyは、AIを使って小売店などシーンごとに最適な音楽を選べるプラットフォームを提供。同じくSlushに参加したSamocat sharingは、電動スクーターのシェアリングプラットフォームを提供している。ロシアのほかに、フィンランドにもオフィスを開設し事業展開中だ。
資金調達に成功し注目されるSkolkovo発スタートアップもいくつかある。バイオメディカルクラスターに所属するData Matrixはこのほど1億6000万ルーブルを調達。国際基準で治験の実施・管理を行えるソフトウェアを開発したとして注目を集めている。
情報通信クラスターのComfortWayは、4億2000万ルーブルを調達。同社が開発するバーチャルSIMカードは、高速モバイルインターネットをローカル価格で利用できる。利用可能国は、ロシア、欧州、中国、インド、タイ、イスラエル、モンテネグロなど世界100カ国以上と非常に幅広い。
エネルギークラスターのGeoSteeting Technologies は、スマート掘削技術を開発し1億2000万ルーブルを調達。資源国家ロシアらしいスタートアップといえるだろう。
このほかには、ブロックチェーン技術を活用した医療データ連携システムを開発するMED.MEやサイバーセキュリティー向けのブロックチェーン技術を開発するGroup-IBなどにも注目が集まっている。
Skolkovoで開催されたカンファレンスの様子
Skolkovoが設立された背景には、ソ連社会主義体制の名残で国民の起業家精神が育っていないという懸念があったようだが、いまも拡張・進化を続けるSkolkovoのコミュニティーを見ていると、目論見通り多くの起業家が育っており、社会にもポジティブな影響を与えている印象だ。
資源中心からイノベーション中心の経済へ、ロシアがどのように移行していくのか注目してみるのもおもしろいかもしれない。
[文] 細谷元(Livit)