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世界的な新型コロナウイルス感染症の影響で、海外からの旅行客だけでなく国内旅行者の数も激減し、ホテルは経営維持のために人員削減を行っていた。しかし、感染拡大が落ち着いた今、旅行需要が急激に増えたことで、離れた働き手が戻らず人手不足に陥っている。
特に、旅館・ホテル業は、飲食業と並んで慢性的な人手不足・人材不足が大きな問題となっている。
今回は、スモールラグジュアリーホテルを運営する株式会社HERMの代表取締役・川﨑総一郎氏に、苦しい経営状況が続くホテル事業へ新規参入した背景や、年間離職率0%(※)を誇るHERMの経営術について話を聞いた。
(※)HERMが運営する「SOWAKA」/2023年10月-2024年9月1年間の離職率

──株式会社HERMを立ち上げた背景を教えてください。
社会人としてのキャリアを歩む中で、「いずれは自ら事業を興す」という目標を常に掲げ、不動産デベロッパーでの高価格帯レジデンス開発や、コンサルティング、上場スタートアップ企業の経営層など、多様な領域で経験を積んできました。責任や役割を担いながら忙しい日々を過ごす中で、ふと”人生“という限りある時間において、家族や大切な人と過ごす時間、そして自分自身が本当にやりたいことと向き合う時間を大切にしたいという想いが芽生えました。そこで、一人でも多くの人が自分らしくあれる居場所を実現するため、起業を決断しました。
リゾートという居場所は、土地の持つパワー、自然、建築、アート、そしてホスピタリティを掛け合わせて創られ、豊かな生き方を支えてくれる存在だと思います。日々の役割や緊張から解き放たれ、一人ひとりが自分らしく人生を送れる世界を手助けしたいという思いでHERMを立ち上げました。
──ビジョンやミッションについて教えてください。
HERMは「Just Be Myself –自分らしくある」をVisionに掲げています。日常の中に、ありのままの自分でいられる時間と空間を創造し、一人ひとりのWell-Beingと感動体験にあふれた美しい世界を実現すること。私たちは、日本の繊細な美意識や自然との共生、文化の継承といった価値観を、空間・体験・グローバル基準のサービスに落とし込み、ウェルネスやパーソナライズサービスを通じて心に残る時間を提供しています。
私たちが目指すのは、ゲストも社員も、HERMに関わるすべての人が自分らしくあれる居場所を創ること。また、日本から世界に誇れるラグジュアリーリゾートブランドを創出することで、観光立国や文化継承へ貢献し、多くの人々の人生に深く根ざす価値を届けられるブランドでありたいと考えています。
──「スモールラグジュアリーホテル」に注目した理由は何でしょうか。
訪れたゲスト一人ひとりに真剣に向き合い、「その土地、その瞬間、その人にしか生まれない唯一無二の特別な体験」を提供したいと考えたからです。
現在、世界中から日本を訪れるゲストが増え続ける中で、旅に求められる価値も“消費”から“共鳴”へと変化し、心に残る体験や文化への理解、そして何よりも「自分自身と向き合える時間」へのニーズが高まっています。異なる文化的背景や多様性を持つ一人ひとりのゲストに、本質的に豊かな滞在価値を実現するためには、画一的な滞在体験ではなく、その人らしくあれるパーソナライズされた体験が不可欠です。ホテリエとの深い対話やゲストの内面に寄り添うことで提供される、期待を超えたホスピタリティの実現を目指し、スモールスケールだからこその柔軟性を大切にしています。
■権威あるホテルの格付け・レビューガイド「フォーブス・トラベルガイド2025」において、同社が運営するスモールラグジュアリーホテル「SOWAKA」が初の4つ星を獲得

──「フォーブス・トラベルガイド2025」において4つ星獲得を成し得た背景や苦労を教えてください。
最も重要であったことは非常に早い段階から「目標」を明確に掲げ、全員が高い熱量で達成に向けて動いたことだと考えています。なぜそのゴールを目指すのか、その達成は未来にどのような意味を持つのか、会社全体のCredoやVisionを密接に絡ませながら、従業員に対し丁寧に伝えていきました。そうして全員が目標の意義と背景を理解し、強固な達成意識で結ばれたチームがあるうえで、さらに強い体制構築を進めていきました。
たとえば、グローバル基準の高いサービス水準で牽引できるリーダー陣営の整備や、レストランブランドを創り自社運営に切り替えるなど、大きな環境変化を伴う取り組みもありました。もしチーム内で目標への熱量に格差があったとしたら、成功には至らなかったと思います。何より、一人ひとりが毎日ひたむきに努力を積み重ね、目の前の課題に真摯に向き合い続けてくれた結果が、チーム全員での目標達成に至ったのだと感じています。
■低離職率を実現する採用法やキャリア育成。大切なのは“人格”と“個性”にフォーカスすること

──離職率の高いホテル業において、どのように低離職率を実現しているのでしょうか。
HERMでは、業種を横断した「多様性採用」と、Credoに基づく「共感採用」を推進しています。役職ではなく一人の“人”として、スキルではなく“人格”として、そして同一性ではなく“個性”に焦点を当てた採用方針を掲げています。個性と多様性に溢れるメンバーが集まったうえで、VisionとCredoに自身の人生を重ねる「共感の強さ」にこだわることで、一体感のあるチームと文化の醸成を実現しています。
また、ホテル業界におけるキャリア選択の狭さという課題に向き合い、多様なポジションや領域から自ら最適な道を選ぶことができる「マネジメント」「バトラー」「スペシャリスト」という3つのロードマップを用意しています。役割に留まらず、長期的視点で「自分らしくあれるロードマップ」を社員自身が描ける環境を提供しています。
■国内外からの旅行客に愛される日本ならではの温かさと文化的価値の提供

──⽇本独⾃のラグジュアリー(ホスピタリティ)をどのように実現しているのでしょうか。
HERMでは、すべての人が自分らしくあれる居場所を創るために必要なホスピタリティの根幹として、2つの要素を軸としています。
1つ目は「ヒューマニティの尊重」。スタッフとゲストではなく“人と人”として向き合うことを意識づけています。自分の家族や大切な人に喜んでほしい、何かしてあげたいと思う気持ちと同じように、ホスピタリティと向き合っています。またメンバー間においても、個性や考え方を尊重する採用や文化の醸成、組織マネジメントを大切にしています。
2つ目は、マニュアルやスタンダードよりも「今、この瞬間の最適解」が優先される環境。世界中から訪れる、一人ひとり異なる文化や背景を持ったゲストの心情を汲み取り、目の前の”一人の人”のために「今、自分がすべきことは何か」を常に考え行動する意識、そしてその意識が尊重される文化が根付いています。
この2つの考え方が、グローバル基準の土台に日本ならではの温かさと文化的価値を重ね、心でつながる唯一無二の体験の提供に繋がっていると考えます。
──今後の展望について教えてください。
まずは、国内におけるスモールラグジュアリーホテルの開発と運営に注力します。現在日本各地で複数プロジェクトが進行しており、いずれもその土地や自然が本来有する魅力を空間や体験へと丁寧に具現化し、妥協なき「特別な離宮」を創り上げています。リゾート事業を通じてブランド価値を確立し、”日本から世界に誇るラグジュアリーリゾートブランド”を目指していきます。
また、観光・ホテル業界においては、従来の概念を超えた新たな業態や、新しい時代の旅の価値構築に挑む次世代のリーダーが少しずつ増えてきて、新たな挑戦の芽が生まれ始めています。その流れの中で、私たちは日本のラグジュアリー領域における変革の波を創出し、次世代のリーダーたちに道筋と希望を示しながら、この領域を盛り上げていきたいと考えています。
将来的には、世界中のゲストに自分らしくあれる人生の居場所を届けられるよう、海外でのHERMリゾートの展開も構想しています。