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世界最大級のクリエイティブ・フェスティバルである「Cannes Lions International Festival of Creativity 2025」が、6月16日から20日まで、フランス・カンヌで開催された。AI技術の進展、感情を軸とした広告表現、そして創造性における多様性など、多面的な変化が凝縮された本年のCannesでは、広告の未来を占ううえで注目すべき6つのトレンドが浮き彫りになった。
本稿は、WPP傘下のグローバル・マーケティング企業VMLによる公式レポート「Cannes Lions 2025: Key Trends」をもとに構成している。
1.AIと人間性の融合──創造を拡張するテクノロジーと“手ざわり”
AIの進化と普及は、広告制作のプロセスに大きな変化をもたらしている。アイデアの具現化にかかる時間的・技術的なコストが劇的に下がり、誰もが創造性を発揮できる時代が到来した。一方で、多くのセッションでは「人間の感性」や「感情の設計」が、依然としてブランド表現の核心であることが再確認された。
代表的な事例として挙げられるのが、Telstraによるキャンペーン「Better on a Better Network」である。全26本に及ぶ15秒のストップモーション動画を制作し、Film Craft部門のグランプリを受賞。AIを活用した効率的な制作と、職人的な演出の両立によって、人間的な温かみを備えた広告が実現された。
また、AIの進化によって生産の摩擦は減少しているが、それをどう活用するかという視点は依然として人間に委ねられている。AppleやVMLなど複数の企業は、マーケティングの本質を「人の心を動かすこと」と再定義し、AIはそのための補助ツールであるという立場を明確にしている。
2.感情を揺さぶるストーリーテリング──共感を生む“設計力”がブランドを動かす
生成AIが広告表現の手段として定着する一方で、「どのように感じてもらうか」という設計力に注目が集まっている。感情に訴えるコンテンツこそが、ブランドと生活者の間に強い結びつきを生むという認識が広がっているのだ。
FCB Chicagoが手がけた「Caption with Intention」は、Brand Experience & Activation部門でグランプリを受賞。聴覚障がい者向けの字幕体験を再設計し、感情やトーンを視覚的に伝える工夫が評価された。この取り組みは、機能ではなく感情に焦点を当てることで、広告の本質的価値を提示した好例といえる。
また、Unileverは「Desire at Scale(欲求の大量設計)」という戦略を打ち出し、単なるニーズ充足ではなく、情緒的欲求に応える広告設計へと舵を切った。ブランドが人々に対して「欲しいと思わせる」ストーリーを描けるか、それこそが競争力の源泉となっている。
3.クリエイターの台頭──ブランドの共創パートナーとしての進化
Cannes Lions 2025では、クリエイターが広告・文化の中心的存在として明確に位置づけられていた。YouTubeやTikTokなどのプラットフォームが牽引するかたちで、クリエイターは“媒体”ではなく“創造の主体”としてブランド戦略に組み込まれ始めている。
YouTubeのCEO Neal Mohan氏は、The Sidemenのような大規模ファンベースを持つクリエイターが、ジャンルの枠を越えた文化現象を生み出していると指摘した。また、MetaやTikTokでは、Creator Marketplaceなどを通じてブランドとクリエイターの協業を加速させており、CTR(クリック率)50%以上の改善効果を示すケースもある。
重要なのは、クリエイターに一定の自由度を与えること。企業が過度に干渉すると、視聴者は違和感を敏感に察知する傾向が強く、共感の獲得に逆効果となる。今後のブランドは、適切なクリエイターと信頼関係を築き、共創による自然な表現を設計する力が求められる。
4.ファンダムが文化を形成──共創時代のブランド構築戦略
ファンダム、すなわち熱心なファンコミュニティが、ブランドの文化形成に不可欠な存在となっている。従来は消費の受け手とみなされていたファンが、今やブランドとの共創パートナーとして位置づけられているのだ。
McDonald’sの米国マーケティング部門では、5年前にSNSで独自のボイスを確立して以降、あらゆるコミュニケーションの起点をファンに置くようになった。アニメをテーマにした架空ブランド「WcDonald’s」体験や、ゲーム『Minecraft』とのコラボレーションなど、ファンの嗜好と文化文脈を軸にした施策が相次いで展開された。
こうした動きは、ファンがブランドの受信者から参加者へと役割を変えたことを意味する。ファンダムを理解し、尊重し、その声に応えるブランドほど、より強い共感と支持を集めている。
5.女性の活躍と多様性の推進──創造の主役に多様な視点を
女性の社会的立場や権利が各国で揺らぐ中、Cannes Lions 2025では、構造的な格差を是正し、創造の中心に多様な視点を取り戻す取り組みが強調された。
Serena VenturesとReckittによる「Reckitt Catalyst」は、2030年までに200人の起業家を支援し、1,200万ドルを投資するプロジェクトである。VC投資における女性比率が2%に満たない現実に対し、経済的支援とリーダーシップ育成の両面から是正を図る。
また、E.l.f.は「More Dicks in the Boardroom」キャンペーンを通じて、企業役員のジェンダー格差を問題提起。さらに、Gen Z向けプラットフォーム「Sunnie」との連携を通じて、次世代女性の声を商品開発やブランド運営に反映している。
神経多様性についても注目が集まり、HAVASによる調査ではZ世代の半数以上が自らを神経多様と認識していることが明らかにされた。この傾向は、創造性の新たな源泉として、企業の戦略課題に直結するテーマとなりつつある。
6.包括的な創造性──グローバルから届く多様な視点
Cannes Lions 2025では、地理的・文化的な多様性がかつてないレベルで可視化された。これまで広告・デザインの主流を担ってきた限られた地域に加え、新興国やマイノリティコミュニティからのクリエイティブ表現が広く評価されるようになっている。
今年は、プエルトリコとチェコ共和国が初めてグランプリを獲得し、ウルグアイも初のライオンを受賞。また、アゼルバイジャン、ボスニア・ヘルツェゴビナ、アイスランド、モンゴルが初めてショートリスト審査員に選出され、審査体制そのものにも多様な視点が加わった。
これらの動きは、広告の評価軸が「技術的な完成度」や「予算規模」ではなく、「社会文脈との接続性」や「地域性に根ざした新しさ」へと変化していることを示唆している。グローバルとは画一化ではなく、異なる視点が共存する場であることが、Cannes Lionsを通じて改めて確認された。
文:岡徳之(Livit)