経済や産業の進化に不可欠なBtoB企業に焦点を当て、その強みや社会的価値を可視化することで、ビジネスを紐解く企画「Social Shifter〜進化を加速させる日本のBtoB」。今回取り上げるのは、アルプスアルパイン株式会社だ。

スマートフォンやゲーム機、自動車など、身の回りの多くの製品に不可欠な電子部品の開発から製造、販売までを手掛ける同社。部品メーカーの彼らが今、大胆な変革を遂げようとしている。それは、長年培ってきた“モノ”づくりのノウハウを土台に、新たな“コト”づくり、すなわち「データソリューション」の世界へ踏み出す挑戦だ。

彼らが目指すのは、技術ありきではなく、倉庫や工場などの現場に潜む「見えない課題」をデータで可視化し、解決すること。モノづくりに長けた日本企業がこれまでのノウハウをどう生かし、どのように新しい価値を創造していくべきか。その一つの解を私たちに提示している。

今回は、データソリューション企画部 部長・高井 大輔氏への取材を通じ、新規事業に挑戦する背景や既存技術を生かすヒントを探る。

<企業概要>
アルプスアルパイン株式会社
1948年の創業以来、電子部品や車載情報システムの開発・製造を手がけてきた企業。ロータリースイッチから始まり、現在ではスマートフォンやゲーム機、自動車など、私たちの身の回りの多くの製品に不可欠な部品を提供。長年培ってきたセンシングや通信技術を強みとし、近年では「データソリューションカンパニー」を立ち上げ、BtoB領域における新たな価値創造に挑戦している。

企業公式サイト: https://www.alpsalpine.com/j/

”コト”売りに挑戦する電子部品メーカー。なぜ「データソリューション」に挑むのか?

1948年に創業したアルプスアルパインは、ロータリースイッチを最初の製品として世の中に送り出して以降、電子機器や自動車などの進化に合わせ、スマートフォンや自動車のタッチパネルなど、多様な製品を開発してきた。

彼らの製品は、目には見えないが、私たちの暮らしを支える“縁の下の力持ち”だ。その企業がなぜ今、‘‘コト“売りに挑戦する「データソリューション」というビジネスに取り組み始めたのか。その答えは、彼らが長年向き合ってきた「現場」にあった。

「私たちは車やスマートフォンのメーカーではないため、つくった製品を直接エンドユーザーに届ける機会は少なかったです。ただ、倉庫や工場などの現場には、既存の技術で解決できる課題がたくさんあると思ったのです。現場と直接やり取りすることで、我々の技術・知見が生かせると考えました」

特に物流や製造の現場は、日本が直面する社会課題の縮図ともいえる。少子高齢化による労働人口の減少、熟練技術者の引退によるノウハウの喪失、そして属人化──。これらの課題は、生産性や安全性の低下を招くだけでなく、働く人々の負担を増大させ、業界の未来を危うくしている。

「日本の物流・製造現場では、いまだに手書きの伝票や熟練者の感覚に頼る部分が多く、アナログな部分が残っています。我々はそこに、これまでの開発力で培ってきたデジタル技術を投入することで、非効率を解消し、より持続可能な社会づくりに貢献したいと考えました。ただし、それは単にセンサーや通信機を導入すれば解決するものではありません。まず、『現場の人が何に困っているのか』『何が課題なのか』を徹底的に掘り下げる必要があるんです」

この姿勢は、彼らの新規事業の根幹が技術ではなく、あくまでも課題起点であることを示している。自社の技術をどう生かすかではなく、いかにして現場の困りごとを解決するか。そのため、自社の技術に固執せず、必要に応じて他社のセンサーやソリューションも取り入れる。この「現場ファースト」な姿勢こそが、彼らのソリューションの軸となっている。

「だから私たちは既存の事業部とは完全に分かれ、新規事業として独立した部隊で活動しています。社内の技術や製品を生かすより、現場の課題を解決することがメインミッションなのです。たとえ社内のデバイスでなくとも、他社のセンサーを使えば解決できるなら、それを選ぶ。既存事業に固執せず、お客様にとって最も良いソリューションを提供するためです」

「見える化」で現場の課題を解決し、コスト削減や働き方改革に貢献

では、具体的にアルプスアルパインは、どのようなデータソリューションを提供しているのか。彼らが手掛けるのは、現場で当たり前すぎて見過ごされがちな、しかし大きな損失を生んでいる見えない課題を「見える化」で解決することだ。

例えば物流業界における深刻な課題の一つに「パレットやカゴ車の紛失」がある。

「運送効率を上げるために、倉庫内で使用されるパレットやカゴ車には、管理できていないコストがかかっています。しかし、どこで何台使われているのかが分からず、不足時でも回収できなかったり、コストの増加につながったりしていました。現場の人も『いつか戻ってくるだろう』と諦めてしまうことが多かったのです」

この“見えない課題”に対し、同社はパレットやカゴ車に小さなトラッカーを取り付けることで、その位置情報や動きを遠隔で把握できるようにした。

可視化ダッシュボード

「トラッカーを取り付けることで、どこに何があるかが遠隔で把握でき、紛失を防ぐだけでなく、運送計画を効率的に見直すことも可能になります。これまで熟練者の感覚や経験に頼っていた手配業務が、データに基づく合理的な判断に変わっていくのです。単なる位置情報の可視化ではなく、オペレーションの改善やコストの削減という『成果』にもつながっています」

このソリューションは、パレットやカゴ車の紛失という課題を解決するだけでなく、物流全体の効率を上げ、CO2排出量の削減にも貢献する。物流という社会インフラの課題に、データとテクノロジーの力でアプローチしているのだ。

また、高井氏は製造現場における「働き方」に関する課題の解決事例も挙げる。

「夏場の工場作業では熱中症が大きな問題です。そこで、作業者の体調を測るデバイスと通信機を組み合わせることで、体調の異変をリアルタイムで検知し、管理者に通知が届く仕組みを構築しました。これにより、適切な休憩を促せるようになり、実際にこのソリューションを導入したお客様からは、昨年数件発生していた熱中症が今年はゼロだったというお声もいただきました」

さらにこの事例は、単に熱中症を予防するだけに留まらない、と高井氏は補足する。

「熱中症がゼロになったという結果も素晴らしいのですが、このソリューションの本質は、『休憩がきちんと取れているか』という、これまで見えなかった現場の実態を可視化したことです。作業者も管理者も、それぞれが現場を良くしたいと思っているのに、両者の間で情報が分断されてしまう。我々のソリューションは、データというエビデンスでその断絶をつなぎ、両者が協働して改善に取り組むきっかけを生んでいるのです」

データは、人と人の間に生まれるコミュニケーションギャップを埋め、信頼関係を築くツールになる。これこそ、技術ドリブンでは辿り着けない、「人間中心(ヒューマンセントリック)」のアプローチだと言える。

「ベンチャースピリット」で現場からモノづくりを変える

アルプスアルパインでは、創業以来受け継がれてきた「まずやってみる」という文化も、大胆な変革を後押ししている。新規事業のアイデアは、現場の課題を肌で感じている営業担当者からの提案がきっかけになることもあれば、社内公募制度を通じて、社員自身が解決したい社会課題をテーマに事業化されることもあるという。

社員一人ひとりの自律的な挑戦を促す仕組みが、アルプスアルパインの変革を支えている。

「大企業だと、新規事業を始めるには多くの承認プロセスを経なければならないと思われがちですが、我々は比較的柔軟に動けています。これも、『現場の課題を解決する』という大義が明確だからです。もちろん、失敗した事例も少なくないですが、その学びを次につなげていく文化が根付いている。このスピード感と柔軟性は、ベンチャー企業にも劣らないと自負しています」

言わば、この「ベンチャースピリット」こそ、既存の事業に安住することなく、常に新しい価値を追求し続けるアルプスアルパインの姿勢を象徴している。

最後に、彼らのデータソリューション事業が目指す未来は、どこにあるのか。高井氏は、個別の現場課題を解決した先に、より大きなビジョンを描いている。

「最終的には、労働人口の減少やCO2削減といった、社会課題そのものにアプローチしていきたいと考えています。我々の技術を生かし、物流や製造現場の効率を高め、社会全体の最適化に貢献していきたい。その過程に、人と人、部署と部署の連携を強めるような、ヒューマンセントリックなソリューションが必要になると思っています」

アルプスアルパインが新しく掲げた「人の感性に寄り添うテクノロジーで未来をつくる」というビジョンにも、その思想は色濃く反映されている。データソリューション事業のコアである「センシング技術」で人の状態や現場の状況を見える化し、人間らしい働き方や、より良い現場環境を実現していく。それは、単に効率を追求するのではなく、働く一人ひとりの心身の健康や、現場のチームワークを育むことにもつながっていくのだ。

かつては、世界を席巻した日本のモノづくり。その強みは、高い技術力だけでなく、現場の知恵や熟練の技、そしてそこで働く人々の情熱に支えられてきた。しかし、その強みが「属人化」という課題を生み、デジタル化の波に乗り遅れる要因とも指摘されてきた。

アルプスアルパインの挑戦は、まさにこの課題に正面から向き合うものだ。データやテクノロジーというツールを使い、現場に潜む「見えない課題」を照らし、そこで働く人々の未来を明るくする。日本のモノづくりは再び現場から、そして人から、革新を始めるのかもしれない。

取材・文:吉田 裕基
写真:水戸 孝造