現代では高齢化が深刻な問題として叫ばれている。世界銀行の2023年統計データによると、日本は高齢化率ランキングで2位となっており、高齢化問題への取り組みは他国に比べても非常に重要度が高い。

さらに、内閣府の「将来推計人口」における中位推計では、今後も日本の老年人口比率は上昇を続け、2025年には28.7%、2050年には35.7%に達すると見込まれている。この推計によると、現在は現役世代(20~64歳)約3.6人で1人の高齢者(65歳以上)を支えているが、2025年には約1.9人で1人、2050年には約1.4人で1人を支える状況になるという。

この近い将来、若者1人で高齢者1人を支えることが求められる状況がまさに「2050年問題」である。

医療業界もまた、2050年問題含むさまざまな社会問題に対して備えなければならない。こうした状況の中で、医療・介護・予防医療の分野を中心に躍進を遂げているのが「桜十字グループ」という医療グループだ。同グループは、地元バスケットボールチーム「熊本ヴォルターズ」との協業をはじめ、医・食・住をテーマにしたヘルスケアテーマパーク「予防医療センターメディメッセ」を展開するなど、多方面から医療の可能性を探っている。

今回、桜十字グループの執行役員CMOである那須一欽氏に、今後の医療業界が直面する課題や、それに伴う社会問題について話を伺った。

世界が直面する高齢化と日本のリーダーシップ

2050年問題とそれに付随する社会問題について、まず注目すべきは、日本の人口構造の劇的な変化である。総人口は、2008年に約1億2,800万人でピークに達したが、今後減少し、2050年には1億人を下回ることが予測されている。これは、1970年とほぼ同水準になるということであるが、ここで問題となるのは、単なる人口減少ではなく、その内訳が1970年当時とは大きく異なる点である。

「1970年当時は、65歳以上の人口比率はわずか約7%に過ぎなかったのに対し、2050年には約37%に達すると予測されており、約30%も増加します。これは、1970年は約10人の生産年齢人口で1人の高齢者を支えていたところが、2050年は、約1.4人で1人を支えなければならない状況となります。

桜十字グループ 執行役員CMO那須一欽氏

医療・介護分野に携わる私たちにとって、日本の高齢化問題は非常に大きな問題です。さらに世界的に見ると、2060年には世界の約200カ国のうち半分が、今の日本と同等の高齢化率に達すると見られています。日本は現時点で世界トップの高齢化率ですが、2060年には高齢化率40%を超え、依然としてトップを走り続けるでしょう。

このように、超高齢社会のトップランナーである日本こそが、世界に向けて持続可能な未来のモデルを示すべき存在です。同時に、私たち桜十字グループに課せられた使命であるとも考えています」

生成AIとSociety5.0が描く未来の医療

参照:内閣府「Society 5.0」

2050年に向けて、医療業界のあり方が問われている。2016年に閣議決定された「第5期科学技術基本計画」において、内閣府は日本が目指すべき未来社会の姿として、Society5.0を提唱した。この概念は「仮想空間と現実空間を高度に融合させることで、経済発展と社会的課題の解決を両立させる人間中心の社会」を目指すものである。

そして、私たちがその一端を如実に感じるきっかけとなったのが、2023年に登場した「Chat GPT」をはじめとする生成AIの普及だろう。こうした技術は、生活や働き方、そして社会全体の構造に多大な変化をもたらし、今後テクノロジーは指数関数的に進化していくものと予測されている。

このようなテクノロジーの進化は、今までにない技術や体験の創造、圧倒的なスピードによる効率化の実現、そしてデータに基づいた合理的な判断を可能にする一方で、医療が発達して「死ねない」未来、便利過ぎて「動かない」未来、AIが進化して「考えない」未来、というのも想定される。

「技術が進化を続ける中で、私たち人間がテクノロジーをどのように活用するかが、人類の未来を大きく左右します。2050年問題として挙げられた高齢化問題には、医療・介護を受ける側と提供する側がの双方に課題が存在します。

これらの問題に対応するため、医療技術の進化による病気の克服、介護においては要介護者を減らすためのフレイル段階でのサービス提供、健康寿命を延ばすための予防医療の充実、さらに幼少期からの長期的な健康づくりや、包括的なヘルスケアサービス等の重要性がこれまで以上に高まっています。

特に、高齢者医療や予防医療におけるエビデンス構築や新たなサービスの開発が求められており、私たち桜十字グループにも、各フェイズや事業での研究・開発を促進し、組織体制を強化しています。

一方で、提供側の課題として、現在でも医療・介護分野では深刻な人手不足が問題視されています。ケアスキルの改善に加え、ICTやAI、ロボティクスなどの技術を積極的に取り入れる一方で、スタッフがやりがいを感じ、ウェルビーイングな状態で働けるよう、ライフスキル研修や技術支援も行なっています。

また、2050年に向けてライフサイエンス領域の技術開発が進み、疾病構造や人口動態も変化する中で、時代が求められる要素は、身体的なサポートから、より精神的、社会的な支援へとシフトしていくと考えられます。そのため、メンタルヘルスやコミュニティづくりといった、従来の枠組みを超えた新たなサービスについても総合的に検討していく必要があると考えています」

超高齢社会解決の鍵は「ウェルビーイング」?

厚生労働省は、2014年の診療報酬改定において、高齢者の尊厳保持と自立支援を目的に、「地域包括ケアシステム」の構築を提唱した。これにより、高齢者が住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最期まで続けられるよう、地域の包括的支援体制の整備が求められている。翌2015年には、『保健医療2035提言書』において、「日本は健康先進国へ」というビジョンが示され、2035年に向けた保健医療のパラダイムシフトのひとつとして、「キュア中心からケア中心へ」という方針が打ち出されている。

桜十字病院では、この新たな流れに対し、在宅復帰支援における質的機能の向上を進めるため、経口摂取が難しい患者様を対象に「口から食べるプロジェクト」を2014年に開始。

「桜十字グループ全体で発足したこのプロジェクトは、在宅復帰の必要条件とされる“口から食べること”を支援することで、単なる在宅復帰にとどまらず、ADL(日常生活動作)やQOL(生活の質)の向上を図り、在宅介護者の負担を軽減しながら、在宅復帰後の生活を持続可能なものとすることを目指しています。こうした取り組みにより、食べる喜びや生きる幸せに満ちた地域づくりを推進し、

まさに『キュアからケアへ』の実現に向けて取り組んでいます」

今年で10年目を迎えたこのプロジェクトは、現在では全国から「口から食べるプロジェクト」による入院が寄せられ、約7割の患者が3食を経口摂取できる状態に移行しているという。

特筆すべきは、入院当日に経口摂取を開始できる患者が4人に1人に上る点である。これは正しい技術と知識、豊富な経験があってこその成果であるが、那須氏は「最も重要なことは、医療従事者があきらめない姿勢を持ち、リスクを優先して食べられない理由を探すのではなく、どうすれば食べられるかというスタンスで取り組むことです。食形態や姿勢、環境や食事介助技術など、包括的なアプローチによる賜物です」と語る。

桜十字グループの今後の展望

桜十字グループは、2005年の創業から約10年間を「メディカル・グループ」として歩み、その後の10年間を「ヘルスケア・グループ」として発展させてきた。そして2025年以降の10年間は、「ウェルビーイング・フロンティア・グループ」として、新たな展開していく計画である。

「私たちの活動における核は、依然として医療であることに変わりはありませんが、その考え方は新たなビジョンと共に進化させていくつもりです。これからの時代を見据え、医療を『しあわせ』という基準で再定義することが私たちの目指す方向です。

この『しあわせ』の概念には、先述のとおり『身体的・精神的・社会的』の3軸からウェルビーイングのあり方を追求していく考えがありますが、さらに重要な基軸としてQOL(=生活の質)という概念も掲げています。

Quality Of Lifeの略語ですが、私たちは、このLifeに『生活・人生・生命』の3つの意味を定義しています。

つまり、日々の生活、一度きりの人生、そして尊い生命の全てに対してウェルビーイングなサービスを提供することを目指しています。

日常の生活については、より豊かなものにしていきたい。QOLが向上する要素であれば、アートやインテリア、エンターテインメントといった分野も積極的に取り入れていくつもりです。

一度きりの人生をより楽しみ、充実させるためには、様々な体験が必要です。特に今後100年という長い人生を見据えれば、時に熱くなり、時に癒やしが重要です。私も昭和のエネルギッシュな時代にノスタルジーを感じることがあるのですが、現代版の高度成長期ともいえる明るく元気な日本を目指し、スポーツやリゾート、ホビー関連との協業も面白い展開になるのではないかと期待しています。

そして、尊い生命を最期まで自分らしく生きられるよう、私たちが提供するサービスを通じて、健康寿命の延伸や要介護者の支援、尊厳ある医療のあり方を追求していきたいと思います」