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アルバイトといえば、あらかじめ組まれたシフトに沿って働くのが一般的だった。単発アルバイトも「日雇い」という形で存在してはいたが、特定の業種に限られることが多く、不安定さが否めなかった。しかし、こうした認識はもはや時代遅れだと、アルバイト・パート求人情報メディア「バイトル」を運営するディップ株式会社執行役員 DXサービスオフィサー 兼 AI・DX事業本部長 兼 COO室長、藤原彰二氏は語る。
同社は昨今、「スポットワーク」や「スキマバイト」とも呼ばれる単発アルバイトサービス『スポットバイトル』を提供している。同サービスは2024年10月、東京23区限定で先行スタートし、12月12日から全国展開を開始。同社は1997年の創業以来、20年以上にわたりアルバイト・パート求人情報を提供してきたが、強力な競合がひしめく市場において、後発である彼らはどのように勝機を見出しているのだろうか。一般社団法人スポットワーク協会によると、スポットワーク市場は2024年11月末時点で登録者数約2,800万人にまで急成長を遂げている。この急成長市場における同社の戦略と勝ち筋について、藤原氏に話を聞いた。
スポットワークの盛り上がりを受け、『スポットバイトル』を前倒しでリリース
――昨今のスポットワーク市場の盛り上がりについて教えてください。
これまで私たちは『バイトル』などの求人情報メディアを通じて、アルバイト採用の支援をしてきました。その中心的な役割は「シフトを埋める」というものでしたが、近年、働き手のニーズが変化しています。働き手の予定がリアルタイムで変動する時代となり、これまでのように1~2カ月前にシフトを提出するスタイルが、ライフスタイルに合わなくなってきているのです。
例えば、かつては海外旅行を計画する際、2〜3カ月前に予定を組み、航空券やホテルを予約するのが一般的でした。しかし今では、韓国や台湾のような近場であれば、1週間前どころか数日前に思い立って出発することも珍しくありません。このようにインターネットやスマートフォンの普及を受け、世の中のあらゆるビジネスモデルが待ち時間を短縮し、リアルタイム化してきているのです。
――そうなると、1〜2カ月も前の予定は決められず、シフトを組むのが難しいということですね。また、急な欠勤なども増えそうです。
その通りです。さらに、正社員として働いている方々が副業としてスポットワークを利用するケースも増えてきています。このような社会情勢の変化を受け、私たちは『スポットバイトル』を立ち上げ、スポットワーク市場に参入することを決めました。
従来の『バイトル』は、働きたい人と企業をマッチングする求人情報のオンラインメディアでしたが、『スポットバイトル』では新たに給料の振り込み代行サービスも提供しています。これにより、アルバイトを探すところから給料を受け取るところまで、ワンストップで利用できる仕組みを構築しています。
――既存の『バイトル』事業がある中、『スポットバイトル』を始めることで社内競合になるという懸念はなかったのですか?
もちろんありました。ただ、すでに『バイトル』掲載求人の約3割が短期アルバイトになっている現状を踏まえると、競合を気にするよりも両サービスの相乗効果を高める方が有益だと判断しました。また、サービス開発を進めていく中で、長期と短期、そしてスポットの求人をすべて網羅している方が効率良く営業やマーケティングができることも分かってきました。そこからはスピード感を重視してサービスインに踏み切りました。実際、当初の予定よりも大幅に前倒しして公開することになりました。
手数料10%持ち出しでも実現したかった「Good Job ボーナス」
――すでに大きな実績を持つ求人情報メディア『バイトル』との連携で、『スポットバイトル』にもシナジーが生まれている印象がありますが、それ以外に先行する競合サービスに対する優位点がありますか?
サービス開発の際、雇用側を対象に行ったヒアリングでは、一度だけ、あるいはごく短期間スポットで働くワーカーのモチベーションを維持するのが難しいという声をいただきました。「ロイヤリティ高く働いてくれるのはやはりシフトワーカーで、スポットで働く人はそこまで熱心に働いてくれない」といった意見です。そこで、『スポットバイトル』では、スポットワークでもシフトワークと同等の熱意をもって働いていただけるよう「Good Job ボーナス」という日本初の独自機能を導入しました。
この機能は、「Good」評価を受けたワーカーに対し、当社が時給に上乗せしてボーナスを支給する仕組みです。具体的には、通常30%いただいているサービス手数料のうち10%分をワーカーに還元するというものになります。手数料からの支出であるため、企業側の追加負担は一切ありません。雇用主には、よく働いてくれたというだけではなく、普通に働いてくれた場合でも気軽に「Good」を押してもらうことで、ワーカーのモチベーションを高めてもらいたいと考えています。
なお、「Good Job ボーナス」には、ワーカーの直接的なやる気を引き出すだけでなく、始業前に「頑張ってくれたらGood Job ボーナス出すからね!」といった声がけをしやすくするなど、職場内のコミュニケーションを円滑化する効果もあると考えています。また、先ほどもお話ししたよう、『スポットバイトル』では給与振り込みを当社が代行するため、職場への帰属意識が薄れやすいという課題があります。そこでこのボーナスを通じて、ワーカーに雇用主を意識させ、職場との一体感を持ってもらう狙いもあります。
――しかし、手数料の10%を還元するのは、かなり大きな持ち出しになりますね。
その通りです(笑)。ただ、当社は長年、ワーカーの待遇向上を企業側に訴え続けてきました。テレビCMでも「時給を上げよう」をキャッチコピーに掲げており、実際、『バイトル』に掲載される求人は、他の媒体よりも時給が高めに設定されているケースが多いです。
これまでは企業に時給アップ分の負担をお願いしていましたが、今回の「Good Job ボーナス」は、私たちが費用を負担し、企業とともにワーカーの労働環境を改善していくという姿勢を示す取り組みです。
これを実現できたのは、『バイトル』と『スポットバイトル』を統合的に営業・マーケティングすることで、コストを圧縮できたからです。また、当社では面接など採用業務の効率化を支援するDXサービスも展開しており、複数事業で収益を補完する仕組みがあります。『スポットバイトル』の利用手数料を10%還元しても、十分に競争力を維持できると考えました。
まだサービス開始から間もないため、成果についてはこれからの検証となります(編集部注:取材はサービスの全国展開前に実施)。ですが、当社には「私たちdipは夢とアイデアと情熱で社会を改善する存在となる」というフィロソフィーがあり、そこに向けて社員が一丸となって取り組んでいるので、このビジネスが必ずや成功すると確信しています。
DXや生成AIを駆使して、働く人と働く人を支える企業をサポートしつづける
――『スポットバイトル』の今後の取り組みや展望について教えてください。
この12月から『スポットバイトル』の全国展開が始まり、本格的に事業を展開していきます。現時点では、『バイトル』に出稿している企業を中心に『スポットバイトル』を提案していますが、今後はスポットワーク専用のお客さまの開拓も進めていく予定です。
さらに、社会問題化している「闇バイト」への対応も強化しています。通常の審査に加え、AIなどのデジタル技術を駆使した対策を進めており、この11月には生成AIを用いた「闇バイト検知ツール」を導入しました。また、『バイトル』の機能のひとつである生成AIサービス「dip AI」に闇バイトへの対応を盛り込みました。
「dip AI」は、チャットで会話するような感覚で仕事を探したり、仕事にまつわる相談をしたりできるツールです。例えば、異常に時給の高いアルバイトを探しているユーザーには注意を促したり、警察の相談窓口へのリンクを案内したりする仕組みを導入しています。
また、ディップ全体の価値向上に向けた取り組みとして、『バイトルトーク』というアルバイト・パートに特化したコミュニケーションアプリを開発中です。
――『バイトルトーク』によって何が変わるのか、もう少し具体的に教えてください。
現在、アルバイト・パートを始めると、多くの場合、LINEなど既存コミュニケーションアプリを使用してグループに参加し、シフトなどのやり取りを行うことが一般的です。しかし、これにはいくつかの課題があります。例えば、セキュリティ面のリスクや、フォーマットが統一されていないことで起きる運用の非効率さです。この結果、シフト管理を担当する店長など現場担当者の負担が非常に大きくなっています。
『バイトルトーク』は、DXの力でこうした課題を解決し、シフト調整やコミュニケーションの効率化を実現します。
例えば、複数店舗を運営する小売店や飲食店では、急な欠勤が発生した際に他店舗のワーカーに応援を依頼するなど、スムーズな対応が可能になります。それでも対応が難しい場合は、『スポットバイトル』を活用して求人を出すこともできます。
――なるほど。しかし、スポットワークの抑制を促すというのは『スポットバイトル』の事業にとってあまり好ましくないことなのではありませんか?
そんなことはありません。私たちの最終目標は、働く人と企業により良いサービスを提供し、サポートすることです。『バイトル』も『スポットバイトル』も、そして『バイトルトーク』もあくまで選択肢のひとつにすぎません。私たちは、企業ごとの業態や事情に応じた最適なソリューションを提案する、提案型の営業組織へと進化していきたいと考えています。そこが、スポットワークやシフトワークに特化したサービスにはない強みであり、ディップの最大の差別化ポイントだと考えています。