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「いらっしゃいませ」と言われないカフェ、「会話なし」を選べる美容室、目を合わせないコンビニ店員。Z世代による“静かな接客”のスタイルが、日本や海外の都市部──たとえば東京やロンドン、ソウル、ニューヨーク──のあちこちで目立ち始めている。
そんな場面に「冷たい」「愛想がない」と戸惑う声もあるが、それは彼らが無意識に選んだ態度ではない。
こうした静かな接客スタイルが「Gen Z Gaze」と呼ばれ、今やSNSや職場の現場を通じて静かに広がりを見せている。
無表情は冷たさじゃない?静けさで築く信頼
Gen Z Gazeとは、Z世代が社会の中で無理のない信頼関係を築くために選び取った、非言語・無表情を基調とするコミュニケーションスタイルである。「無表情」や「無言」といった接し方は、けっして冷淡や無関心の表れではなく、むしろ顧客や同僚、上司などとフラットで過不足のない関係を築くための新しい礼儀作法と言える。
接客の場では、正確な誘導、丁寧な作業、最小限のやり取りが行われる一方で、相手に不必要な期待や感情の同調を求めない。
たとえば、接客される側としては、無理に「今日は暑いですね」といった世間話を振られず、必要な商品の案内と迅速な会計だけで済むことで気疲れせずに買い物ができる。一方で接客する側にとっても、常に笑顔を貼りつけたり、積極的に話しかけ続けることなく、自分のペースで集中して作業できるため、パフォーマンスを安定的に維持しやすい。
バズる“無言接客”は本物か?海外Z世代の実態
Gen Z Gazeという名称は比較的新しいが、その背後にある「感情を抑制したプロフェッショナリズム」や「非言語的な距離感の美学」は、実際に北米・欧州を中心としたメディアやSNS上で観察されている。
たとえば、TikTokでは「Gen Z barista」「emotionless service」などのタグで数百万再生されているコンテンツが多数存在し、無言の接客や目を合わせない会話がミーム化されて共感を集めている。
米メディアのThe CutやVoxでは「若い世代が“愛想の良さ”よりも“自己防衛と実務性”を優先する傾向にある」と報じられており、英国では「話しかけない美容室」などのサービスも実在する。

つまり、Gen Z Gazeは欧米で個別のライフスタイル事象として顕在化しており、社会文化的トレンドとして解釈されつつある。日本でも共通する文脈がある以上、この動きが輸入・共鳴するのは自然な流れと言えるだろう。
愛想疲れの時代背景──Z世代はなぜ演じないのか
この意識の変化は、世代の違いや個人性だけで解釈できるものではない。
長期にわたる情報社会の中で、感情を表現し続けることが「絶えざる仕事」として内面化されていた時代から、自分を守るために「表現しない」「言わない」「目を合わせない」といった不純さを避けるモードが展開されたのは必然の結果でもある。
加えて、サービス業や職場の現場で「感じの良さ」「愛嬌のある対応」が“当然”とされてきた背景には、昭和〜平成期にかけて広がった「おもてなし」文化の価値観がある。そこでは、従業員やスタッフが感情の内外を問わず“笑顔でい続けること”が、顧客満足の象徴であった。しかし、それは感情を労働資本とすることであり、従業員にとっては持続可能でない負荷を伴っていた。
Z世代はその構造を自覚的に疑い始めた最初の世代とも言える。彼らにとっての“配慮”とは、沈黙や非介入を通じて相手の心を尊重することでもあり、無理に空気を温めず、必要以上に相手の心理に立ち入らないことに誠実さを感じている。つまり、Gen Z Gazeとは反抗ではなく、新しい共感のかたちと見るべきである。
無口でも伝わる?“静けさ”が馴染む日本の土壌
Gen Z Gazeのような静的なコミュニケーションスタイルは、感情を表に出すことを美徳としがちな日本社会において受け入れられるのか――この疑問は多くの読者が抱くものだろう。
結論から言えば、日本社会はGen Z Gazeに対して潜在的な適応力を持っている。なぜなら、日本にはもともと「言葉にしない気遣い」「空気を読む」といった非言語的なコミュニケーション文化が根づいているからだ。接客においても、「余計なことは話さない」職人型のサービスが一部で尊重されてきた。
近年では、無人レジや対話不要なモバイルオーダーの普及、話しかけられたくない客向けのサインプレート導入といった事例が登場しており、無言や無表情といった振る舞いが必ずしもマイナスに捉えられない環境が整いつつある。
したがって、Gen Z Gazeは欧米発の概念でありながら、日本固有の文脈とも合致しうる。「感じよく振る舞う」ことが強いられることへの反発と、「静かであることも信頼を築ける」という感覚は、今後ますます浸透していく可能性が高い。
もう「笑って」が通用しない?企業の新マナー改革
Gen Z Gazeという価値観が社会に広がる中で、企業にも新たな対応が求められている。特に接客業やサービス業においては、従業員の感情労働を前提とした旧来型のマニュアルがZ世代とのミスマッチを生みやすい。
まず、企業は「愛想の良さ=顧客満足」という一元的な評価軸を見直す必要がある。Z世代の従業員に対しては、笑顔や共感的態度を強制するのではなく、仕事の正確さや安心感を提供する姿勢を評価する制度設計が求められる。
また、顧客側にとっても「話しかけられたくない」「一人で静かに過ごしたい」というニーズが可視化されつつある今、無言・無干渉なサービスを「冷たい」と断じるのではなく、「配慮のスタイルの一種」として位置づけ直す啓発も重要だ。
加えて、人事・教育面では、Z世代の価値観を理解したマネジメントの再設計が必要である。たとえば、感情労働に関する無理な期待を排除し、非言語的な貢献や安定的な実務対応を評価する。こうした環境整備は離職率の低下やモチベーション維持にもつながるだろう。
Gen Z Gazeは単なるトレンドではなく、労働環境設計やUX戦略にまで影響を与える深い潮流であることを、企業は認識すべきである。
無言の温度感──Z世代と“信頼の再定義”
Z世代の接客態度は、得てして「冷たく感じる」ことがある。しかし、一見してそう感じられる態度の裏に、無駄な引き止めをせず、ニーズへの無声の配慮があると考えれば、それは新しいホスピタリティの形ともとれる。
Gen Z Gazeは、ユーザーとしての仕事の形、コミュニケーションの新しいプロトコルであり、上世代との互いの理解を助ける機会となりうる。
「感じよく」することが必ずしも最善ではない時代。「感情を出さない」ことが、新しい信頼とコミュニケーションを再構築するのかもしれない。
文:岡徳之(Livit)