4兆円市場に現れた「実在しない」稼ぎ頭たち

世界のインフルエンサーマーケティング市場が急成長を遂げている。2024年末までに240億ドル規模に達し、2025年には300億ドル(約4兆4,300億円)に拡大する見込みだ。

かつては単なる「トレンド」と捉えられていたインフルエンサーマーケティングだが、市場の成熟化に伴い、マーケティング戦略になくてはならない存在になっている。

なぜブランドはインフルエンサーマーケティングに注力するのか。その答えは明確だ。36%のマーケターが「インフルエンサーコンテンツはブランド企業コンテンツよりも成果が高い」と回答するなど、その効果が実証されつつある。

特に注目されるのが、フォロワー1万人以下のマイクロ/ナノインフルエンサーと呼ばれる層。エンゲージメント率は2.53%と、メガインフルエンサー(100万人以上)の0.92%を大きく上回る。規模よりも「つながりの深さ」がマーケティングキャンペーンの成功率を高める要素になっている。

このインフルエンサーマーケティング市場において、最近話題となっているのが、AIインフルエンサーだ。実に63%のマーケターが2025年にAIをインフルエンサーキャンペーンに活用する計画を立てており、AIインフルエンサーを起用したキャンペーンの拡大が見込まれている。

具体例を見てみよう。スペインのAIインフルエンサー、アイタナ・ロペスは月額最大1万ユーロの広告契約を獲得した経歴を持つ。中国では、バーチャルシンガーのYuriがデビュー後700万回のストリーミング再生を記録。ロイターは、Yuriとザ・ノース・フェイスとのコラボレーションも予定されていると伝えている。最も有名なリル・ミケーラに至っては、270万人以上のフォロワーを抱え、プラダやカルバン・クラインといった高級ブランドとの協業を実現。1投稿あたりの報酬は、約1万ドルに達するとされる。

なお、AIインフルエンサーをめぐる議論では、厳密な分類がなされていない点には留意が必要だ。AIインフルエンサー・バーチャルインフルエンサーは、以下に示すように、制作技術や人格設定によって大きく4つに分類することができる。

・バーチャルインフルエンサー(CGIインフルエンサー)
主に既存のCGI技術を活用し制作された完全架空のデジタルキャラクター。リル・ミケーラ、Immaなどが該当する。

・AIインフルエンサー
主に生成AI技術を用いて制作されたキャラクター。音声AI、画像AI、動画AIを活用しており、喋る、歌う、踊るなどのアクションが可能。Milla Sofia、アイタナ・ロペス、Yuriなどが該当。

・デジタルツイン(クローン)
実在の人物をそっくり模倣し、声や仕草まで再現したAIコピーで、著名人やインフルエンサーのスケール拡張に用いられる。Caryn AI(閉鎖済み)などが該当する。

・VTuber/アバター型
モーションキャプチャや配信者本人の操作によってリアルタイムに動くバーチャル人格。

月1万ユーロvs炎上リスク AIがもたらす光と影

AIインフルエンサーが企業にもたらす最大の利点は、コストと管理の両面に現れる。

人間のインフルエンサー(フォロワー100万人以上)が1キャンペーンあたり1万ドル以上(約147万円)、10万人規模のフォロワーを持つ人間インフルエンサーでも、8,000ドルほどを要求するのに対し、AIインフルエンサーは4,000ドル程度で動画・複数投稿を含むパッケージ制作が可能だ。

さらにAIインフルエンサーが人間よりも高いエンゲージメント率を実現できることも無視できない。実際、中国のEコマースプラットフォームでは、AIホストによるライブ配信を行ったところ、売上が急増したという。

企業が享受できるメリットは効率性だけではない。AIインフルエンサー・バーチャルインフルエンサーは、病欠や契約交渉、スケジュール調整といった人的要因による遅延もない。ブランドメッセージの完全なコントロール、スキャンダルリスクの排除(58%の企業が重視)、多言語対応による拡張性(58%)などでも優位性を持っている。

一方、この新技術には看過できないリスクも潜んでいる。マーケティングの国際業界団体WFAの調査によると、96%の企業が「消費者の信頼と受容」をAIインフルエンサー活用の懸念事項として挙げている。また真正性への疑問(73%)、ブランドレピュテーションリスク(58%)も重要な検討事項として挙げられている。

法・規制リスクも重要な問題だ。米国では69%の消費者が「生成AIに関する規制が不十分」と感じており、特にX世代とベビーブーマー世代では73%に達することが判明。この懸念は米国国会で党派を超えた共通認識になっており、規制強化の動きが強まりつつある。

こうしたリスク懸念を背景に、AIインフルエンサーを試験導入した企業はわずか15(WFA会員のうち)にとどまり、60%は導入計画すらないという状況も浮き彫りになっている。

AIと人間の「いいとこ取り」が生む新戦略

企業が直面する課題の解決策は、AIと人間の強みを組み合わせた「ハイブリッド戦略」にあると言えるだろう。AIインフルエンサーを「人間の代替」ではなく「ツールキットの新たな選択肢」として捉え、それぞれの強みを引き出すことに知恵を絞ることが求められる。

たとえば、短期的なキャンペーンではAIインフルエンサーの即応性と完全なメッセージコントロールを活用し、長期的なブランド構築では人間クリエイターの信頼性と深い感情的つながりを重視するといった具合だ。新製品ローンチ時はAIインフルエンサーで話題性を創出し、その後の継続的なコミュニティ形成は人間クリエイターが担うという役割分担により、マーケティング効果の最大化を狙うことができる。

さらに進化した形態が「デジタルツイン」の活用だ。実在のインフルエンサーが自身のデジタル版を作成し、本人の声やパーソナリティを反映させながら、多言語対応や24時間稼働を実現するというもの。この仕組みはすでに実用化されつつあり、インフルエンサーが1本の動画を制作すれば、そのデジタルツインが各国語でパーソナライズされたコンテンツを展開するといった取り組みが始まっている。

このハイブリッド戦略には、新たなIPマネジメントの枠組みが不可欠となる。知的財産弁護士のエリカ・ロジャース氏は「個人のアイデンティティが市場価値のある商品になった」と指摘。これに伴い、名前、イメージ、肖像(NIL)権の管理が複雑化しているという。

企業が整備すべきガイドラインには、まず使用権の明確化がある。AIインフルエンサーの制作・管理権、人間クリエイターのデジタルツイン使用条件、コンテンツの二次利用範囲などを契約で詳細に規定する必要がある。特に「永続的独占使用権」のような条項は避け、期間・用途・地域を限定するなどの対応が求められる。

次に透明性の確保も重要だ。ほとんどのソーシャルメディアプラットフォームでは、AI生成コンテンツに対する明確な表示が求められるほか、国・地域によっては法律で定められているところも存在する。透明性を担保するルールやガイドラインの作成が必須となる。

最も重要なのは、AIと人間それぞれの価値を最大化する戦略的思考。AIは効率性と拡張性を、人間は信頼性と共感を提供する。この相互補完的な関係を理解し、適切に組み合わせることが、信頼性・透明性を維持しつつ、マーケティング効果を最大化する鍵になるはずだ。

文:細谷 元(Livit