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2005年8月24日、東京・秋葉原と茨城県の筑波研究学園都市を最速45分で結ぶ「つくばエクスプレス(以下、TX)」が開業した。沿線では、「まちづくりと鉄道整備の一体的推進」をコンセプトに、1都3県、全長58.3キロの区間を最高速度130km/h、最速45分間で結ぶ鉄道の整備と、約3,300ヘクタールに及ぶ沿線開発が一体的に推進された。かつては首都圏からのアクセスの悪さが致命的な課題となり、「陸の孤島」と呼ばれていたこの地域も、TXの開業によってその状況が一変。開業から20年で一日平均乗車人数は倍増となる40万人以上、沿線人口も23%以上増加するなど、首都圏北東部の新たな交通軸として定着するだけでなく、地域経済と都市開発にも多大な影響を及ぼしている。
2025年7月31日、つくば市内で「つくばエクスプレス長期ビジョン2050発表記者会見」が開かれ、開業20周年を迎えるこのタイミングで、鉄道としての進化だけでなく、これからの地域との関わり方、そして未来のまちづくりへの姿勢が語られた。本記事では、会見で明かされた長期ビジョンの要点も織り交えながら、TXが歩んできた20年と、これからの展望に迫る。
TX誕生の背景~国策が生んだ「鉄道×都市開発」の融合モデル~
1970年に制定された特別な法律に基づき、東京一極集中の是正と高水準の研究・教育拠点の形成を目的に、東京の北東約60キロに位置する茨城県南部に筑波研究学園都市が建設された。
1980年代には首都圏の住宅不足と、常磐線をはじめとする既存鉄道の深刻な混雑が社会問題化。このような背景から「第二常磐線構想」が発表され、1985年に「常磐新線」(のちのTX)は「緊急に整備すべき路線」として国の運輸政策審議会答申に位置付けられた。
こうして常磐新線は、
・首都圏北東部地域への交通体系の整備
・常磐線の混雑緩和
・首都圏における大量かつ優良な宅地供給の促進
・沿線地域における産業基盤の整備と業務核都市の形成
という4つの目的のもと、整備された。
また、その鉄道整備は、1989年に成立した「大都市地域における宅地開発および鉄道整備の一体的推進に関する特別措置法(通称:一体化法)」に基づき、宅地開発と一体的に推進されることとなった。1991年には、鉄道を整備・運営する主体として、首都圏新都市鉄道株式会社が設立。その後、第一種鉄道免許の取得、全線の起工式、事業計画の見直し、運賃認可等を経て、2005年8月、秋葉原〜つくば間の全線が一斉開業した。

経済視点から見る20年の成果~鉄道が生んだ「住みたい沿線」のブランド価値~
沿線地域では都市開発が進み、企業や商業施設の進出、住宅開発が促進された。開業前の2005年、沿線人口は約201万人だったが、2025年4月1日現在、約248万人へと23%以上増加。特に千葉県流山市は、2016年以降6年連続で全国の市区町村の中で人口増加率1位を獲得(出典:総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数」)し、茨城県つくば市も2023年には人口増加率全国1位に輝いた。これは、都心まで45分というアクセスの良さに加え、比較的手の届きやすい住環境が整備されたことで、沿線地域が都心からの通勤可能地域として注目され始めたことを意味している。
また、全駅にエレベーターとエスカレーターを設置したバリアフリー化やホームドアの完備、乗り入れ路線がないことによる遅延の少なさ、駅と直結した複合商業施設の充実さ、「日本百名山」にも選ばれた筑波山を始めとする自然環境の豊富さなどが、路線価値の向上にもつながっている。東洋経済が公表した「住みよさランキング2024」では、総合評価第8位に「つくば市(茨城県)」がランクインしている。
また、「流山おおたかの森駅」など3つのTX停車駅を擁する流山市は、駅を起点とした「送迎保育ステーション」の設置や保育園の整備、保育士確保のための家賃補助・給与補填などの子育て支援を充実させ、子育て世代の移住を後押ししている。
日経リサーチが2024年6月に約3万人の生活者を対象に、首都圏の主要鉄道路線の駅の利用実態を調査した「施設と駅のセンサス」駅編の結果によると、「子育てしやすそうな首都圏主要路線ランキング」第1位にTXが選ばれるまでになった。
こういった沿線開発の進展は土地や建物の評価額上昇にも寄与している。人口増加による住宅需要の拡大、新たな商業施設や企業の進出による不動産開発の活発化が沿線地価を押し上げたことにより、2022年の流山市の固定資産税収は83%増、つくばみらい市は76%増と、都市の豊かさを裏付ける数値が並ぶ。

地域社会と共に歩んだ街づくり~「共創」が織りなす地域の力~
TXの真価は、単なる交通インフラではなく、地域と共に歩む「共創」の姿勢にある。ここではその取り組み事例を紹介したい。
①TX高架下に子育て支援施設や学童を開所/八潮市、流山市
沿線に住む共働きや子育て世代のニーズに応えて、埼玉県八潮市では連携事業第1弾として2016年10月、TX高架下に「やしお子育てほっとステーション」を開設。2018年には、八潮市で初となる民設民営の学童保育所「ちくみキッズクラブ」をTX高架下に開所し、近隣の小学校に通う1年生から6年生までの児童60名(定員)を受け入れている。駅に近いという利便性から、その後開所した「ちくみキッズクラブ第2」と合わせて一日100人前後、年間約3万人が利用し、最近では週末の利用者も増えているという。
また、流山市では、2021年にTX高架下を利用した児童館「流山市おおたかの森児童センター」を開所。2022年には、流山おおたかの森駅周辺の児童数の増加に伴い、定員160名という学区内最大級の公設放課後学童クラブ「小山小学校区第5おおたかの森ルーム」を開設した。高架下の有効活用を通じた、地域の課題解決に期待がかかる。

②産学官連携の取り組み
視覚・聴覚障害者にとっても安心して移動できる鉄道を目指し、筑波技術大学からバリアフリーに関するアドバイスを受けたことをきっかけに、継続的な改善を推進するための協定を締結した。これまでに、視覚障害者向けナビゲーションシステム「shikAI(シカイ)」や、聴覚障害者向けの「手話CG案内」の導入・実証実験等の連携実績がある。

また「柏の葉キャンパス駅」では、大学や企業、自治体が連携してアーバンデザインセンターを設立し、全国をリードするまちづくりを展開。つくば市ではスーパーシティ型国家戦略特区の指定を受け、先端技術を活用して人々の暮らしの選択肢を増やす規制改革と社会実装に取り組んでいる。
③観光資源を活用したツーリズム
日本百名山のなかで最も標高の低い(標高877m)筑波山は登山初心者にも人気があり、TXの開業により、首都圏からのアクセスの良さから多くの登山・観光客が訪れるようになった。TXでは1枚のきっぷで電車やバス、ケーブルカーやロープウェイに乗車できる「筑波山きっぷ」を販売しており、TXを利用してスムーズに筑波山を登山できることも魅力の1つとなっている。

次の25年へ。TXの挑戦と展望~「進化する鉄道」が描く、未来の沿線と街
開業20年となる節目の今年。TXは2050年に向けた事業戦略「長期ビジョン 2050 TX共創フロンティア」を発表した。策定にあたっては、沿線の自治体、企業等との意見交換会を実施したうえでその意見を反映したという。
7月31日におこなわれた記者会見には、TXを運営する首都圏新都市鉄道株式会社の渡邊良代表取締役社長が登壇。2050年に目指す姿として、20駅の鉄道ネットワークを基盤に人・街・知をつなぎ、沿線価値を共創する「TXコラボリング」をキーワードに据えた。
鉄道インフラ(最高水準の鉄道輸送・サービスの追求)、地域とのつながり(選ばれ続ける沿線へ)、経営基盤(社員が輝き、地域から信頼される会社へ)の3つの基本方針を策定し、事業区分と取り組みの方向性を発表した。今後は沿線の個性豊かな魅力を生かし、有機的な連携によりTX共創フロンティアの深化を図り、次世代のまちづくりの実現を目指すとしている。

特に鉄道サービスの向上という項目で、各メディアから質問が相次いだのが、沿線自治体からも要望の声が高い秋葉原駅~東京駅間の延伸計画だ。今回の長期ビジョンの項目でも触れられており、渡邊社長は「現時点では何も決まっていないが、国の交通政策審議会の答申の中に盛り込まれており、延伸による社会経済的意義の知見を高める意味でも今秋以降に民間機関に調査を依頼する予定」と説明した。
一方、茨城県が検討中のつくば駅~土浦駅間の延伸については「現時点でコメントする立場にない」と述べるにとどめた。
また混雑緩和を目的とする8両編成化(現在は6両編成)については、「地下の路線における機材搬入方法や騒音問題などクリアするべき課題は多いが、2030年代前半の共用開始を目指す」と回答した。

TXは、特別な法律に基づき宅地開発と一体的に整備された国内初、そして現時点では唯一の鉄道であり、社会にその成果をもたらしてきた。地域開発はさらに注目されていくはずだ。
長期ビジョンの策定において、各都県で開催された意見交換会では、沿線の自治体、企業、関係機関等が参加して活発な議論が交わされ、渡邊社長は「沿線の方々がTX沿線に誇りを持ってつながろうとしていると実感した」と地域の熱を感じ取ったという。「我々は場の提供や広報としての事務局的な役割を担っている。こちらから押し付けるのでなはく、利用者・地域・自治体それぞれが目指すものをサポートしていきたい」と社会貢献を約束した。
文:小笠原 大介