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スタートアップに投資した経験のある複数の投資家に焦点を当て、投資判断の裏側にある思考プロセスに迫る「Investor’s eye」。今回登場するのは、これまでカバー、Mirattiv、バルクオム、ワンメディア、YOUTRUSTなどに投資を行い、アルの代表取締役を務めるけんすう(古川健介)氏だ。学生時代から多くのネット企業や事業を立ち上げてきた連続起業家でもあるけんすう氏に、日本が得意なビジネス領域やスタートアップに関する独自の定義を聞いた。
- 【プロフィール】
- アル株式会社 代表取締役 けんすう(古川 健介)氏
- 1981年生まれ。浪人中に大学受験サービス「ミルクカフェ」を立ち上げる。早稲田大学政治経済学部在学中に、レンタル掲示板の「したらばJBBS」を運営。リクルートに新卒入社後、起業してハウツーサイト「nanapi」を立ち上げるなど(2014年にKDDIに売却)、学生時代から多くのネット企業や事業を立ち上げてきた連続起業家。現在はアル代表取締役として、コラボ型きせかえNFT(Non-Fungible Token、非代替性トークン)「sloth(すろーす)」、成長するNFT「marimo」など、クリエイティブ活動を加速させる事業を手掛けている。著書に『物語思考 「やりたいこと」が見つからなくて悩む人のキャリア設計術』(幻冬舎)がある。
事業内容や人柄はあまり見ない。けんすう氏独自の投資観
投資家としてのイメージはあまりないけんすう氏だが、そもそもエンジェル投資を始めたきっかけは何だったのだろうか。
「前にやっていた会社がM&Aされ、エンジェル投資できる状態になったからです。ただ、これって自分の力で成し遂げたものでもなく、あくまでエコシステムの中の一部でたまたまの結果に過ぎないとも思っていて…。スタートアップ業界が盛り上がる一因としてエコシステムのもとで得たお金は、次の世代に投資すべきというのが習わしとしてあるため、それに倣いました」
成功した起業家が次世代を支援する文化を受け継ぎ、けんすう氏も投資活動を始めたという。しかし、その判断基準には独特の哲学がある。
では、けんすう氏にとって、投資を行う際の判断基準とは何なのか。彼の答えは、“一般的”な投資家像とは異なっていた。
「正直に言うと、事業内容や人柄はあんまり見ないんです(笑)。事業やビジネスについてもよくわからないし、僕に人を見る目があるとも思えないので。起業家に会ったら出しちゃう、くらいですね」
「もう今回の取材はここで終わってしまう」と笑いながら話すけんすう氏。意外な言葉に驚くが、それには彼なりの理由がある。
「成功する起業家って、どんなタイプなんだろう?と気になって色々調べてみたのですが、結局『このタイプ!』というのは見つからなかったんですよね。事業内容や市場が大事と言う人もいれば、社長の人柄だと言う人もいます。けれど、ポジティブな人が必ず成功するわけでも、好かれている人が成功するわけでもありません。完璧主義がいいのか、人に任せるタイプがいいのかもわかりません。だから、成功っておそらく確率論だと思うんです。そもそも、人が人を判断するのは難しいですよね。なので、やたらめったら出す人も必要だと思っています。これが投資基準を設けていない背景です」
成功が確率論であるならば、スタートアップが成功確率を上げる方法は何のか。けんすう氏は「挑戦の回数を増やすこと」と挙げる。
「人は変わるし、成長するから、今はダメでも後から良くなるかもしれません。例えば植物って、同じ高さで生えることはあんまりないらしいんです。みんな、その場所で生き残れる高さになっていくそうです。だから、スタートアップも生き延びられそうな場所を見つけて挑戦することで、成長していけると思います」
スタートアップにとって重要なのは、一度の挑戦で全てを決めることではなく、環境に適応しながら成長していくプロセスなのかもしれない。けんすう氏の投資哲学は、挑戦を重ねる起業家たちへの応援の形とも言えるだろう。
スタートアップは地場産業。「地域ならでは」にこだわったほうが良い理由
けんすう氏は、投資の判断基準を設けないと語る一方で、積極的に投資を行わない領域もあるという。その一つが、「プラットフォームビジネス」だ。
「アメリカで流行っているから日本でも流行るだろう、と考えて展開するプラットフォームビジネスにはあまり投資しません。シリコンバレーには、『Googleで働いていました』『Facebookで働いていました』という人がたくさんいるので、『世界に展開するプラットフォームを作る』際に、経験値が高い人材が多くいるためです。それに、ベンチャー投資に流れるお金の量も、アメリカは日本より圧倒的に多い。エンジニアとして優秀な人材も、アメリカの方がずっと多いはず。そう考えると、経験値もお金も人材も乏しい日本が、拡大と独占を目指し、ブリッツスケール(急激な成長を目指す)をしないといけないプラットフォームビジネスで勝つのは難しいと思っています。というか、おそらくシリコンバレー以外の地域はそもそも難易度が高いのかなあと」
このように、けんすう氏は地域や国ごとの特性を考慮し、競争力のある分野への投資を重視している。だからこそ、その地域からしか生まれないものに注力したほうが良いと話し、漫画などは1つの例だと言う。
「東京なら、東京でしかできないことをやらなければいけない、と思っています。都市にはそれぞれ強烈なメッセージがあるという、とあるエッセイに影響を受けておりまして…。例えば、サンフランシスコは『世界を変えなさい』というチェンジ・ザ・ワールドの思想が強いですが、ニューヨークは『お金を持とう』が主流です。
個人的には東京から伝わってくるメッセージは『面白いことをやれ』とか『クリエイティブなことをやれ』だと思うんです。だから、コンテンツ側に力を入れた方がいいと感じています。
これまでSNSがくる、AIがくると言っていた世界トップクラスのベンチャーキャピタルも、今はアニメがくると言っており、日本の事例も紹介されている。日本が活躍できる要素がとても強そうな分野ですよね。
日本の出版社は、膨大な数の作品を生み出し、その中で競争させます。人気が出なければ、2カ月で終了する実力社会です。この特殊な環境があるからこそ、多様で面白いコンテンツが育ちやすいんだと思います。例えば『マガジン』で『五等分の花嫁』という漫画が大ヒットしました。五つ子の姉妹との恋愛で、誰と結婚するかわからないという設定。ああいうちょっと変わった設定が出てくるのは、この熾烈な競争の中で、他との差別化や読者に刺さるものを作ろうとした結果だと思うんです」
さらに、けんすう氏は「日本ならでは」の領域にも注目している。例えば、個人が活躍できる分野、音声コンテンツなどだ。
「日本は個人が活躍する際には強みを発揮しますが、組織化すると意思決定のプロセスが『リーダーシップ』ではなく『空気を読む』文化に依存しがちになり、合意コストが高くなる傾向があると思っています。個人単位では尖ったことができるのに、組織だと合意するために、なんとなくアイデアが丸くなってしまうというのは多くの人が経験したことがあるんじゃないでしょうか。一方で、漫画の場合、漫画家と編集者2人のセットのような、個人が活躍する形式だからこそ、面白いアイデアが生まれている。このように『個人、または超少人数でのクリエイティブ』というのが日本の強みである可能性が高いという仮説を持っています。
最近、音声系のASMR(自律感覚絶頂反応)を制作している会社に投資したのですが、日本のアニメ声は、アメリカや中国には真似できません。声域や喉の使い方が言語的に異なるためです。こうした特徴も、中国市場などで評価されています。この辺りは『日本の強みだと思っていなかったけど、実は強みだった』みたいなケースで面白いなあ、と思います」
また、けんすう氏はスタートアップを「地域と密接に紐づく地場産業」と捉えている。
「スタートアップは、地域と紐づいているエコシステムの中でしか生まれないと思うんです。例えば、シリコンバレー以外からIT企業が生まれることは少ないですし、ニューヨークではハフィントンポストやバズフィードなどのメディア企業が育ちました。世界の真似をして成功する日本のスタートアップの事例が少ないのは、こうした地域特化の視点が不足しているからだと思います」
スタートアップを成功に導くには、その土地ならではの特性や強みに目を向ける必要がある。けんすう氏の投資観は、地域に根ざした起業家たちへのエールと捉えられるだろう。
外面が変わると内面も変わる。メタバースがもたらす影響力と印象に残る2社のスタートアップ
けんすう氏は、これまで日本の強みを活かして成長したスタートアップとしてカバー株式会社を挙げた。VTuber事業を通じて、新たな市場を切り開いた同社について、こう語る。
「カバー社の社長は私よりも年上で、VTuberという全く新しい産業を作り上げました。投資前に見せてもらったのが、中身は中年の男性だけど、外見はかわいい女の子のバーチャルYouTuberだったんです。その動画を見ていると、だんだん中の人の動きまで可愛くなっていくのが印象的で、人間は内面と外面が結びついているんだと実感しました。人間は情報空間で過ごす時間が非常に長いので、その環境から受ける影響によって性格や生き方まで変わる可能性がある。そう考えると、メタバースは人類史においても大きなインパクトを持つ技術だと思います。肉体と精神が分離した時に、大きなパラダイムシフトを起こす可能性があるなと」
メタバース関連で、もう1社注目しているのが株式会社NEIGHBORだ。フォートナイト内でメタバース空間を制作する同社に、けんすう氏はまず、試験的に100万円を投資したという。
「ニッチな領域だったので、絶対無理だろうと思ったんですが、断るのもなんか悪いので、とりあえず100万円を渡して専用のマップを作ってもらったんです。その結果、クオリティが非常に高く、主に日本以外のプレイヤー100万人以上が遊んでくれました。さらに、そのプレイ動画をTikTokに投稿した人もいたりして、それもさらに多くの再生数を記録したんです。その様子を見て、作品をPRしたい人にとってはすごく魅力的な場になる可能性があると思い、本格的に投資を決めました」
プラットフォーム全体を構築するのではなく、その上で展開されるコンテンツ制作に特化する姿勢が、けんすう氏には日本の強みとして映った。
「プラットフォームを作るとなると、規模やリソースでアメリカに勝てませんが、フォートナイト内でマップというニッチなコンテンツを作るのは日本人が得意な分野だと思います」
これまでのスタートアップ投資で学んだ教訓として、けんすう氏は「成功はがんばりや能力じゃない」と話す。
「優秀で頭がいい人でもうまくいかないことはありますし、逆に『本は読めない』というような、通常の学力が求められるところは苦手な人が成功することもあります。『これしかやらない』という執着で成功する人もいれば、諦めが早いからこそ成功する人もいます。超頑張ったけどダメな人もいれば、さほど苦労せずにうまくいく人もいる。つまり、よくわからない(笑)」
ただし、成功するには「自分や地域の土壌に合った挑戦」が必要だとも指摘する。
「植物が土壌に合わないと育たないように、スタートアップも環境や市場に適した分野で勝負することが大切だと思っています」
能力も頑張りも関係ない中で、これから成長しようとするスタートアップに対して、けんすう氏は次の2つアドバイスを送る。
「今、AIによって仕事を奪われる確率がすごく高くなっています。例えばライターのような職業では、生成AIを駆使して質の高い記事を作れるため、『仕事がなくなるかも』と感じる場面が増えています。一方で、生成AIの写真が便利でも、『この人に写真撮ってほしい』『面と向かって話しながらやりたい』といった気持ちは残るため、人間性がより重要になってくると思います。印象的だったのは2人の翻訳家から聞いた話です。1人は生成AIを活用して仕事が倍増した一方で、もう1人はAIの影響で完全に仕事を失い、廃業してしまいました。つまりは、AIによって仕事が増えている人と、仕事がなくなった人に分かれているわけです。この差は非常に怖いと思いました。おそらくは『この人に仕事を頼みたい』と思われる人には仕事が集中し、AIによって効率的にできるから量をこなせているんですが、その人が大量の仕事をできるようになったからこそ、他の人の仕事が減っているわけです。となると、AIを活用して業務効率化を高めると同時に、人間性を磨くことがこれからの時代には欠かせないと思います」
解像度が低く、思い込みでやるのは失敗のもと。とにかく顧客の声を聞け
加えて、スタートアップが成功するためには「解像度を高める」ことも大事だと話す。
「よく言われることではありますが、やはりお客さんの声をたくさん聞くことはとても大事だと痛感します。例えば、レゴの再生の話を最近聞いたんですが、一時期『潰れるかもしれない』と言われていたとき、とにかく子どもにインタビューをしたそうです。当時、レゴの人たちは『簡単に作れる』『自由にクリエイティビティを発揮できる』ことがレゴの価値だと思い込んでいました。ところが、子どもだちが求めていたのは『難しいものをやり遂げる達成感』だったんです。そこで、難易度の高いセットを投入し、説明書を見ながらプラモデルみたいに組み立てる形式を採用したところ、それが市場に受け入れられ、大きく成長しました。経営層の先入観だけで『楽しくて簡単で遊びやすい』方向に進んでいたら、今の成長はないですよね」
最後に、けんすう氏が今後やりたいことについても伺った。
「クリエイティビティが生まれやすい状況を作るのが、おもしろいと思っています。アルでは、着せ替えができるNFTを提供しており、本体や洋服をユーザーが自由に作れる仕組みを作りました。これにより、コミュニティ主導でさまざまなアイディアが生まれています。『そんな発想するんだ』『そんなの作るんだ』という発想の面白さは、日本ならではだと思います。また、AI技術の進化によって、動画制作などクリエイティブ分野の敷居が下がり、技術のない一般の人でもAIで簡単に動画を作れる環境が整いつつあります。新しいものが生まれて、技術がなかった人でも作れる環境を整えていきたいですね」
最初は、「事業内容や人柄はあんまり見ず、起業家と会ったら出しちゃう」と話していたけんすう氏だが、話を聞くと、日本ならではのクリエイティビティを活かしたコンテンツ制作やスタートアップは地場産業など、独自の考えを聞くことができた。世界を見据えるよりも、足元の価値に目を向けスタンスは、多くのスタートアップにとって貴重な示唆を与えている。
スタートアップが解像度を高め、顧客の声を聞きながら進化していく。そんな過程を重視する彼の考え方は、今後の日本のスタートアップが成功する上で大きなヒントとなるだろう。
文:吉田 祐基
写真:小笠原 大介