パリで行われた、2024年パラリンピック。ファッションの都での開催だったからでもないだろうが、今回から障がいを持つ選手が着脱しやすいよう配慮したアダプティブウェアの採用が一段と増えたようだ。パラリンピックは世界最大規模の障がい者スポーツの祭典でありながら、意外にも選手によっては障がいのためにオフィシャルユニフォームなどが着られないケースが今まであったという。

アダプティブウェアは障がい者や高齢者のニーズに合わせ、特別にデザインされた服だ。障がい者運動の高まりから、機能性に加え、ファッション性も問われるようになった。服とその着用者の気持ちには大きな関連性があるからだ。

アダプティブウェア市場の2031年までの年平均成長率は8.2%。急速に発展するテクノロジーの導入で、アダプティブウェアは着用者にとって、より意味があるものになってきている。ニッチ市場とばかり考えられてきたアダプティブウェアに、大手ブランドが徐々に市場参入し、ビジネスチャンスを見出すようになっている。

障がい者や高齢者のために工夫を凝らしたのが、アダプティブウェア

ルルレモンが、カナダ代表チームのパリ大会のためのアダプティブウェアを担当
© lululemon / Scott Ramsay

アダプティブウェアは、見た目は普通と変わりないが、障がい者や高齢者が着やすいようにデザインなどに改良を加えているものだ。例えば、背中部分が開くようになっていたり、ボタンの代わりにマグネットを付けてあるシャツ、幅を広くしたスリッパや靴、スナップの付いたパンツ、ウエストをゴムにしたスカートなどのことだ。

パラリンピックの東京大会で、カナダ代表としてボッチャ競技に参加したアリソン・レバイン選手は開会式の際、車いすを利用していたため、ほかの選手同様のフィットした白いジーンズを履けず、代用品でその場をしのいだことを米国のビジネスメディア『ファスト・カンパニー』が伝えている。

しかし、パリ大会に際してはレバイン選手らの意見を取り入れ、米国のスポーツウェアブランド、ルルレモン・アスレティカが誰にとっても着やすい服をデザイン。特にレバイン選手が着ることを前提とした、カーペンターパンツを創り出した。車いすに座ったままで着用でき、すねのところにポケットが付いたもので、レバイン選手の名を取り、「アリソン・パンツ」と呼ばれているそうだ。

服は、着ている人の気持ちに影響する

ブリトニー・メイソン選手は米国代表の陸上選手だ。パラリンピック運動と自分自身を語る、特注のネックレスを常に身につけている。キラキラしたものやジュエリーが好きというメイソン選手は、チームメイトにスタイル上のインスピレーションを与えているそう。ファッションのご意見番のような彼女は、国際オリンピック委員会のウェブサイト上で、「もし自分が素敵だと感じられたら、走りもよくなる」ことを明言している。

ロンドン芸術大学のロンドン・カレッジ・オブ・ファッションにファッション心理学部を設立した認知心理学者のキャロリン・メア博士によれば、私たちが身に着けるものは自分のアイデンティティを外の世界に伝える役割があるほかに、自らの心理状態に大きな影響を与える可能性があるという。

着心地が良い服や似合う服を着れば、気分は高まり、自信を持てる。反対に着心地が良くない服や体に合わない服を着ると、自意識過剰になり、不安感を抱くようになる。これは、科学的研究で明らかになっていることだ。

アダプティブウェア市場は、年平均成長率8.2%で拡大中

ヴィクトリアズ・シークレットX PINKは、アダプティブランジェリーを提供 © Victoria’s Secret

レバイン選手は、「障がいのあるなしに関わらず、誰もが素敵に見えたいものだ」と、『ファスト・カンパニー』に話している。アダプティブウェアの場合、服の機能性や快適さを追求するがためにファッション性が後回しになることを、同選手は残念に感じている。

障がい者の平等な機会と権利の確保を目指す、障がい者運動は昨今ますます盛んになり、広がりを見せている。レバイン選手は、東京大会の開会式で経験したことを踏まえ、「私たち障がい者はもうこんな我慢はしない」と主張する。

競技で力を最大限出し切るために、パラ選手が、障がいを考慮した実用性のみに優れたスポーツウェアを着る時代は終わったのだ。障がいがある人は、今や着やすいだけでなく、気持ちを引き立てる、おしゃれなアダプティブウェアを求めている。

こうした声を反映するかのようにアダプティブウェア市場は拡大を続けている。世界的に市場調査とコンサルティングを行うコヒーレントマーケットインサイト社による「アダプティブウェア市場分析」によると、2023年同市場の価値は、158億USドル(約2兆5,500億円)だったが、2031年には298億USドル(約4兆4,000億円)まで成長すると予想されている。2024年から2031年までの年平均成長率は8.2%だ。

アダプティブウェアの利用者は、主に障がい者と高齢者。WHOによる調査によれば、2023年3月現在、世界人口の16%を障がい者が占める。この数字は増加中だ。

また高齢者の人口も増加している。全世界の65歳以上の人口は2021年には7億6,100万人だったが、2050年には16億人に倍増するとUNは予測する。80歳以上は、さらに急速に増加している。

トミー・ヒルフィガーも、アンソロポロジーも、誰もが同じスタイルを楽しめるよう配慮

2022年の『フォーブス』誌掲載の記事は、アダプティブウェア市場はニッチ市場ではないとしている。イスラエルを拠点にアダプティブウェアのコンサルティングおよび認定を行うパルタ社を経営するシェイ・シニア氏は、アダプティブウェア業界は障がい者だけを対象とした限定的な市場ではなく、インクルーシブな服やユニバーサルウェアをも含む市場だと考えるべきと提案する。

そして、「障がい者専用のブランドを創り出すのではなく、どのブランドもアダプティブウェアを手がけるといいだろう」と、オープンスタイルラボのフェローであり、コロンビアのボゴタを拠点に自身の名を関したブランドを展開するアンドレア・サイエ氏は薦める。オープンスタイルラボは、障がいの有無に関係なく、誰もがどのようなスタイルのものも身につけられるよう、社会に呼びかける非営利団体だ。

ブランドは、アダプティブウェアのデザインが、通常のデザインとまったく違うと考えがち。しかし、実際はすでに存在する基本デザインを軸に顧客からのフィードバックをもとに調整を加えるだけ、とサイエ氏は続ける。ほぼ同じデザイン、同じ素材を使うので、コストの節約も可能だ。

アダプティブウェアを先導するブランドといえば、トミー・ヒルフィガーだろう。2016年に、障がい者に合うよう通常のコレクションに手を加えた、「トミー・ヒルフィガー・アダプティブ」を発表した。通常のコレクションと同じデザイン・生地を使っており、見た目には、アダプティブウェアであることがわからない。

20代〜40代の女性をターゲットにした米国ブランド、アンソロポロジーは2024年6月に、障がい者の声を取り入れたユニバーサルウェア「アンスロ・アダプティブ・スタイル」をローンチ。マヤ・ドレス、コレット・パンツといった同ブランドの定番アイテムに機能性が加えられ、人気のスタイルがそのままアダプティブウェアとして生まれ変わった。

アダプティブウェアの可能性を広げるテクノロジー

私たちの生活をより良くするテクノロジーは、アダプティブウェアづくりにも取り入れられている。

例えば、機能性を備えた布、スマートテキスタイル。現在のアダプティブウェアは、「『着やすさを支援』する服」に留まっている。しかし、スマートテキスタイルには、着用者の動きや周囲の環境を学習する機能が組み込まれている。それを素材としたアダプティブウェアは、収集したデータをもとに「着用者のニーズにこたえる服」になるというわけだ。ライクラ社の「ADAPTIVファイバー」はその1つで、個人の動きや体型に合わせた、フィット感を着用者に与える。

また生体力学モデリングは、複雑な人体についてを学ぶのを助ける。障害の種類や度合い、治療内容をより良く理解し、症状の管理をより適切に行うのに役立っており、さらに優れたアダプティブウェアづくりを支援する。

アダプティブウェア市場は、ニーズの増加だけでなく、日々進化するテクノロジーにも後押しされ、規模が大きくなっていっている。あるテクノロジーは、障がいやそれに伴うニーズを把握・理解するのに、ほかのテクノロジーは、得た知識をもとにアダプティブウェアを創り出すのに役立つ。

あとは各ブランドの意識と取り組み次第。アダプティブウェアは将来、障がい者や高齢者はもちろん、誰もにアピールする、服のチョイスの1つとして定着するかもしれない。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit