2025年3月20日、毎年恒例となっている『世界幸福度報告書(World Happiness Report)』の最新版が発表された。

この報告書は、世界各国の幸福度を数値化してランキング形式で発表しているもので、2012年から発行を開始。単なる「豊かさ」や「経済成長」では測れない、人々の主観的な幸福感を6つの主要要素——GDP(国内総生産)・社会的支援・健康寿命・人生の選択の自由・寛容さ・腐敗認識——をもとに分析している点が特徴だ。

多くの人が注目するのは、毎年のランキングだ。2025年版では、例年に続きフィンランドやデンマークといった北欧諸国が上位を占めた一方、南米のメキシコは急上昇を見せた。これらの国に共通するのは、経済指標よりも「人とのつながり」や「日常の質」に重きを置いた社会構造が評価されているという点だ。

そして今年の報告書で特筆すべきなのは、こうした国別ランキングの背景として分析されている「生活環境」である。特に注目されているのが、世帯の規模や家族との関係性、食事のスタイルなど、日々の暮らしが人々の幸福感にどのように作用しているかということだ。

日本は、55位と先進国の中では比較的低い順位にとどまっている。

その要因として挙げられているのが、社会的つながりの弱さ、メンタルヘルスの課題、自由度と寛容さの低さ、政治や公共機関への信頼の低さの4つである。この中でも特に、社会的つながりとメンタルヘルスの2点は、まさに世帯構成や食事習慣といった生活環境に大きく左右されると考えられている。

ここでは、この世帯構成と食事習慣の2つのポイントについて、調査結果を紹介しながら考察していく。

世帯構成と幸福の関係

世界中のほとんどの人にとって、家族関係は幸福の重要な源泉だ。報告書では、家族間の交流においては欠かせない要素である世帯の規模と構成が、人々の幸福とどのように関連しているかを探っている。

報告書は「誰と暮らすか」が個人の幸福に大きな影響を与えると指摘する。特に家族やパートナー、友人といった身近な存在と同居している人は、そうではない人に比べて孤独感が少なく、精神的にも安定していることが明らかになった。

世帯の構成人数を見てみると、幸福度が最も高いのは、4~5人の中規模世帯である。これは、感情的な支援や助け合いが得られる一方で、プライバシーや個人の自由もある程度守られているというバランスが取れているためだ。

これについて、ヨーロッパ諸国とメキシコを比較する。ヨーロッパの全世帯のうち2人以下の世帯は55%だが、メキシコでは約30%だ。単身世帯で見ると、ヨーロッパでは全世帯の23%を占めているが、メキシコではわずか11%にとどまる。

メキシコは平均的なヨーロッパ諸国よりも経済的に貧しい。しかし、世帯が大きいことは、世帯内でポジティブな社会的交流を構築する潜在的なメリットがあることを意味し、ヨーロッパとの所得格差を部分的に相殺している可能性があるという。

日本では高齢化と未婚率の上昇が重なり、単身者の割合が年々増加している。報告書はこの傾向が主に人間関係の満足度の低下につながり、幸福度の低下に影響していると指摘しており、今後の大きな社会課題の1つとされている。

また、6人以上の大規模世帯においても幸福度はやや下がる傾向がある。これは物理的な居住空間の狭さや経済的負担の重さ、人間関係の摩擦など、日常生活でのストレス要因が多いためである。

「誰かと食べる」ことがもたらす幸せ

もう1つの重要な視点は「食事の共有」である。2025年版の報告書では、食事を他者と共にする習慣が幸福感に与える影響が極めて大きいことが明らかにされた。驚くべきことに、他者と食事をすることの効果は、収入や雇用状況と同程度の影響力を持つとされている。

調査によれば、他者との食事を頻繁にする人々は、生活満足度が高いうえに、ポジティブな感情を抱きやすく、ネガティブな感情をあまり感じない傾向がある。この傾向は文化や国を問わず広く確認されており、人間関係の中でも「食」の役割が非常に重要であることを示している。

しかし、他者との食事の頻度は国によって大きな違いがある。

世界トップクラスは、ラテンアメリカとカリブ海諸国。これらの国の住民は週に平均約9回、他者と食事を共にしているという。次いで、北アメリカや西ヨーロッパ、東南アジアなどが続き、日本が属する東アジアは最下位から2番目、最下位は南アジアという結果に。南アジアでは週に4回未満しか他者と食事をしていないと報告されている。

このようにアジア全体でみると、他者との食事の頻度は他の地域と比較して低いエリアがある。しかし、台湾では週14回の食事のうち平均10回以上を誰かと共にしているとされ、幸福度ランキングはアジア圏で最高順位の27位にランクインした。

一方、他者との食事の頻度が低く、週に数回程度しか共有されない日本(55位)や韓国(58位)、インド(118位)などでは、社会的孤立が懸念され順位も低い傾向にある。

日本社会が目指すべき方向とは

これらの分析結果を踏まえ、報告書では明確な提言がされている。国や自治体レベルで「共に生きる」社会を支援する施策の拡充が求められているのだ。

具体的には、地域での食事イベントや職場でのランチプログラムの導入、学校給食の改善や地域食堂の支援など、日常の中で自然に人と関わる機会を増やす仕組みづくりを推進している。

また、統計機関や政策立案者には、幸福度の根底にある「人間関係の質」を測定するための新たな指標の導入が求められている。今後は「何人で暮らしているか」だけでなく、「どのように関わっているか」「何を共有しているか」といった深い次元でのデータ収集と分析が、より豊かな社会づくりに必要とされるだろう。

自分の幸福度を高める第一歩として

日本が幸福度ランキングで上位に食い込むには、社会全体としての変革が求められる一方、個人レベルでも実践可能なことが多く存在する。

たとえば、意識的に家族や友人、職場の同僚などと食事の時間を共有する、近所の人と日常的に挨拶や会話を交わすなど、小さな行動が大きな違いを生む可能性がある。

「幸福度」とは、必ずしもお金や成功だけで測れるものではない。むしろ、自分を支えてくれる誰かの存在、自分が支えたいと思える誰かとの関係こそが、幸福の本質なのかもしれない。2025年の世界幸福度報告書は、それを静かに、しかし確かに私たちに教えてくれている。

文:中井千尋、岡徳之(Livit