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より良い社会を構築するためには、次世代を担うこどもたちが健やかに成長できる環境づくりが必要だ。また、それを実現させるために、親が安心して子育てができる環境へのサポートも欠かせない。
具体的には、親子が安心・安全に暮らせる地域社会、質の高い教育や医療へのスムーズなアクセス、それらを支える豊かな経済など、子育てを取り巻く環境づくりには多角的な視点が必要である。加えて、家族の在り方も多様化している現代では、社会全体で子育てをしていくといった価値観の醸成も必要ではないだろうか。
このような状況の中、個人・団体・企業・自治体が主体となり、独自に子育て支援やこどもの居場所をつくる動きも活発化している。
今回、こどもの居場所づくりに奔走するNPO法人「モモの木」代表の横尾祐子氏と、元アイドルで現在は子連れでも気軽に行ける書店「夢眠書店」を運営する夢眠ねむ氏に話を伺った。子育て環境にも多様なニーズや課題がある中、誰もが子育てに優しいと感じる環境を構築するために必要なことは何か——。二人の対談からそのヒントを探る。

「笑顔になれる」ことが安心できる居場所づくりへつながる
夢眠氏と共に訪問したのは、大阪府堺市に拠点を置くNPO法人 モモの木。代表の横尾氏は、自身の経験から子育て支援・こどもの居場所づくりをしようと立ち上がった。カフェ運営にはじまり、こども食堂、こども図書館、子育てひろば、子育て支援ヘルパーの派遣など、その活動は多岐にわたる。
横尾氏「私自身3人のこどもを育てたのですが、当時こどもとゆっくり過ごせる場所がありませんでした。行ける所といえば、ファミレスかフードコートくらい。地域とのつながりも希薄だったため、親子でくつろげる場所が欲しいと思い、末っ子が1歳の時に小さな親子カフェを開きました。それがモモの木の始まりです。コロナ禍でカフェの運営がストップした際には、堺市からの委託事業として子育て支援ヘルパーの派遣を始めるなど、状況に応じて活動の幅を広げてきました」

親子の居場所が欲しいという実体験から活動を展開する横尾氏。一方の夢眠氏は自身が子育てをする以前から、子連れに優しいをコンセプトにした書店を開いていた。そこにはどんな思いがあったのだろうか。
夢眠氏「アイドル引退を機に、書店をやろうと決めていました。どんな書店にするかを考えていた時、ちょうど姉や友人たちの出産ラッシュと重なったんです。遊びに行くにも子連れだと『お店に迷惑をかけてしまう』と、みんな外出を避けていました。確かに、こどもが騒いでしまったら人の視線が気になりますよね。それならば、こどもが何をしても構わない場所をつくろうと思いました。本もネットで買える時代ですが、私自身こどもの頃に自ら手にした本が面白かった成功体験があるので、こどもが楽しめる書店にしたかったんです」
横尾氏「親が笑顔にならないとこどもも笑顔にならないので、安心してこどもを連れて行ける場所はとても貴重だと思います」
夢眠氏「そうですよね。私は出産を経て仕事復帰した際に『この書店をつくっておいて良かった』と思いました。子連れで出勤できるし、オムツ替えもできるし、自分がつくった書店の便利さに自分で驚いています。子育て中のお客様もそうではないお客様も、みんながこどもを見守る心づもりで来店してくれるので本当にありがたいです」

環境の選択肢を増やすために、必要な居場所の拡充と認知を
自身が子育てをしながら活動を展開してきた二人。子育て環境における課題はどこにあると考えているのだろうか。
夢眠氏「子育てに関する悩みを抱えている人はたくさんいるので、気軽に悩み相談ができる場所が欲しいですね。例えば、行政のサービスを利用するのはハードルが高い人もいるでしょうし、家族や友人には言えない悩みもあるはず。だからこそ、近くのカフェに行く感覚で誰かとお話できる場所が必要です。そこには何でも聞いてくれるマスターみたいな存在がいたり、いつも見守ってくれる常連さんがいたり。仰々しくなく、日常の中で息抜きができる場所。夢眠書店もその一つでありたいです」
横尾氏「私たちがこどもの頃は地域の『子ども会』活動も活発で、たくさんの思い出をつくることができましたが、今は入会しない方も多いようです。それは昔よりも親が共働きであることや孤育て家庭が多いことが原因だと思います。時代が変わってもこども同士の交流の場は大切にしたいので、こどもの居場所の選択肢が広がることが重要ではないでしょうか」

モモの木では、子連れOKのヨガ教室を開きたいという女性にスタジオとしてカフェスペースを提供するなど、地域住民の声を聞き柔軟に対応してきた。また、夢眠書店では本を販売するだけでなく、喫茶店としての役割もあり、子育て世代の憩いの場を提供している。
両者のような親子の居場所づくりが増える中、運営費の捻出や人材の確保が課題として挙げられる。しかし、多くの団体が助成金や寄付、ボランティアにより運営されているため、支援の輪を広げるための広報活動などに注力する余裕はないという。
こどもの居場所は、安心・安全であることを前提とすると、実際に利用した方からの口コミが一番信用できると話す二人。しかし、口コミだけでは情報を必要とする人に十分に行き届かない。そこで必要なのがウェブサイトやSNSの活用だが、日々の業務に追われて更新が滞ってしまいがちだと口をそろえる。
夢眠氏「なかなか広報まで手が回らないですよね。助成金や寄付を工面して運営している団体がある中、必ずしもウェブマーケティングの人材を雇える余力があるわけではありませんから。そう考えると、活動を広めてくれる“場”の必要性が見えてきます」
横尾氏「モモの木の活動の情報はほとんどが口コミで広がっていますが、居場所を必要としている方や協力してくださる方の目に留まるよう、もっと広める活動が必要だと感じています」

“孤育て”を減らし、次世代が自分らしく成長できる地域社会へ
二人の実体験や取り組みから、子育てしやすい環境づくりや地域社会全体で子育てに向き合うことが大切だと感じるが、こども、そして子育て中の親にとって“良い居場所”とはどんな環境だろうか。まずは夢眠氏にモモの木を訪れた感想を聞いた。
夢眠氏「横尾さんがおっしゃっていた、親の笑顔がこどもの笑顔につながるというのはとても共感します。こどものためを思ってやっていることでも、親がストレスを感じていたら元も子もありません。それは実体験としてあります。まずは、親が心の余裕を保ちながら子育てすること。それがこどもの笑顔を増やして健やかさを育むと思います。そのためには、モモの木さんのような場所が必要です」
訪問したのは3月の上旬、モモの木の施設内にはひな人形が飾り付けてあった。こうした季節行事や文化に触れる機会を創出することでも、地域のコミュニティーが場としての役割を担っている。
夢眠氏「こどもには知育や勉強も必要だけれど、それとは別に、一見どうでもよさそうなことが人生を豊かにすることがありますよね?私たちは目の前のことに必死で、季節の行事を楽しむような文化的な体験は二の次になってしまうけれど、モモの木さんのような地域コミュニティーの中で得られるものもたくさんあるのだと思います」

実際に、モモの木の利用者からはどんな声が上がっているのだろうか。
横尾氏「例えば、生まれたばかりのこどもを抱えて他方から引っ越してきた方は、地域にどんな施設や学校があるのか分からないですよね?そんな時にモモの木を訪れて『保育園や小学校など、こどもの近い将来の話ができて助かった』という声がありました。また、皆さん『こどもを通して地域の方々とのつながりが生まれることがうれしい』とおっしゃるんです。私たちのような取り組みは、第一に孤育てを減らせることに存在意義があると考えています」
モモの木では、不登校などのこどもも受け入れている。こどもボランティアとして活動に参加する中で自信を持ち、地域の方々とコミュニケーションを図るうちに学校に通えるようになった児童もいるという。
また、自分がこどもの頃にお世話になり、成長してからボランティアとして再びモモの木を訪れる学生の姿もあるようだ。地域に根差すことで、活動の輪が次世代へと循環している。
横尾氏「利用者へのお声かけは『お困り事はありませんか?』くらいにしています。よく『ゆるいですね』と笑われるのですが、モモの木でどう過ごすかは人それぞれ。親もこどもも、まずは自分の時間を大切にして自由に楽しんでほしいからです。モモの木は、大学生やシニアのボランティア、ハンディを抱えながら一般就労を目指す若者、不登校の中学生など、地域のいろんな方々が携わってくれています。親子の居場所をつくりたいと思って始めましたが、地域の皆さんも自分の時間を豊かに過ごすために来てくださっているんです。真ん中にこどもがいるからこそ、いろんなカタチで地域とのつながりが生まれています」

社会全体のアクションでより良い未来を目指す
両者の活動のような、子育て支援やこどもの居場所づくりを応援しているものの一つに、こども家庭庁が進めている『こどもまんなかアクション』がある。こどもや子育て中の方々が気兼ねなくさまざまな制度やサービスを利用できるよう、社会全体の意識改革を後押ししている。個人や団体、企業、さらには自治体の取り組みの輪を広げていくことを目的とし、ウェブサイトにて好事例を紹介している。
また、こども基本法(2023年4月1日施行)では、18歳や20歳といった年齢で区切ることなく、心と身体の発達過程にある人を「こども」と定めている。だからこそ、ライフステージの違いから必要なサポートが途切れてしまうことがないよう、社会全体の理解と協力が欠かせない。
そして、同アクションでは理解と協力を得るため、“こどもまんなか応援サポーター”への参加を呼びかけている。サポーターになるための申請や登録は不要。タグとして「#こどもまんなかやってみた」を付け、活動内容をSNSに投稿するだけで賛同を示せるという。今回訪問したモモの木も、“こどもまんなか応援サポーター”としてその輪を広げている。
対談を終えた横尾氏は「この活動を10年20年と継続するのが目標です。続ければ続けるほど地域に根差していくと実感しています。親もこどもも安心して過ごし、みんなが笑顔になれる場所をつくるため、ぜひ私たちのような活動に目を向けてもらえるとうれしいです。そして、大人になると一人で解決しようとしてしまいますが、互いに助け合える場があることを、より多くの人に知ってほしいです」と呼びかける。

夢眠氏は「多くの活動が一回限りではなく継続することが求められていると思います。そして、ライフステージで分断しないことも大切ではないでしょうか。たとえ子育てを経験していなくても支援したい人はいるはずです。子育て当事者だけで解決しようとせず、いろんな人たちが交われる場所があってこそ社会全体での支援が広がります。まずは活動を認知してもらうことが第一歩。“こどもまんなかアクション”でも、さまざまな活動をどんどん広めてほしいです。私もウェブサイトやハッシュタグをチェックしてみます」と、述べた。

児童手当の拡充にはじまり、5年前10年前にはなかった支援政策が充実しており、この春にも多くの支援事業がスタートする。こうした国の政策や地域の取り組みなどが連携を深めることで、よりやさしい社会の実現性が高まるだろう。今回取材した「モモの木」のような、地域のこども食堂などに足を運んでみることで、新しい選択肢が広がる。安心できる子育て環境がこどもの健やかな成長へとつながるよう、社会全体でさまざまな活動を応援していきたい。