年率44%成長、106兆円市場へ 物流AI競争が本格化

配達員が足りない、倉庫作業員が集まらない。高齢化による労働人口減少や規制強化などにより、世界の物流網を支える人材が、かつてない規模で枯渇しつつある。この状況の中、注目されているのがAI(人工知能)とロボティクスだ。

物流分野におけるAI市場は2024年時点で約180億ドル(約2兆7,000億円)だったが、2025年には約264億ドル、2034年には約7,078億ドル(約106兆円)に達すると予測されている。年平均成長率は実に44.4%に上り、従来の物流技術とは比較できないスピードで普及が進む。北米が市場全体の42%を占めて首位に立つ一方、アジア太平洋地域が最も速い成長を見せており、グローバルでAI導入競争が激化している状況にある。

AI・ロボティクスの応用が最も期待されているのが、物流業界の長年の課題「ラストマイル配送」だ。マースク(Maersk)の分析によると、ラストマイル配送(配送センターから顧客の玄関先までの最終区間)が総物流コストに占める割合は53%に上る。距離は最も短いにもかかわらず、都市部の交通渋滞、配送失敗による再配達、顧客ごとに異なる時間指定への対応などが重なり、最もコストがかかる工程となっている。

消費者は当日配送や翌日配送を当然と考えるようになり、週末や夕方など柔軟な配送時間を求めるようになった。配送失敗による顧客満足度の低下とコスト増加が、企業にとって経営課題として浮上。実質的にAI・ロボティクスなしでは解決が難しい問題となっている。

一方、AI・ロボティクスの効果がではじめているという事実も、導入を後押ししている。

LeanDNAとWakefield Researchの調査では、経営幹部の92%、サプライチェーンリーダーの100%が「AI主導の洞察が混乱の予測と防止に不可欠」と回答。また、経営幹部の87%、サプライチェーンリーダーの89%が、1~2年以内にプラスのリターンを見込んでいることも明らかになった。

これらはAIがもはや実験段階ではなく、具体的な成果が見える段階に入ったことを示唆する数字であり、この機運は今後さらに高まっていく見込みだ。

ロボティクスの最前線 四足歩行が切り拓く配送革命

AIを活用した物流が理論的可能性から実用化・普及段階に入りつつあることを示す事例も増えている。

この領域で存在感を高めているのが、四足歩行型配送ロボットを開発するスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHチューリッヒ)発のスタートアップRIVR社だ。

RIVR社のロボットは、従来の車輪型配送ロボットの弱点を克服する画期的な設計を採用。最大20キログラムの荷物を搭載可能な容器を背負い、四本の脚部に装着された車輪により平坦な路面では時速15キロメートルで走行する。だが真価を発揮するのは、車輪をロックして脚部として機能させる場面だ。階段の昇降や縁石の乗り越え、悪天候下での不整地走行が可能となり、これまでロボット配送では困難とされてきた「玄関までの最後の100歩」を克服しつつある。

RIVR社の四足歩行ロボット
https://www.rivr.ai/product

同社のマルコ・ブジェロニック 最高経営責任者(CEO)は、AI技術の活用により「日本のような混雑した環境でも理解し対応できる」と強調する。2024年8月には、アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏が率いるBezos Expeditionsを含む投資家から2,200万ドルのシード資金を調達し、技術開発を加速させている。

実用化に向けた動きは急ピッチで進む。チューリッヒでは2025年8月からフードデリバリープラットフォームのJust Eatと提携し、実際の食品配送の試験運用を開始した。最初の1カ月間は現地でエンジニアがサポートし、2カ月目からは遠隔監視のみで自律運用に移行する計画だ。顧客はアプリ通知を受け取り、ロボット背面の40リットル容量のコンパートメントから注文品を受け取る仕組みで、人間の配達員と同様の提供体験を目指す。

RIVR社は、米国での展開も推進する。テキサス州オースティンでは、ギグベースの配送企業Vehoと提携し、メイシーズやルルレモンといった小売企業の商品配送を担っている。人間のドライバーが一つの配送を完了する間に、ロボットが別の荷物を配送車両から玄関先まで運び、顧客の指示に従って荷物を設置、Vehoアプリ経由で配送完了の写真を送信する。現在は1台のみだが、データ収集によりロボットの知能を向上させ、来年までに100台のフリート展開を目指しているという。

日本市場への進出も視野に入る。RIVR社はヤマト運輸との提携協議を進めているほか、ソフトバンクロボティクスとの交渉も進展中だ。人手不足が深刻化する日本の物流・外食産業において、同ロボットがもたらすインパクトは計り知れない。

労働の質的転換 アマゾンの100万台導入で見えた人間の新しい役割

AI・ロボティクスの普及議論では、人間の雇用がどうなるのかという懸念は依然として根強い。しかし実際は、単純な代替ではなく、労働の質的転換が起こっているのが実態だ。アマゾンの事例がそのことを象徴する。

同社は2025年7月、100万台目のロボットを日本のフルフィルメントセンターに配置し、世界300以上の施設でロボット群を稼働させる世界最大のモバイルロボット運用企業となった。新たに導入されたAI基盤モデル「DeepFleet」は、フルフィルメントネットワーク全体でロボットの動きを調整し、移動時間を10%削減することで配送の高速化とコスト削減を実現。最大567キログラムを運搬できるHerculesや、完全自律走行で従業員の周囲を安全に移動するProteusなど、多様なロボットが重労働を担当している。

注目されるのが雇用面での変化だ。アマゾンは2019年以降、70万人以上の従業員に技術研修を提供し、ロボットと連携する新たなスキルを習得させている。2024年末にルイジアナ州シュリーブポートで稼働開始した次世代フルフィルメントセンターでは、高度なロボティクス導入により、安全・保守・エンジニアリング分野の雇用が30%増加した。ロボットは重労働や反復作業を担い、人間は技術的役割や戦略的業務へとシフトしているという。

MITスローン・マネジメント・レビューの研究も興味深い知見を示す。ロボット導入企業では中間管理職が減少する一方、非管理職従業員の総数は増加していることが分かった。ロボットが個々の従業員のパフォーマンス測定を容易にすることで、管理効率が向上し、監督者一人当たりの管理可能人数が増えるためだ。

AI・ロボティクスがもたらす環境面での貢献も見逃せない。ラストマイル配送は都市部における貨物輸送のCO2総排出量の41%を占めており、都市環境に大きな負荷をかけている。

この問題に対し、たとえば流通大手UPSはAI搭載ルート最適化システム「ORION」を投入。年間約1,000万ガロンの燃料を節約し、約10万トンのCO2排出量削減を実現した。一方、ウォルマートもAIルート最適化により、3,000万マイルの不要な走行を削減し、9,400万ポンドのCO2排出を防いだという。さらに英国のオンライン食品小売Ocadoは、機械学習で配送スロットを最適化し、10万注文あたりのCO2排出量を489トンから458トンへと6%削減した。

日本は世界最速で高齢化が進む国であり、同時にロボティクス技術の先進国でもある。人手不足時代の物流モデルを世界に先駆けて示すことができるのか、今後の展開が注目される。

文:細谷 元(Livit