アフリカのビジネスでは今、「リープフロッグ」というワードが注目されている。リープフロッグとは、“カエル跳び”のように先端技術が急速に浸透・発展する現象を意味する。背景にあるのは先進国とは異なる社会環境だ。既存サービスや法規制など、制約が少ない新興国や途上国では、イノベーションが受け入れられやすい素地が整っている。その結果、スタートアップの参入が加速。さらに世界各国の企業が現地パートナーとの協業や投資に積極的になり、経済全体が活性化する。新たなグローバルトレンドとも捉えられるだろう。

こうした中、2025年8月に横浜で開催されるのが、「第9回アフリカ開発会議(TICAD 9)」だ。日本でのTICADの開催は、実に6年ぶり。第9回のキーワードは「若者」「スタートアップ」「共創」とされ、人材育成やビジネスにおける協調に注目が集まる。

今回AMPでは、TICADの方針のもとアフリカ市場で事業を推進するJICA(独立行政法人 国際協力機構)と、ナイジェリアで医療セクターとして活躍するスタートアップ・Drugstoc社を取材。今アフリカでは、どのようにビジネスチャンスが広がり、人材が活躍しているのか。現地若手人材のポテンシャルを、現場の最前線からひもといていく。

援助から共創へ。変化する日本とアフリカのパートナーシップ

“最後のフロンティア”として、世界中の関心を集めるアフリカ。2000年代以降にアフリカ経済が成長軌道に乗り、農業や鉱業・製造業を中心に開発ニーズが高まってきた。「今後も市場が活発化する」と予測するのは、JICAアフリカ部 計画・TICAD推進課 シニアアドバイザーの吉澤啓氏だ。

JICAアフリカ部 計画・TICAD推進課 シニアアドバイザー 吉澤啓氏

吉澤氏「アフリカには現在、54の国があり、約15億人が暮らしています。2050年には人口が約25億人に増え、世界人口の1/4をアフリカが占める予想もあります。若者の人口も、中国やインドがピークを迎えつつある一方で、アフリカでは22世紀に向けて増え続けるでしょう。豊富な労働力と消費活発化による、“人口ボーナス”が期待されています。ただし課題が多いのも事実です」

主要な課題の一つが、産業人材の育成だ。人口構造の変化が経済成長に直結するためには、生産活動を維持する労働力の供給、雇用体制の整備、教育の質の確保などが必要になる。

吉澤氏「人材育成のニーズも時代とともに変化しており、近年はITの技能や起業のノウハウが重要化しています。このようなアフリカ開発の課題を理解する上では、過去のTICADにおけるキーワードが役立ちます」

TICADとは、アフリカの開発をテーマとする国際会議である。日本政府が主導し、国連や世界銀行などの国際機関と連携する形で、過去8回にわたり開催されてきた。

吉澤氏「第1回のTICADの開催は、1993年にさかのぼります。冷戦終結直後で、先進国やアジアがグローバリゼーションに向かい始めた時代です。この時期のアフリカは貧困の悪循環から抜け出せない状況にあり、TICADの主要なテーマは“援助”でした。2000年代に入ると、債務調整などの影響があり、アフリカの経済成長が本格化します。当時は、インフラ開発に必要な“エンジニアの育成”や“生産性の向上”が課題でした。その後“イノベーション”が重視された2010年代を経て、IT人材や起業家育成が主要化する現在に至ります。今回のTICAD9のキーワードは三つ。先に述べた“若者”と“スタートアップ”に加え、“共創”に注目すべきでしょう」

TICAD9の3つのキーワード

「共創」がキーワードになる理由は、日本とアフリカの関係の進展にある。かつては援助をする側・される側だったが、今や互いの強みを生かす対等なパートナーへと変化した。

吉澤氏「少子化が進む日本にとって、アフリカの若者の活力は魅力となりつつあります。また、アフリカで活発化するスタートアップに、日本の企業がタッチポイントを持つことで、双方のビジネスチャンスも広がっていきます。実際に日本企業がアフリカのスタートアップと共創する事例も増えてきました。こうした動向の中、『若い活力で共創』『革新的解決を追求』『国際協調の基盤強化』の三つのアプローチを定め、具体的なアクションに取り組んでいるのが、私たちJICAです」

JICAが取り組む「3つのアプローチ」と「10の重点アクション」

JICAは、日本のODA(政府開発援助)のうち、二国間援助の実施を一元的に担う開発協力機関。開発途上国に対する技術・資金協力の他、多岐にわたるプロジェクトを進めている。次より、産業人材を育成する「ABEイニシアティブ」、起業家をサポートする「Project NINJA」を通じ、アフリカのリアルな姿を見ていこう。

アフリカの産業人材育成を通じ、日本企業との関係を強化する

2014年より始まった「ABEイニシアティブ」は、アフリカの産業人材育成に加え、日本とアフリカのビジネスをつなぐ人材の育成を目的とした事業。アフリカの若者を日本に招き、大学での修士号取得や企業でのインターンシップなど、成長の機会を提供している。

吉澤氏「単に学問を習得するだけでなく、ビジネスに直結した実践スキルを身につけてもらうのが、ABEイニシアティブの狙いです。海外進出を図る企業にとっては、現地の実情やニーズを把握するチャンスになる。実際にアフリカ進出を果たした事例も多いです」

2024年までの受け入れ人数は累積1,887人に上り、約450の機関がインターンシップに協力している。企業側の業態も幅広く、地方の中小企業が参加するケースもあるという。

吉澤氏「プログラムの修了生は、基本的には母国に帰り、ビジネスや行政のリーダー層として活躍します。そのため、インターン先の日本企業にとっては、修了者が貴重な現地パートナーになることもある。架け橋のような役割を果たしてもらうことで共創の可能性が広がるので、インターンシップは受け入れ側の企業にもメリットがあります」

ABEイニシアティブでは、修了生と日本企業とのネットワーキングなど、帰国後のフォローアップにも取り組んでいる。さらに、修了生が起業に挑戦する際にはサポートを行うなど、充実したバックアップシステムも特長だ。

プログラムの概要 大学での修士号取得や民間企業でのインターンの機会を提供する

吉澤氏「ABEイニシアティブに参加するアフリカの若者はモチベーションが高く、日本側の大学や企業は、その人的交流にも意義を見いだしているようです。アフリカの経済成長の背景には課題も多く存在するため、複雑な社会状況に対する理解を深める上でも有効なのでしょう。実際にこれまでの10年間で、アフリカへの関心も高まったと感じます。今後は培ったネットワークを土台に、日本の若者や企業人材をアフリカに送る取り組みも推進する予定です。JICAはTICAD9において、双方向の人材育成・交流の活発化を目指す『TOMONI Africa』を立ち上げる予定で、このような取り組みが活発化すれば、パートナーシップはさらに強化されるでしょう」

現地の起業家を成功に導く、スタートアップ・エコシステム

機運の高まりを受け、2020年にJICAがスタートさせたのが「Project NINJA」だ。開発途上国におけるビジネス・イノベーション創出に向け、起業家をバックアップする活動であり、アフリカも対象地域の一つとなっている。JICA経済開発部 民間セクター開発グループの津田孝太氏は、プロジェクトが始動した背景を説明する。

JICA経済開発部 民間セクター開発グループ 津田孝太氏

津田氏「JICAをはじめ開発機関の多くは、経済発展と社会課題解決をミッションに掲げています。しかし公的な支援だけでは、資金・技術面において限界があるのも事実です。開発の効果を最大化するためには、民間企業の持つ資金・技術の動員が不可欠であり、JICAもスタートアップとの共創を進めてきました。一連の取り組みの総称が、Project NINJAです」

Project NINJAでは現在、開発途上国のスタートアップ・エコシステムの調査をはじめ、現地政府に対する政策提言・実行と能力強化、ビジネスコンテストやインキュベーション・アクセラレーションプログラムの開催、ファンドを通じた資金供給など、幅広い活動を行っている。

津田氏「アフリカの場合、スタートアップ支援の多くは情報通信系の省庁に管理されています。そうした機関へ専門家を派遣し、スタートアップ・エコシステムの強化に向けた仕組みづくりをサポートするところからJICAのプロジェクトは始まります。

スタートアップがビジネスを立ち上げ、拡大させていくための環境であるスタートアップ・エコシステムにおいては、政府・大学・インキュベーター・アクセラレーター・ベンチャーキャピタル・金融機関・大企業など、多彩なステークホルダーとのネットワークが欠かせません。私たちは共創パートナーを広げる形で、エコシステムの構築を目指しています」

スタートアップ・エコシステムの主なアクター

スタートアップ参入の追い風になっているのが、“リープフロッグ現象”だ。特にデジタル領域では、飛躍的な成長を遂げる企業も多いという。

津田氏「例えば私が担当するナイジェリアは、平均年齢が18歳、人口は2億人以上に達しており、豊富な生産年齢人口とマーケットがそろっています。また、デジタルネイティブ世代が消費の中心を占めているため、ITが生活の隅々に行き届きやすい状況です。固定電話や銀行口座のような、日本が経験したプロセスを飛び越え、一気にスマートフォンの利用が拡大し、それを使った送金などのサービスが普及する。そうした環境が、アフリカ共通の特徴といえます」

特に活気づいているのが、VCなどから資金が集まりやすいフィンテックやECなどの領域だ。一方で、社会課題にアプローチする起業家も増えていると、津田氏は続ける。

津田氏「農業・教育・保健医療・エネルギーなどにテクノロジーを組み合わせるスタートアップが多く、JICAもこうした社会課題解決に直結する領域での共創に注力しています。

例えば農業分野では、零細農家が販路拡大や金融機関の融資といった機会を得られず、最低限の生活費を稼ぐ事業に終始してしまうケースも多いです。そこにビジネスの機会を見いだしたスタートアップが種子の販売や農機のレンタルと併せて、効率的な栽培方法を伝授することで零細農家の生産性や品質を向上させます。

さらに収穫物を売買できるデジタルプラットフォームを通じてサプライチェーンにつなぐ一気通貫のサービスを提供することで、それらの農家の生計向上を実現しています。一見すると基本的なビジネス手法ですが、先進国で当たり前のインフラや仕組みが未発達のアフリカでは高いニーズがある。だからこそ、若者の参入障壁が低いのでしょう」

ナイジェリアのスタートアップが挑む、アフリカの医療課題

JICAと連携するスタートアップの一つが、ナイジェリアを拠点に3カ国に事業を展開する医療セクター、Drugstoc社だ。CEOを務めるのは、チブゾ・オパラ氏。2017年より、ITの力で医薬品を提供する事業をスタートさせた。

ナイジェリアで医療機関向けのECプラットフォームを運営する、Drugstoc社 チブゾ・オパラ氏

オパラ氏「私たちは、診療所や病院、保険会社などが、良質な医薬品にスムーズにアクセスできるデジタルプラットフォームを展開しています。医薬品の調達先は、アメリカ・欧州・日本・インドなど、各国の信頼できる製薬会社です。久光製薬ともタッグを組み、同社の製品をアフリカで初めて導入することに成功しました。鎮痛消炎剤などの分野において、久光製薬の評判は年々上昇しています」

Drugstoc社が世界中の医薬サプライチェーンと提携する背景には、アフリカが抱える社会課題がある。サブサハラ・アフリカ地域では、サプライチェーンの分断や仲介業者の参入によって価格が高騰。その結果、何百万人もの人々が医薬品を入手できない状況が続いている。さらに、偽薬品や粗悪品が流通し、患者の安全が脅かされている地域も多い。医師の経験を持つオパラ氏は、こうした課題に取り組むことを決意した。

オパラ氏「大学で現在の共同創立者と出会い、アフリカの医療を取り巻く複雑な課題にアプローチしようと、起業しました。創業当初から一貫して、顧客ニーズを的確に捉え、課題解決の手段としてテクノロジーを用いるという信念を貫いています」

オパラ氏が活用したのが、アフリカ連合開発庁(AUDA-NEPAD)とJICAが共同で提供する「Home Grown Solutionsアクセラレータープログラム」だ。保健医療分野の課題解決を目指す現地企業をサポートするプログラムで、これによりDrugstoc社のビジネスも加速していったという。

オパラ氏「特にテクノロジー関連のサポートが手厚く、当社のソフトウェアのオペレーションシステムについて指導を受けたことが、成長を加速させたと感じます。他にも、資金調達や市場調査、日本企業や投資家とのネットワーキングなど、さまざまなサポートを受けました。Project NINJAを通じて訪れた日本では、アジア最大級のスタートアップカンファレンス『SusHi Tech Tokyo』にも出展。多くの日本企業と有意義な商談をすることができました」

現在は2,500万人以上(2024年度実績)のユーザーにサービスを提供するDrugstoc社。今後はさらなるユーザー数の増加を図るとともに、対象国の拡大も目指しているという。

オパラ氏「医療機器や化粧品まで取り扱い製品を広げ、アフリカ社会の豊かさの向上に貢献していきたいです。アフリカではスタートアップ投資が加速しており、多くの若者が社会課題解決に積極的に取り組んでいます。彼らはアフリカ全体の持続的な発展に貢献するでしょう。日本のパートナー企業との関係強化により、こうした動きがより広がりを見せる未来に期待します」

共創の先にある、持続可能な未来を目指して

産業人材育成やスタートアップとの共創など、さまざまな活動を展開するJICA。日本とアフリカのパートナーシップは、双方の社会にどのような恩恵をもたらすのだろうか。

津田氏「アフリカにおいてまず重要なのは、社会課題の解決です。スタートアップがもたらす革新的なビジネスモデルは、例えば保健医療分野における公的保険や救急医療など、先進国で公的サービスが担う領域をカバーします。もう一つは、産業の多角化です。スタートアップによるイノベーションで新たな産業が育っていけば、雇用創出、経済成長にもつながります」

吉澤氏「アジアの成長には、一次産業、製造業、サービス業と進化する方程式がありました。しかしアフリカの場合、ITをはじめ新産業の成長スピードが速いのが特徴です。私たちが体験しなかったような高度な情報社会が、他地域に先行して実現する可能性もあります。人類社会の新しいモデルを、将来的に提示してくれるかもしれません」

津田氏「日本企業にとっても、JICAのような機関が現地の政府機関とともに足場を整えたスタートアップ・エコシステムやビジネス環境があれば、現地進出における足掛かりになります。また、スタートアップ・エコシステムの構築が進み、地場のマーケットに網を張るスタートアップの数が増えれば、日本企業のビジネス展開におけるパートナー候補も増えていきます。人口減少により国内マーケットが縮小する日本にとって、長期的なビジネスチャンスの拡大は、人材不足などの課題を解決する突破口になるでしょう」

吉澤氏「かつて日本が積極的に投資した東南アジアは、現在も多くの日本企業が進出しており、我が国の経済にプラスの効果をもたらしています。また、インフラ開発で獲得した品質への高い信頼は、その後の関係性にも影響します。さらに今後のアフリカの経済成長では、環境問題への対処も必須となるはずです。日本の技術力を応用する機会は、ますます広がるでしょう。そうした未来において日本がプレゼンスを高めるためには、着実な関係強化が必要です」

未来に向けた共創においては、日本の若手ビジネスパーソンが活躍する可能性も広がっている。私たちはどのような視点で、アフリカを見るべきなのだろうか。

吉澤氏「現時点ではまだ、日本企業はアフリカに対して消極的です。こうした風潮は、上の世代がアフリカ=貧困のイメージを引きずっているからかもしれません。しかしアフリカ社会は、今大きく変化しています。新しい時代を生きる皆さまには、ぜひアフリカが秘めるポテンシャルに着目していただきたいです」

TICADが開催される今年は、日本でもアフリカに対する注目が集まる一年になるはずだ。『若者』『スタートアップ』『共創』をキーワードに、ビジネスや人材交流が加速することに期待したい。