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OpenAIのエージェントSDKとは、その詳細を分かりやすく解説
AIモデル開発企業にとって、自社のAIモデル利用を促進する施策はいくつかあるが、最も高い利用頻度を期待できるのがエージェントシステムに組み込まれる場合だ。NVIDIAのジェンスン・フアンCEOが指摘するように、エージェントシステムでは、単純なシステムに比べ100倍近い処理能力が必要になることがその理由となる。
これまでのエージェントシステム開発では、オープンソースのLangChain、LangGraph、CrewAIなどが活用されてきた。しかし、この数カ月で、AIモデル開発企業自身によるフレームワーク提供が相次いでおり、状況は大きく変わりつつある。
最も注目される動きの1つがOpenAIが2025年3月にリリースした新しいフレームワーク/ツール群だろう。これは、主に「Responses API」と「Agents SDK」という2つのコンポーネントで構成され、エージェンティックAIシステムの構築をこれまでに比べ大幅に簡素化するもの。両者の関係を分かりやすく例えるなら、Responses APIは人間の「手と足」、Agents SDKは「頭脳」といったところだ。
Responses APIは、AIエージェントに実際の作業を行わせるための基盤となる。このAPIを活用することで、ウェブ上での情報検索や社内文書からの情報抽出、コンピュータ操作といった具体的な作業を、AIエージェントに実行させることができる。これまでは、このような作業をAIに行わせるには、複雑な仕組みが必要だったが、Responses APIを利用すれば、たった1回のAPI呼び出しで、これらの作業を簡単に組み合わせることが可能となる。
一方、Agents SDKは、複数のAIエージェントを連携させ、より複雑なタスクを遂行するための”司令塔”として機能する。たとえば、ある企業の顧客サポートシステム向けには、最初に問い合わせ内容を理解するエージェント、適切な対応方法を検討するエージェント、実際に返答を作成するエージェントといった具合に、複数のエージェントが協力して1つのタスクを完了させる仕組みを構築することが可能となる。
このツール群により、OpenAIが独自に開発したDeep ResearchやOperatorといった高度なAIエージェントの基盤技術が、誰でも利用可能となった。Deep Researchは、インターネット上の情報を自動で検索・整理し、引用付きのレポートを作成できる。また、Operatorは、ユーザーの指示に従ってウェブブラウザを操作し、チケット予約などの作業を自動で行えるシステム。開発が簡素化することで、今後は、さまざまなアプリケーションにこうしたエージェント機能が実装されることになるはずだ。
既存フレームワークとの比較、OpenAIは開発のしやすさで優位に
AIエージェント開発の分野では、すでにLangGraph、CrewAI、AutoGenといった複数のフレームワークが存在する。OpenAIの新しいAgents SDKは、これらの既存フレームワークと比較してどのような特徴を持つのか。Composioのデータを参考に、その違いを詳しく見ていきたい。
まず、開発の着手しやすさという観点では、OpenAIのAgents SDKが最も優位と評価されている。同SDKは、わずか数行のコードでAIエージェントを作成できる軽量なアーキテクチャを採用。ドキュメンテーションも明確な例示が豊富で、初心者でも理解しやすい構成となっている。
一方、LangGraphは最も習得が難しく、グラフ構造や状態管理の概念理解が必要となる。CrewAIとAutoGenは、その中間に位置する。
複雑なエージェントの構築においては、各フレームワークが異なる強みを発揮する。
OpenAIのAgents SDKは、最小限の抽象化でカスタマイズ性を高め、関数ツールとのシームレスな統合を可能とする。LangGraphは、グラフ構造を活用した高度なカスタマイズが可能で、循環的なワークフローに強みを持つ。CrewAIは役割ベースの設計により、チーム型のワークフローに適している。そして、AutoGenは会話ベースのエージェントに特化し、多様なツールとの統合をサポートしている。
状態管理(AIエージェントの作業の進行状況や記憶の管理)の面では、現段階ではLangGraphに軍配が上がる。複数のAIエージェントが協力して1つの作業を行う際、各エージェントがどこまで作業を進めているか、どのような情報をやり取りしたかを詳細に記録・管理できるためだ。また、何か問題が発生した際の原因究明も容易だ。
OpenAIのAgents SDKも、AIエージェントの動きを可視化する機能が充実しており、エージェントの作業履歴を追跡できる。一方、CrewAIは作業の結果は記録できるものの、途中経過の詳細な管理は難しい。AutoGenは会話のやり取りを中心に記録を行い、AIエージェントの対話履歴を追跡する仕組みを備えている。
このように、OpenAIのAgents SDKは他のフレームワークと比較して、シンプルさと生産性の両立を実現していることが分かる。特に本番環境での利用を見据えた設計は、エンタープライズでの採用において有利に働くと見られている。
ただし、グラフベースの複雑なワークフローが必要な場合はLangGraph、チーム型のマルチエージェントシステムにはCrewAI、会話パターンの柔軟性が求められる場合はAutoGenといった具合に、用途に応じて適切なフレームワークを選択することも重要となる。
エンタープライズへの影響&フレームワーク提供によるエコシステム強化の競争激化へ
OpenAIのAgents SDKは、エンタープライズ向けAIエージェント開発の様相を大きく変える可能性を秘める。
これまで企業がAIエージェントシステムを開発する際には、複数のフレームワークや専用のベクトルデータベース、複雑な調整ロジックを組み合わせる必要があった。しかし、統一された標準的なプラットフォームの登場により、開発の簡素化が実現し、開発スピードが格段に上がることが期待されるためだ。
すでに実用化も始まっている。決済サービス企業のストライプは、OpenAIのAgents SDKを活用し、AIエージェントによる支払い自動化のツールキットをリリース。請求書の確認から支払い処理までを自動化する実用的なソリューションを実現した。
この動きに対し、グーグルも独自のフレームワーク「Agent Development Kit(以下、ADK)」で対抗する構えを見せている。同社は2025年4月、AgentspaceやGoogle Customer Engagement Suiteで使用されているフレームワークをオープンソース化。100行程度の直感的なコードでAIエージェントを構築できるとしている。
ADKの特徴は、エンタープライズ向けの充実した管理機能にある。コンテンツフィルターによる出力制御、エージェントの権限管理、機密データの漏洩を防ぐためのセキュアなパラメータ設定、モデルに到達する前の入力スクリーニング、エージェントの行動の自動監視といった機能が実装された。また、Agent Engineと呼ばれる管理ランタイムダッシュボードを通じて、エージェントのコンテキスト・インフラ管理・スケーリング・セキュリティ・評価・監視までをカバーする。
さらに、事前構築済みのエージェントやツールのライブラリ「Agent Garden」も提供。これにより、企業は既存のエージェントを参考にしながら、独自のエージェントを効率的にモデリングできるようになる。Geminiモデルに最適化されているものの、Vertex AIを通じてAnthropicやメタ、Mistral、AI21 Labs、CAMB.AI、Qodoなど、他社のモデルも利用可能だ。
このように、AIエージェント開発のフレームワーク競争は、単なる技術的優位性の争いを超え、エコシステム全体の主導権を巡る競争へと発展している。特にエンタープライズ市場では、セキュリティや管理機能の充実度が重要な判断基準となりそうだ。OpenAIとグーグル、そして新興企業を含めた各社のフレームワークが、企業のニーズにどう応えていくのか、今後の展開が注目される。
文:細谷元(Livit)