近い将来、コーヒーが希少なものになるかもしれない。気候変動などの影響により、コーヒー豆の生産量が大幅に減少する可能性がある「コーヒーの2050年問題」が懸念されている。こうした状況の中で、コーヒー生産の持続可能性を高めるために、生産者と買い手が直接取引(ダイレクトトレード)を行う透明性の高い産業構造の構築に取り組んでいるのがTYPICAだ。

同社は2021年にオンラインプラットフォームを立ち上げ、現在までに世界84カ国・地域にまたがる登録者ネットワークを築いてきた。実際に59カ国・地域で取引が成立し、166,970軒の生産者、6,273軒のロースターと契約を結んでいる。

2030年には流通取引総額4,000億円を目指す中、2024年11月の新体制移行に伴い取締役社長に就任した葛西龍也氏に、TYPICAの現在地と今後の展望を聞いた。

「経営は目的ではなく、世界の構造を変える手段」フェリシモで学んだ経営哲学

葛西氏は、通信販売会社のフェリシモで25年間にわたり新規事業開発を担当し、キャリアを積んだ。

2020年からは、ファッションEC「haco!」を子会社の社長として運営。そのフェリシモ時代に、矢崎勝彦会長・和彦社長から受けた経営哲学が大きな影響を与えたという。

「『経営は目的ではなく、世界の構造を変える手段だ』と徹底的に教え込まれました。『30歳までは面倒を見るけれど、30歳になったら自分らで会社をつくるんや』とも。社外では、勝彦会長は京セラ創業者の故・稲盛和夫氏が若手経営者に経営哲学を教える『盛和塾』の発起人のひとりを務め、塾全体の運営にも携わっていました。実はTYPICA代表取締役CEOの後藤さんとは、そのご縁で出会い、企業活動を通じて社会と人間生活をより良くする『公共経営』に対し、同じ志を持っていました」

2024年1月、「haco!」がフェリシモに吸収合併されたことを受け、葛西氏は同年2月末に退任。その後、自分をリセットするために世界一周の旅に出た。旅の途中、オランダに住むTYPICA代表取締役CEOの後藤氏と再会し、経営について意見を交わした。

「世界を巡れば何か答えが見つかるかと思いましたが、実際には特に何も得られませんでした(笑)。ただ、日本市場だけを見ていては限界がある。グローバルなビジネスに挑戦したいという思いは、より強くなりました。そんな折、5月ごろに後藤さんから『TYPICAの物流を一緒に改善してくれないか』と相談を受けたんです。当時はまだ自分の進むべき道がはっきり見えていなかったこともあり、一瞬迷いましたが、業務委託という形で関わることにしました。その後、10月からはフルコミットし、11月には経営参画することになりました。」

生産者が価格設定 コーヒー豆1袋から直取引

TYPICAのビジネスモデルは、シンプルながら革新的だ。中南米やアフリカなど世界各地のコーヒー生産者と、日本やヨーロッパのカフェ経営者や焙煎事業者を直接つなぐダイレクトトレードのオンラインプラットフォームを運営している。

通常の取引では、コーヒーの価格は先物市場の国際相場に基づいて決められるため、生産者自身が価格を設定することはできない。その結果、世界のコーヒー小規模生産者の約44%が、今もなお貧困状態にあると言われている。一方、TYPICAのプラットフォームでは、国際相場に依存せず、品質や生産コストに応じて生産者が自ら価格を決めて出品できる仕組みを提供している。

葛西氏は、TYPICAのビジネスモデルの特徴として、次の3つを挙げる。

「1つ目は、コーヒー豆1袋という小ロットでも取引できること。通常、ダイレクトトレードでは生豆を18トン単位のコンテナで輸出するため、小規模生産者やロースターにはハードルが高いのが現実です。しかしTYPICAでは、複数の事業者が購入した生豆を1つのコンテナにまとめて輸入する仕組みを採用し、規模の大小を問わないダイレクトトレードが可能になっています」

「2つ目は、価格の透明性。TYPICAでは、生産者が相場に左右されず自分で価格を設定できるだけでなく、輸送や精選にかかる費用を含め、金額の内訳を全て公開しています」

「3つ目は、旬のコーヒーを流通させられること。生産から消費まで適切に管理された高品質なコーヒーは『スペシャルティコーヒー』と呼ばれます。コーヒーの実は完熟すると赤くなり、それを1つ1つ手摘みすることで高品質なコーヒーが生まれます。ただ、生産量が少ない場合、現地で他の豆とブレンドされてしまうことも多いのが実態です。TYPICAでは、少量生産の希少な豆も混ぜることなく、生産国で収穫と精選が始まった段階で予約を受け付けるため、買い手は新鮮で高品質なコーヒー豆を購入することができます。愛媛のミカン農家さんに『今年採れる分をこれぐらい送ってほしい』と予約するイメージです」

歴史的高騰のコーヒー豆相場 「気候変動以外の根本的な問題がある」

コーヒーの国際相場は今、歴史的な高騰状態を記録している。2024年12月10日には、データが残る1972年以降での最高値を更新。過去1年間で市場価格は約80%も上昇している。この価格高騰の背景には、最大の生産国であるブラジルでのコーヒー豆の不作予測がある。干ばつなどの気候変動が一因とされているが、葛西氏は「それだけではない」と指摘する。

「価格が2倍になっているのに、生産量が半減したわけでも、需要が2倍に増えたわけでもありません。根本的な問題は、利益目的の売買が行われやすい先物市場にあると考えています。つまり、実際にはコーヒー豆を購入する意図のない投機筋が先物市場で取引を繰り返すことで、価格を吊り上げているのです。その影響で、生産者も『明日は今日より価格が上がるはずだ』と考え、売り控えが発生します。その結果、さらなる価格の高騰につながります。

しかし、やがてバブルは崩壊し、価格が急落するはずです。先物市場に依存して価格が決まる産業構造のせいで、生産者の生活は常に不安定になってしまう。こうした状況をもう終わりにしませんか、と言いたい。相場が変動しても、人件費は変わりません。結果として、離農する人が増えてしまうのです」

生産者から消費者まで 新たなコーヒー文化を創出する

TYPICAはこれまでに約30億円の資金を調達し、順調に成長を続けている。

「2030年までに流通取引総額を4,000億円にすることが目標です。もちろん簡単な道ではありませんが、CEOの後藤さんをはじめ、メンバー全員が情熱を持って取り組んでおり、スピード感も増しています。私たちはコーヒーを起点に、新しい世界や文化を創り上げていきます」

葛西氏はフェリシモ時代、米同時多発テロ(9・11)を受け、チャリティーTシャツの制作・販売を企画した経験を持つ。1枚につき300円という少額の寄付だったが、1年で7万枚を販売し、合計2,000万円をニューヨークとアフガニスタンで親を亡くした子どもたちの支援に寄付した。

「みんなができることを少しずつ積み重ねるだけで、社会を変えられると実感しました。TYPICAの事業も同じです。消費者から見れば『一杯のコーヒーで何が変わるのか』と思うかもしれませんが、100人が飲めば100杯になります。TYPICAは『コーヒー取引の祝祭文化共創』を提唱し、コーヒーの収穫から消費者の楽しみ方までを見つめ直し、新たな文化を創り上げることを目指しています」

コーヒーの2050年問題では、気候変動の影響ばかりに焦点が当てられがちだ。しかし、未来でも変わらずに美味しいコーヒーを楽しめるようにするには、生産者が取引の主導権を握れない現在の流通構造そのものを変革する必要があると葛西氏は強調する。

「TYPICAが掲げる『コーヒー取引の祝祭文化』とは、コーヒーという植物の果実を生み出す大地への感謝、収穫し生豆へと精製してくれる人びとへの感謝、運ぶ人びとへの感謝、焙煎する人びとへの感謝、そしてその一杯を楽しむすべての人びとへの感謝を循環させることです。この循環を通じて、生産に関わる人びとの生活や自然環境を守り、将来世代へ美味しいコーヒーを受け継いでいく。それが、私たちが創ろうとしている永続的な文化です。

この文化を広げることで、コーヒー産業そのものを持続可能な構造に変えていけると考えています。そのためには、透明性が高いダイレクトトレードを主流化していくことはもちろん、コーヒーを愛する消費者も巻き込んでムーブメントを起こしていきたいです」