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定年まで働き続けなくてもいい? 若者の間で広がる“ミニリタイア”という選択肢

「最近、なんのために頑張っているのかわからない。」そんな感覚を抱いたことはないだろうか。

仕事をする。スキルを磨く。将来のために学び続ける。決して怠けているわけではない。むしろ、多くの人は真面目に努力している。それでもどこかで、「このままずっと走り続けるのか」という疲労感を抱える若者は少なくない。

近年、海外では「adult gap year(大人のギャップイヤー)」や「mini retirement(ミニリタイア)」と呼ばれる動きが広がっている。

大人のギャップイヤーとは、ヨーロッパなどで見られる「進学や就職の前に一定期間を使って旅や経験を積むギャップイヤー」の考え方を、大人のキャリアに応用したものだ。

具体的には、仕事を辞める、長期休暇を取る、数カ月間旅をする、実家に戻る、何もしない時間をつくるなど、その過ごし方はさまざまだ。

一見すると、新しいライフスタイルのようにも見える。しかし、その背景にあるのは「自由な生き方への憧れ」だけではない。むしろ、「このままでは、自分がもたない」という切実な感覚なのかもしれない。

「頑張る理由」より、「止まる理由」が増えている

若い世代は、決して努力をしていないわけではない。むしろ、これまでの世代以上に「努力し続けること」を求められているともいえる。

仕事に加え、副業やスキルアップ、SNSでの情報発信、AI時代を見据えた学習など、若い世代に求められる取り組みは多岐にわたる。仕事だけでなく、キャリア形成や自己発信まで含め、継続的に自分自身をアップデートすることが求められる時代になっている。

さらにSNSを開けば、誰かの昇進報告や転職成功談、起業ストーリーなどが流れてくる。「好きなことで生きる」「自分らしく働く」。そんな言葉さえ、時にはプレッシャーになる。

かつては会社や社会が、ある程度キャリアの道筋を示してくれた。しかし今は、自分自身が自分の人生の経営者であることが求められる。だからこそ今、「頑張れない」のではなく、「人生を最適化し続けることに疲れた」という感覚が広がっているのかもしれない。

海外で広がる“ミニリタイア”

こうしたなかで注目されているのが、「ミニリタイア」という考え方だ。これは、資産形成による早期退職を目指す「FIRE」とは少し異なる。

むしろ、一度仕事を離れる、数カ月休む、旅をする、家族と過ごす、心身を立て直すといった、「人生の途中で意図的に立ち止まる」選択を指すことが多い。

興味深いのは、若い世代は必ずしも「働きたくない」と考えているわけではないことだ。むしろ、「働き続けるために、一度止まりたい」のである。

ここには、「引退」ではなく「回復」というニュアンスがある。そして、この動きが注目されているのは、単に新たな休暇の取り方としてではない。「人生は走り続けるもの」という前提そのものを問い直す動きでもあるからだ。

「学ぶ→働く→引退する」は、まだ機能しているのか

私たちは長い間、「学ぶ→働く→引退する」という一本道の人生を前提にしてきた。若いうちに学び、社会に出て働き、老後にようやく自由な時間を手に入れる。

しかし、そのモデルは今も有効なのだろうか。平均寿命が延び、働く期間も長期化する一方、AIの普及によって仕事の内容も変化し続けている。かつては、「学ぶ期間」と「働く期間」が比較的明確に分かれていた。

しかし現在では、働きながら学び、転職や学び直しを経て、新たな仕事に挑戦するなど、キャリアのあり方は多様化している。人生そのものが、絶え間なくアップデートされるようになりつつある。

その結果、キャリアの変化に一区切りがつくという感覚は持ちにくくなっている。100年近い人生の中で、一度も立ち止まることなく働き続けるという従来の人生設計も、見直す必要があるのかもしれない。

だからこそ、一部の若者は、「引退後に休む」のではなく、「働く人生の途中で休む」という選択肢を模索し始めている。ミニリタイアは、単なる休暇ではない。それは、新しい人生設計の実験ともいえるのだ。

「働かない」のではなく、“生き直したい”

ミニリタイアという言葉を聞くと、「ただ休みたいだけでは?」と思う人もいるかもしれない。しかし実際には、もう少し複雑だ。

多くの若者が求めているのは、「何もしないこと」ではない。むしろ、「立ち止まって考えること」である。今の仕事を続けるのか。どんな人生を送りたいのか。何を大事にしたいのか。そうした問いに対する答えを考える余白が、現代の働き方から失われつつある。

さらに今は、仕事と人生の境界も曖昧になりつつある。仕事は、単なる収入の手段ではなく、「どんな人生を送りたいか」を表現する選択にもなっている。

だからこそ、仕事に違和感を覚えたとき、それは単なる転職の問題では終わらない。「自分は本当にこのままでいいのか」という問いにつながる。

つまり、若者たちが求めているのは「休むこと」だけではない。それは、“働き方を見直すこと”であり、“人生の方向性を確認し直すこと”でもある。だからこそ、一度止まる。それは”逃げ”ではなく、“人生を続けるための再調整”なのかもしれない。

もしかすると今起きているのは、「働きたくない若者」が増えているということではない。むしろ、「何者かになり続けなければならない社会」に対して、一度距離を取ろうとする人が増えているのではないだろうか。

「ずっと走り続ける人生」でなくてもいいのかもしれない

ここで起きているのは、若者のわがままでも、怠慢でもない。むしろ、「変化の激しい現代社会で、人は本当に立ち止まることなく働き続けられるのか」という問いだ。

近年、企業の間で「ウェルビーイング」への関心が高まっているのも、こうした変化と無関係ではないのかもしれない。重要なのは、どれだけ速く走るかではなく、どれだけ長く続けられるかだ。

人生は、本当に一直線である必要があるのだろうか。学び、働き、休み、また学ぶ。そんな循環型の人生設計も、これからは当たり前になっていくのかもしれない。

「定年まで働く」という前提が揺らぐ時代に、私たちはどんな人生の設計図を描くのだろうか。

文:中井 千尋(Livit

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