2025年7月17日、女子バスケットボールチーム「SMBC TOKYO SOLUA(ソルーア)」の新体制発表会が開催された。発表されたのは、Wリーグ(2025-26シーズン)への参入に向けたチームの新体制だけでなく、女性アスリートが競技と仕事を両立できる社会の実現に向けた「SOLUACTION!(ソルーアクション)プロジェクト」の始動だ。

このプロジェクトは、現役中のみならず現役を引退した後も、女性アスリートが輝き続けるための新たなキャリアモデルの構築を目指す。

三井住友銀行(以下、SMBC)が競技と仕事の間にある “見えない壁”とどのように向き合い、社会の意識変革に挑もうとしているか、発表会の内容と登壇者への取材をもとに深掘りしていく。

「SMBC TOKYO SOLUA」の新体制発表会の様子

“両立できない”が当たり前だった現実。数字が語る女性アスリートの課題

発表会の冒頭ではSMBC 頭取CEOの福留朗裕氏が、企業スポーツの意義と単なる勝利至上主義ではない、社会貢献への強い意志を語った。

「私自身、3年以上トヨタ自動車にお世話になりましたが、そこで企業スポーツとして自社の運動部の活躍を応援することの素晴らしさや、選手たちの戦う姿がファンの皆さんに与える感動を目の当たりにしました。また、自社で応援できるチームを持っていることを大変誇らしく感じたものです。今回、せっかくの機会をいただいて挑戦するからには、社員はもちろん、ファンの皆様に愛され、応援されるチームになってほしいと思っていますし、そのために経営としてのサポートは惜しまないつもりです。しかし、実際に社員やファンの皆様にそう感じていただくためにはバスケで強いだけでなく女子スポーツの発展に寄与し、社会に貢献できるチームでなければいけないと思っています」

三井住友銀行 頭取CEO 福留朗裕氏

このように女子スポーツの発展に対する強い意志を語る背景には、女性アスリートを取り巻く環境に、長らく見過ごされてきた深刻な課題が存在するためだ。SMBCが今回、発表会の中で紹介したデータは、その実態を数字で明確に示した。

まず、女子学生アスリートの多くが「競技を続ける未来」を描けていないという事実が明らかになった。具体的には、「就職後もプロ・社会人アスリートとして続ける予定」と回答した女性アスリートはわずか1%に過ぎない。これは男性の10%と比較しても圧倒的に低い数字であり、女子学生アスリートにとって「スポーツ=部活で終わり」という固定観念があることがうかがわれる。

三井住友銀行の調査結果による「競技を続ける未来」についての回答

さらに、学生アスリートの競技を継続する予定がある人の割合も、男性の33.0%に対して女性は21.0%と低い傾向にある。引退理由としては、「収入やキャリアが心配」(70.1%)、「仕事と競技の両立のイメージが湧かない」(82.8%)と挙げる人が多くなっており、単に競技力の問題だけでなく、社会人としての生活設計や将来への不安が、女性アスリートのキャリア選択に大きな影響を与えていることを示唆している。

また、女性特有のライフイベントも、競技継続の大きな壁となっている。調査では、女子学生アスリートの81%が「結婚・出産・育児との両立が困難」と回答。他にも女子学生アスリートのうち75%が、「周囲の反対」で社会人の競技継続を断念している。こうした、ライフステージの変化がアスリートとしてのキャリアを終わらせてしまう大きな要因の一つであることが分かる。

しかし、希望もある。同調査で、女子学生アスリートの91%が「競技と仕事の両立はかっこいい」と感じているという結果も出たのだ。多くの女子学生アスリートが「両立」への強い憧れを抱いていることを示しており、そうした思いに対して社会が応えていく必要性が感じられる。

アスリートが語る“競技と仕事の両立”に対する「本音」

こうした調査結果を聞き、アスリートはどう思うのか。

発表会のスペシャルトークショーでは、出産を経て現役復帰した、女子100mハードル元日本記録保持者の寺田明日香氏、男子400mハードル日本記録を保持する元陸上競技選手の為末大氏、そしてSOLUAの現役選手であり、SMBCの社員でもある平田彩乃氏が、本音を語った。

左から、三井住友銀行 社会的価値創造推進部長 髙市邦仁氏、女子100mハードル元日本記録保持者 陸上選手 寺田明日香氏、男子400mハードル日本記録保持者 元陸上選手 為末大氏、三井住友銀行 社会的価値創造推進部 SOLUA選手代表 平田彩乃氏

まず寺田氏は、結婚・出産・育児を理由に競技継続を断念するデータに触れ、周囲からの無言のプレッシャーやアスリートとしてのキャリアをイメージしにくいことが、女性アスリートを引退に追い込む要因となっていると話す。

「私自身は、積極的にアスリート人生を突っ走ってきた人間なんですけど、周囲の仲間たちを見ると、いろいろな節目でスポーツから離れてしまった人がたくさんいました。彼女たちを見ていると、競技か、仕事か、結婚か、何か一つを選ばなければいけないという自分自身や周囲の固定観念に苦しめられているように感じました。特に、周囲からの影響はすごく大きいと思います。それは直接、届く声もあれば、同調圧力のような空気感もありますよね。こうした影響が知らず知らずのうちに『子育てや仕事で周囲を頼っちゃいけない』『自分一人で頑張らなきゃいけない』みたいな思いにつながってしまい、やっぱり一人ではできないから一つのことだけやろう、競技は諦めようという方向に向いてしまうんだと思います」

為末氏は、女子学生アスリートがプロ・社会人アスリートを目指す割合が少ないデータを見て「ロールモデルの不在」が、未来への選択肢を狭めている可能性を指摘する。

「少ないなって印象はありましたけど、男性と女性でこんなに大きな開きがあるのは、ショックですね。やっぱり、学生のときに考えるのって、競技を続ける道に行くと幸せになれるのかってことですよね。現役時代ってそんなに長くないから、もっと長期的に見たときに、例えば『将来結婚したいな』とか『子ども欲しいな』とか、そういうことも考えながら未来をイメージするためのロールモデルが圧倒的に少ないんだと思います。学生は特に大人とのつながりも少なくて、得られる情報も限られているからこそ、いろいろな選択肢があることを早いうちから示してあげられると良いですよね」

現在進行形で競技と仕事を両立している平田氏は、当事者としてのリアルな声も聞かせてくれた。

「私は大学時代までバスケに打ち込んだ後、正直に言うと就職する気しかなかったんです。というのも、アスリートとして生きていけるのは、ほんの一握りなんだろうと思ったから。その先の人生を考えると就職した方が自分にとってプラスになると思ったからです。そしてSMBCに入ったのですが、今回、たまたま所属していたSMBCのバスケットボール部がSOLUAとしてWリーグに参入することとなり、日本トップのリーグに挑戦する機会を得ることができました」

一方で、発表会終了後の取材では「プレッシャーも感じる」と話す。仕事と競技を両立しながら、なおかつ、トップチームと対戦することは肉体的・時間的な厳しさがあると吐露した。

「仕事でも覚えること、やることは多く、時間が足りないという感覚があります。終業後はコートに移動し、デスクワークで体が固まっている状態から練習しなきゃいけない。体のギャップも大きいなと感じます。それに、練習後のリカバリーの時間も十分に取れるわけではない。こうした肉体的・時間的な制限はありますが、だからこその挑戦ですし、自分自身が成長するチャンスだと捉えています」

今回の挑戦に立ちはだかる壁を感じながらも、若いアスリートに新たな選択肢があることを知ってもらいたいと、希望をのぞかせる。

「私たちのようなキャリアモデルがあると知るだけで、将来の選択の幅が広がりますし、女性学生アスリートの希望の一つになれたらこんなにやりがいのあることはないですよね。こうした選択肢があることを、中学生や高校生など、将来を考えていく早い段階で本人や保護者の方に知ってもらう機会も積極的につくっていきたいと思います」

引退後のキャリアも見据えて支援を。「SOLUACTION!プロジェクト」が確立する、新たなキャリアモデル

これらの課題とアスリートたちの本音を踏まえ、SMBCが打ち出したのが「SOLUACTION!プロジェクト」だ。同プロジェクトはSOLUAの選手に限らず女性アスリートのキャリアを支援し、社会に新たな価値を提示することを目指している。

プロジェクトの核となるのは、SOLUA選手が現役時代からWリーグでの活躍に加え、将来のキャリア形成に向けて仕事にも積極的に取り組み、引退後もSMBCグループで活躍できるキャリアモデルの確立だ。これにより、アスリートが引退後のキャリアに不安を抱えることなく、競技に集中できる環境が整う。

さらに将来的には、SOLUAに所属する選手だけでなく、競技継続やセカンドキャリアに悩む女性アスリート全般を支援対象とし、より広範な社会課題の解決に貢献する。

その第一歩として、今回発表した、女性アスリートのキャリアに対する調査を実施。調査結果は、東京都や岡山県などの屋外広告に掲出された。そして今後も調査して終わりではなく世の中に新たな働き方と生き方の選択肢を問いかけていく。

渋谷駅で展開された壁面広告

SMBCの髙市邦仁氏は、プロジェクト発足の背景について、個別取材で改めて次のように語った。

「SMBCでは現中期経営計画の柱の一つとして『社会的価値の創造』を経営の柱の一つに掲げています。そんな中、SOLUAがWリーグに参入するタイミングで、スポーツの特徴を生かして社会課題の解決にもつなげられないかと考えて発足したのが、今回のプロジェクトです。スポーツとひも付けて社会課題を見ていくと、調査結果でもお伝えした通り、女性アスリートの競技継続に大きな課題があることが分かりました。われわれとして、この課題に焦点を当てて何かやれることはないかと考え、新しいキャリアモデルを確立し、プロジェクトを起点にそれを世の中に発信することで女性の前向きなアクションにつなげたいと思いました。そして、考えに賛同していただいたアディダスジャパンさんがパートナーになり、このプロジェクトが実現しました」

三井住友銀行 社会的価値創造推進部長 髙市邦仁氏による発表会の様子

髙市氏が話すように、「SOLUACTION!プロジェクト」には、グローバルスポーツブランドであるアディダス ジャパンもパートナー企業として賛同している。SOLUAの公式ユニフォームの提供だけでなく、アディダスが支援するマルチスポーツと連携するほか、SMBCが手がける子どもの学びと体験の拠点「アトリエ・バンライ」などとも連携しながら、若いうちから競技とキャリアの両立について具体的なイメージを持てる機会を提供していくという。

また、アディダス ジャパン 営業統括本部の大関秀規氏は、発表会で次のようにメッセージを寄せた。

「『SOLUACTION!プロジェクト』が取り組む課題は、アディダスが身を置くスポーツ界にとって、真摯に取り組むべきことだと感じます。私たちは、スポーツには人生を変える力があるという企業理念を掲げながら、スポーツの持つ無限の可能性を信じています。そのスポーツがキャリアの充実に不可欠となるよう、選手の皆様をサポートしながら、持っているコンテンツを最大限活用してプロジェクトを前に進めていきます」

アディダス ジャパン 営業統括本部 大関秀規氏

このプロジェクトを実現するためにSMBCでは、選手に対する具体的なサポート体制も構築している。日中の業務や研修をしっかりと行いつつ、夕方以降の限られた時間で効果的に練習できる環境を整備。さらに、仕事とバスケ双方に生き生きと取り組めるよう、メンタルケアを含めた環境整備も進めているという。

「基本的に定時まで仕事を行い、夕方から練習を始めるというルーティンを確立します。人によっては練習後にトレーニングをしたり、オフに充てたりします。シーズン中は土日に試合がありますので、その分、月曜日や火曜日の仕事を休みにし、そこから働いて練習するというルーティンに戻っていきます。もちろん、こうした体制は選手と一緒に業務をしているメンバーの方々にも理解してもらっています。加えて大事なのが、理解だけでなく、応援してもらうこと。選手だけが頑張るのではなく、選手ではない社内のメンバーも意識をそろえ、まさに会社が一丸となってこのプロジェクトをサポートするようになる、そんな状態を目指します」

さらに、現役だけでなく競技引退後のキャリアを見据え、個々の適性に応じたキャリアパスの提供なども支援する。

「競技をやめた後、仕事でも望んだキャリアを実現できるように、現役中から自分はどんな業務に向いているのかを考えるため、さまざまな業務を経験する機会を設けています。加えて、引退後のキャリアを考えるきっかけになるような研修を充実させることで、選手のキャリア支援を行っていく方針です」

「競技と仕事の両立はかっこいい」を現実に。SMBCが描く、スポーツを通じた社会貢献

発表会後の個別取材にて福留氏は、今回の取り組みがSMBCにとってどのような意味合いを持つかという問いに対し、「みんなで自社のチームを応援することによる一体感を生み出したい」と話す。

「自分が好きなチームを応援するのとは違い、日頃一緒に働く仲間を応援するというのは格別の体験です。ぜひこの特別な体験を通して、社員には一体感を味わってほしいと強く願っています。一つのチームを応援することで生まれる一体感、それが社内エンゲージメントにもつながると考えています。それに、われわれの基本方針として『社会的価値の創造』を掲げているわけですが、それを形にするときの媒体が欲しいと思っていました。媒体があると、それを通して『こんなことをやってみたい』『こんなことを発信したい』というアイデアが出てくるんです。まずは社員のエンゲージメントを大事にして、加えてスポーツを媒体としても活用することで、社会的価値の創造につながるアイデアが社内から集まってほしいと思います」

髙市氏も、今回の取り組みを通して「日本の女性アスリートの未来にポジティブな影響を与えたい」と希望を語る。

「SOLUAのスタートはこれからです。選手もそうですし、これからSMBCに入ってくる学生の方などいろいろな人との対話を通じ、プロジェクトをアップデートさせていきたいです。そして、プロジェクトを通じて新たなキャリアモデルを直接、世の中に発信するのはもちろん、この取り組みを起点にキャリアを前向きに考えたり、『競技と仕事の両立はかっこいい』を体現したりする女性アスリートが増えてほしいと思います」

女性アスリートが抱える長年の課題に真摯に向き合い、新たなキャリアモデルを社会に提示することで、より多様な生き方・働き方が選択できる未来を創造しようとする、SMBC。

SOLUAという名前はポルトガル語で太陽を意味する 「SOL」と月を意味する「LUA」を合わせた造語だといい、仕事と競技の両立を願う女性アスリートたちの光になりたいという思いが込められている。そんな光のように輝く選手たちの姿は、きっと多くの人々に勇気を与え、社会全体にポジティブな変化をもたらすだろう。SMBC TOKYO SOLUAの今後の活躍に、ぜひ注目したい。

取材・文:吉田祐基
写真:水戸孝造