Z世代——1996年から2012年頃に生まれた若者たちは、今、前例のない「心の危機」に直面している。パンデミック後の社会、先行き不透明な経済、常時接続のデジタル環境。これらすべてが重なり、一部のZ世代は不安や抑うつを日常的に抱えるようになった。一方で、そんな状況に対し「もう我慢しない」と、声を上げる動きも広がりつつある。

本記事では、海外の最新調査結果をもとに、Z世代が直面するメンタルクライシスの実態、職場との摩擦、彼ら自身が始めた心のケアの新しい形、そして企業や社会に求められる対応について掘り下げていく。

メンタルクライシスの実態:40%が毎週不調を感じる背景

米国・コネチカット州に拠点を置く従業員福利厚生および労災保険の大手プロバイダーThe Hartfordが2025年に発表した調査「2025年福利厚生の未来に関する調査」によれば、Z世代の40%が週に数回、うつや不安の症状を感じている。これは他の世代と比べても圧倒的に高い割合だ。

さらに46%が、メンタルヘルスに関する支援を求めることに恥じらいや抵抗感を抱いており、依然としてスティグマ(偏見)が根強いことがわかる。実際、「感情を表に出すこと=弱さ」と捉えられる文化は、職場や学校などあらゆる場面で存在し、それが助けを求める行動を妨げている。

背景には、10代後半から20代前半という多感な時期に、パンデミックによる社会的孤立を経験したことや、SNSによる「常時比較」の環境がある。自己肯定感を下げ、誰かと繋がっているはずなのに孤独を感じる——そんなジレンマがZ世代に強く影を落としているのだ。

加えて、Z世代の多くは学生ローンを抱えており、就職後も家賃や医療費、食費の高騰に直面している。アメリカ心理学会(APA)は、Z世代が「経済的ストレスの最前線」にいると分析している。

働き方との摩擦:Z世代が燃え尽きる理由と転職志向

カスタム・リサーチや世論調査を行うTalker Researchの調査では、Z世代の73%が転職を検討しており、その最大の理由は「バーンアウト(燃え尽き症候群)」だという。Z世代の68%が燃え尽きを経験しており、その原因として「単調な業務」「報酬が見合わない」「感謝の欠如」「労働時間の長さ」などが挙げられている。

また、Z世代は「働くこと」に対する価値観が他の世代とは大きく異なる。彼らは単にお金を稼ぐためではなく、「意味のある仕事」や「心の安定」を重視し、単なる業務効率や成果主義に対する違和感を持っている。にもかかわらず、多くの職場では依然としてマイクロマネジメントやトップダウンの文化が根強く残っており、Z世代とのギャップが摩擦を生み、彼らにとってストレスとなっている。

さらに注目すべきは、Z世代の多くが「ワークライフバランス」だけでなく、「ライフワークバランス」を重視している点だ。仕事を生活の中心に据えるのではなく、自分らしい生き方の中に仕事を位置づけたいという価値観を持っている。

一方で、多くの企業文化はこの変化に対応できておらず、従来の「働き方の常識」がZ世代のウェルビーイングを損なう原因になっている。

また経済的負担も見逃せない要因だ。Z世代だけでなく労働者全体の74%は、給料日前に生活費が足りない経験があると回答しており、58%は解雇される不安を常に感じている。このようなストレスの蓄積が、燃え尽きやすいメンタルの土壌を生んでいる。

声を上げるZ世代:ピアサポートやメンタル対話の広がり

絶望的な状況の中にも、希望の兆しはある。Z世代は、これまでタブー視されてきた「心の問題」をオープンに語ることに長けている世代でもある。SNSやオンラインフォーラムでは、「#mentalhealthmatters(メンタルヘルスは大切)」などのハッシュタグを通じて自分の感情を言語化し、共感を広げ、互いを支える文化(ピアサポート)が根づき始めている。

米国では、NAMI-NYC(全米精神疾患同盟ニューヨーク支部)がZ世代向けのピアサポートプログラムを展開。ティーン・ヘルプラインでは、セラピストの見つけ方など、メンタルヘルスに関するあらゆる質問をすることができるほか、毎週開催されるバーチャルサポートグループ「コネクションコーナー」では、10代の若者が心の声を共有し、コミュニティを築くことができるようになっている。

ここで活動しているのは、精神疾患の経験を持つ年齢の近い若者たち。若者自身が“当事者”としてサポート役を担い、互いの悩みを共有する場を設けているのだ。このような「対話の文化」が広がることで、心理的負担の軽減や早期対処につながっている。

また、学校や大学でも、メンタルヘルスについて学び、語り合うイベントやワークショップが増加。従来の「カウンセラーに相談する」一択ではなく、「仲間と話す」「共に学ぶ」といった選択肢が広がっている。

こうした動きは、メンタルヘルスを“専門家だけの問題”ではなく、“社会全体で育む文化”として捉える新しい価値観の象徴と言えるだろう。

企業と社会に求められる対応:心理的安全性と“安心のインフラ”

雇用主が、特にZ世代の従業員のメンタルヘルスを最優先に考える必要性は、かつてないほど高まっている。では、Z世代の声に対して、企業や社会はどう応えるべきか。The Hartfordの調査では、60%の労働者が雇用主にメンタルヘルスリソースの充実を求めているとしている。具体的には、以下のような施策が挙げられている。

●柔軟な勤務時間、リモートワーク、フレックスタイム制
●定期的な1on1面談やフィードバックの仕組みによる、成果に対する報酬・表彰プログラム
●経済的不安に対応する金銭的支援(住宅手当、教育ローン補助など)
●キャリアの将来像を描ける研修・メンタープログラム
●社内のピアサポート・ネットワークの構築

つまり、求められているのは「単なる制度」ではなく、「安心できる環境」そのものだ。心理的安全性を確保し、社員が自分の状態を正直に話せる風土をつくること。これが、Z世代だけでなく全世代のウェルビーイング向上につながる。

Z世代の“心の声”が変革を動かす

Z世代の多くは、今の社会の“当たり前”に疑問を投げかけている。その声は、時に生意気に聞こえるかもしれない。しかし、彼らの語る「しんどさ」は、これまでの構造が持つ限界を示す重要なサインでもある。

「心の声」を無視することは、未来の人材を失うことにつながる。むしろその声にこそ、職場や社会のアップデートのヒントが隠されているのではないだろうか。

今こそ、Z世代と共に「安心して生きられる社会」を構築する転換点だ。メンタルヘルスは個人の問題ではなく、組織と社会全体の責任であるという認識が求められている。

文:中井千尋(Livit