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通信網とAIの融合――リライアンスが描くインド主導の新秩序
世界のAI覇権争いは、もはやソフトウェア企業だけの戦いではない。通信インフラを握る企業が、次世代のAI基盤を制する主役として台頭しつつある。その最前線にいるのが、インド最大のコングロマリット、Reliance Industries(リライアンス・インダストリーズ)だ。
リライアンス社のムケシュ・アンバニ会長が新たに設立したAI企業「Reliance Intelligence」を通じて、国家規模のAI戦略が展開されている。注力するのは、ギガワット規模のAIデータセンターの建設、グローバルパートナーシップを通じたAIソリューション提供、重要セクター(消費者、中小企業、大企業、教育・医療・農業など)向けAIツール提供、そしてAI人材育成の4つの戦略領域。
2025年8月にその一環となるグーグルとの戦略的提携拡大が発表された。この提携で、リライアンス社は、インド西部グジャラート州ジャムナガルに同社専用のAI特化型クラウド拠点を建設する計画だという。
ジャムナガル拠点の最大の特徴は、グーグルの最先端AI技術とリライアンス社の強みを組み合わせる点にある。グーグルは世界トップクラスの次世代AIコンピューティング技術を提供し、リライアンス社は最先端のクラウド施設の設計・建設を担当する。この施設は再生可能エネルギーで稼働し、傘下の通信事業者Jioの全国ネットワークを通じて接続される見込みだ。
この拠点は、グーグルの世界基準と同等のサービスレベルを満たすよう設計されており、最も要求の厳しいAIワークロードにも対応可能とされる。グーグルはここに、生成AIモデル、開発プラットフォーム、AIアプリケーションを展開する。
この提携の狙いは明確だ。あらゆる規模の企業、スタートアップ、開発者、政府機関に対し、高性能でAIファーストのサービスを提供することにある。アンバニ氏は「グーグルのAI能力をジャムナガルに導入することで、世界におけるインドのAIリーダーとしての基盤がさらに強化されるだろう」とその目論見を語っている。
メタ・OpenAIも参戦――インドAI連合構想
リライアンス社は同時に、メタとの合弁事業も推進する構えだ。両社は総額855億ルピー(約1億ドル=約147億円)を共同出資し、リライアンス社が70%、メタが30%の株式を保有する企業向けAI事業を立ち上げる。この合弁事業の提携最終化は2025年第4四半期の完了を目指しており、9月にはEU(欧州連合)からも承認を獲得した。
合弁事業の中核となるのは、メタのオープンソースAIモデル「Llama」を活用した企業向けプラットフォーム。具体的には、企業がカスタマイズ可能な生成AIモデルを展開・管理できる「エンタープライズAI Platform-as-a-Service」などが含まれる。このプラットフォームは、営業・マーケティング、IT開発・運用、カスタマーサービス、財務など幅広い業務領域に対応し、業界や部門に特化した既製ソリューションも展開される見込みだ。
この合弁事業の強みは、メタの技術力とリライアンスの市場浸透力の組み合わせにある。メタはLlamaベースのモデル構築における技術専門知識を提供し、リライアンスはインドの幅広い企業や中小企業へのアクセスを担う。ソリューションはクラウド、オンプレミス、ハイブリッドインフラのいずれでも導入可能。AI導入の総コストを抑えることで、あらゆる規模の企業がAIを活用しやすい環境の整備を推し進める。
さらに注目されるのが、OpenAIとの提携交渉だ。複数の報道によれば、リライアンス社はOpenAIと過去6カ月にわたり協議を重ねており、ChatGPTの配信や企業向けAPIの提供について話し合っているという。
検討されていた選択肢の一つは、リライアンス社の通信子会社JioとOpenAIが連携してChatGPTを配信する案だ。これに関して、OpenAIはChatGPTの月額料金を現行の20ドルから数ドルにまで引き下げる可能性を検討、実際インド向けに月額5ドルのプランが導入されることになった。
また、リライアンス社がOpenAIのモデルを企業顧客にAPI経由で販売することや、インド国内の顧客データを国内に保持できるよう、OpenAIモデルをローカルで運用することも議題に含まれていた。リライアンス社が建設するジャムナガルのデータセンターで、メタとOpenAIのモデルを運用する構想も議論されていたという。
2025年9月の報道では、OpenAIは5,000億ドル規模のスーパーコンピューティングプロジェクト「Stargate」をインドに展開するため、リライアンス社やSify Technologies、Yotta Data Servicesとも協議を実施したとされる。インド政府はOpenAIに対し、5,000億ドルのプロジェクトのうち少なくとも数十億ドルをインドに投資し、データを国内に保存するよう要請しているという。
ソブリンAIで変わる日本市場――中小企業にも開かれるAI基盤
インドのリライアンス社が巨額投資でAI覇権を狙う一方、日本でも同様の動きが加速している。その中心にいるのが、ソフトバンクだ。同社は2025年7月、4,000基以上のNVIDIA Blackwell GPUを搭載したDGX SuperPODを展開し、現時点で世界最大規模のシステムを構築したと発表した。総GPU数は1万基を超え、計算能力は13.7エクサフロップスに達した。
このAI基盤を活用するのが、子会社のSB Intuitionsだ。同社は2024年度に約4,600億パラメータの日本語特化型LLM(大規模言語モデル)を構築し、2025年度末までに700億パラメータの商用モデル「Sarashina mini」の提供を計画している。孫正義CEOは株主総会で「今後10年以内に人工超知能(ASI)の世界的プラットフォームプロバイダーになる」と宣言するなど、リライアンス社と同様の戦略展開を示唆。OpenAIへの250億ドルの投資交渉や、5,000億ドル規模のStargateプロジェクトへの参画を進めており、通信事業者の枠を超えた野心的なAI戦略を展開している。
ソフトバンクのこの取り組みが経済産業省から「クラウドプログラム」として認証され、経済安全保障上の重要リソースに指定されている点は特筆に値する。これは、データやアルゴリズムを国内で管理することで、情報漏洩やプライバシー侵害リスクを低減し、透明性の高いAI運用を目指す「ソブリンAI」の取り組みの一環。データ管理に厳しい日本企業のAI活用を促進する起爆剤になる可能性を秘めている。
実際、ソフトバンクはグループ企業での利用に加え、国内の企業や研究機関にも計算リソースをサービスとして提供する計画だ。これにより、これまで資金面で参入が困難だった中小企業やスタートアップでも、高性能なAIの開発環境にアクセスできるようになる。
国内に大型AIデータセンターが整備されることで、AIスタートアップや新規事業創出の障壁が大幅に低下し、新しいビジネスモデルの創出が期待される。
文:細谷 元(Livit)
