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食関連分野にテクノロジーを導入し、新たなサービスやビジネスを創出するフードテックの領域。生産、流通、加工、調理から、飲食店、デリバリーまで、多岐にわたる業界で動きが活発化しており、革新的なスタートアップも登場し始めている。一方、労働力不足や低い自給率、気候変動や環境破壊など、食を取り巻く社会課題は深刻化。課題を解決するためには領域や業界を超えた包括的な共創も、未来社会に向けた不可欠な要素だ。
こうした中、巨大市場である食関連産業の外側から変革に挑もうとしているのが、株式会社三菱UFJ銀行である。“食と新世界へ”を掲げる「Food-X Project」を2022年度に始動させ、さまざまな取引先企業をマッチングするなど、金融機関の強みを生かしたエコシステムの形成を進めている。2024年10月に行われた国内最大規模のフードテックカンファレンス「SKS JAPAN 2024 -Global Foodtech Summit-」にはプラチナパートナーとして参画し、壮大なビジョンを複数のトークセッションで語った。
今回AMPでは、同イベントや担当者への取材を通じ、Food-X Projectの全貌をお届けする。食の世界はどのような課題を抱え、どのような可能性を秘めているのか。なぜ三菱UFJ銀行が食ビジネスに参入するのか。私たちの生活にも関わる、食の最新事情を探っていく。
食の課題解決へと動き出した、三菱UFJ銀行の壮大なビジョン
10月に開催された「SKS JAPAN 2024 -Global Foodtech Summit-」は、国内外から約100人のイノベーターが登壇し、1,000人を超える参加者と共に食を取り巻く社会課題やフードテックの動向、未来について語り合い熱狂するイベントだ。44のセッションが企画される中、異彩を放つ存在が三菱UFJ銀行である。初日のセッション「MUFGが描く2050年のFuture Food Vision 〜食と新世界へ」では、同社執行役員の小杉裕司氏が登壇。一枚の絵が、来場者の目を引き付けた。
小杉氏「この架空の船の名は、『Food Ark 8(食の未来丸8号)』。1隻が2km×5kmと一つの街のような面積を有します。現在世の中にある最も大きなコンテナ船が300m級なのでかなり巨大な船です。この1隻で5%食料自給率がアップできます。この船が8隻必要となっている状況が今の日本です。この船上ではバーティカルファーミングにより食料を生産でき、コンテナの積み上げによって外部への輸送も可能です。食の大学や住居も設け、先端テクノロジー研究も行います。地震が起これば被災地沿岸に船が出動し、食料を供給したり、人を住まわせたりすることもできるでしょう。この構想は、私たちが提案する2050年の明るい食の未来と考えています」
Food Ark 8の壮大なビジョンは、三菱UFJ銀行が取り組む「Food-X Project」の理想形として設定されている。同プロジェクトは、“食と新世界へ”のスローガンの下、食を取り巻くレジリエンスを強化しながら、多様な価値と食によってウェルビーイングを追求する。その背景には、広範な社会課題の存在がある。
小杉氏「日本の食料自給率(カロリーベース)は、わずか38%。農業は肥料や農薬を輸入に依存し、就農者の高齢化も進むなど、危機的状況を迎えています。また、生産や流通における環境負荷やフードロスなど、バリューチェーン全体にも課題は山積しています。さらに、日本の食品企業は欧米と比べ売り上げや時価総額などが小規模であり、グローバルな発言力が低い傾向にあります」
グローバルな発言力とは、現在欧米主導で進んでいるルールメイキングを指す。例えば健康領域で課題視される「NCDs(※)」の改善に向け、オランダの非政府組織が「ATNI(Access to Nutrition Initiative)」という指標で各国の食品企業や小売企業を評価しているが、対象となる日本企業は、欧米企業と比べると評価は低い。世界屈指の長寿国である日本が低いはずはないが、必要な栄養素が欧米基準になっているなどの構造的な背景があり、ルールと評価を適切化するためには日本の発言力を高めなければならないのだ。
小杉氏「状況打破に向け課題となるのが、日本の食関連企業の断片的な構造です。食関連業界にはそれぞれの分野を横断する大型の業界団体がなく、担当省庁も分野ごとに独立しています。業界再編などを通じ、バリューチェーンの連携を強化できれば、さまざまな課題にアプローチできるはずです。食関連産業は市場規模全体で見ると、とてつもなく大きな可能性を秘めています。多様な価値と食を実現できれば、個人のウェルビーイングも向上するでしょう。私たちはメガバンクとして、レジリエンスとウェルビーイングの両方に向き合うべく、国内初のフードエコシステムの構築に挑んでいきます」
※がんや心臓・脳血管疾患などの非感染性疾患。Non-Communicable Diseasesの略。不健康な食生活などが要因とされ、国際機関は改善に向け取り組みを進めている。
担当セクションの枠を超えた連携で、多彩な取引先をつなぐエコシステム
ではなぜ、食関連産業の外側にいる金融機関が、積極的な姿勢を見せるのか。「さまざまな取引先と関係を持つ銀行だからこそ、できることがある」と、小杉氏は強調する。
小杉氏「世界トップクラスのフィナンシャルグループである当社は、スタートアップ、中堅・中小企業、大企業、IPO(新規公開株式)、トレードセール(M&A)、富裕層向けのウェルスマネジメント領域など、さまざまな取引を行っています。従来は社内の担当者が業界やカテゴリーごとに分断されていましたが、食というテーマで組織を横断し、ステークホルダーを有機的につなぐことができれば、社会課題を解決する有望なスタートアップに対し、支援を行うエコシステムを構築できるはずです。特に資産家は『利益よりも社会を良くしたい』と考える傾向になってきたことが、自社調査からも示されています。富裕層とスタートアップをつなぐ有意義な金融の仕組みづくりを、私たちが担いたいと思います」
社内の部署を横断し、さまざまな企業をつなぐ取り組みは、モビリティや半導体、宇宙の領域でも進められている。この「価値共創アプローチ」の可能性について語るのは、三菱UFJ銀行 産業リサーチ&プロデュース部の内藤裕規氏だ。
内藤氏「20年ほど前まで、業界ごとに垣根がありました。その中で企業は競争優位性を高めることで成長を目指してきたと思いますし、銀行もそうした取り組みを支援してきました。しかしDXの流れの中で業界間の壁が低くなり、業界の外からの脅威が増す一方、業界の外の企業との共創も可能になり、垣根を越えたさまざまなイノベーションが生まれています。他方、当行では全国のほぼ全ての支店において、食に関わるお客さまが存在し、信頼を築いてきました。私たちも業界ごと取引先ごとの垣根を越えた柔軟な発想で、大きな社会課題を解決するお手伝いをできればと思い、食領域でも価値共創アプローチを始めました」
同セッションで登壇していた、フードテック領域で幅広い活動に従事する外村仁氏は、Food-X Projectに「世界的に見ても先進的だ」と期待を寄せた。
外村氏「日本のフードテック業界は、十分なリスクマネーが投入されていない状況です。身近な食や社会貢献という切り口を設け、投資家や大企業とスタートアップをつなげようとする試みは、銀行として画期的といえるでしょう。セクショナリズムを打破できない銀行特有の構造がある中で、先陣を切る三菱UFJ銀行は素晴らしいと感じます」
Food-X Projectは、社会貢献活動ではなくビジネスとして進められている。長期的な視野に立つならば、巨大な食関連産業の革新は、日本全体の成長機会にもつながるからだ。
小杉氏「金利ある世界に戻り、今後5年は今の基盤を生かした戦略が有効でしょう。一方、10年単位で考えるならば、次なる一手に対し、種をまいておく必要がある。ここで重要なのが、社会課題解決であり、その一つが食という領域です。目先の利益を重視すると、大きな課題はなかなか解決できません。壮大なビジョンを示し、皆さまと共創したいと、今回『Food Ark 8』の絵を作成しました」
農業法人やデベロッパーと連携し、実装の場を創出
具体的な取り組みも、既にスタートしている。個別インタビューでは、同社産業リサーチ&プロデュース部の牟田健氏が、金融と農業を掛け合わせた事業共創でイオンアグリ創造と締結した覚書(MOU)について解説した。
牟田氏「全国に21の直営農場を持ち、生産者と強固なパートナーシップを結ぶ、農業法人のイオンアグリ創造さんと、2024年3月にMOUを締結しました。農家さんや自治体、アグリテック領域のスタートアップと連携し、持続可能な農業に向けたパッケージを開発すべく、現在モデルづくりを進めています」
また三菱UFJ銀行は、フードテック関連技術の成長を支援するコンソーシアム「Next Prime Food」の立ち上げにも参画している。同部署に所属する今堀実果氏は、コンソーシアムを通じた支援でも、金融機関としての強みを発揮できると考えている。
今堀氏「食の課題解決に向き合う大企業、大企業との共創に課題を抱えるスタートアップ、知見を有するアカデミアなど、さまざまなプレーヤーを結び付けるのが、Next Prime Foodです。イノベーション・パートナーとして参画する私たちは、関係者を引き合わせるのみならず、コンサルテーションも行います。成長曲線の設計、研究・生産拠点や人材の確保、ファイナンスなど、事業フェーズにより異なるニーズに対し、金融機関としての支援をしていく予定です」
Food-X Projectの施策の中でも注目を集めるのが、財閥を超えた協業だ。同社は2024年10月、三井不動産株式会社とのMOU締結を発表。連携によって食領域の産業創造を目指すことが示された。SKS JAPAN 2024内のセッション「&mog 街づくりを通じた食の産業創造」では、三井不動産 日本橋街づくり推進部 グループ長の菊永義人氏が、同社の事業「&mog」のビジョンを語っていく。
菊永氏「三井不動産は2024年の3月に、街づくりを通じて食関連企業の事業開発を支援するプラットフォーム『&mog』を立ち上げました。商業施設やマンションなど、当社が持つアセットを活用し、ハード・ソフトの両面から食のイノベーション創出を目指すプロジェクトです。事業開発のさまざまなプロセスで、支援を展開したいと考えています」
&mogの特徴は、事業フェーズに合わせた、デベロッパーならではの支援だ。事業コンセプトの設計ではワークスペース、試作品開発ではR&D支援施設、テストマーケティングでは販売場所と、プレーヤーが必要とする空間を提供する。さらにレシピ監修でのシェフのアサイン、テスト販売でのイベント運営、アンケートの収集業務代行など、ソフト面での支援も行っていくという。
菊永氏「具体的には現在、自立走行ロボットを活用した配送サービスの都市実装などに取り組んでいます。パートナーであるウーバーイーツさんは無人配送の実現を目指していますが、地元との調整、保管や充電などに課題を抱えます。そこで、当社のハードアセットや地域とのリレーションを活用し、配送網の整備をサポートしてきました。他にも、スタートアップとの新素材のレシピ開発、飲食店による次世代食材のレシピ化など、さまざまな事業を推進中です」
こうしたパートナーシップの中で、連携を強化しているのが三菱UFJ銀行となる。食のイノベーションや社会課題解決という共通のビジョンを持つ両社が一体となり、不動産と金融というリソースを活用することで、ワンストップでの産業創造支援を実施する構想だ。セッションに登壇した小杉氏は、協業による可能性を語った。
小杉氏「三井不動産さんは、壮大な社会実装をする“場”を持っています。屋上菜園、ビルで発生する廃棄物のアップサイクル、アレルギーフリーの街づくり、ホテルを場にしたスタートアップと富裕層の交流など、私としてもアイデアが次々と生まれています。より長期的な視点に立つと、築地市場跡地の再開発でも食を活性化できるでしょう。&mogやFood-X Projectというプラットフォームの上に、さまざまな試みをのせていきたいですね」
スタートアップを育むコンソーシアムで、ユニコーンの輩出を
イベント2日目に行われたセッション「Next Prime Food始動:コンソーシアムが仕掛けるプロジェクトとは?」では、三菱UFJ銀行も参画するNext Prime Foodについて、スタートアップ創出の可能性が語られた。構想の全体像を語るのは、同コンソーシアムのビジネスデザインディレクター渥美祐輔氏だ。
渥美氏「食のイノベーション創出においては、小ロットで行える研究開発拠点の不足、商品開発とセールスマーケティングの乖離、大企業とスタートアップの共創のスタックなど、さまざまな課題が存在します。Next Prime Foodは、イノベーターが集まるコミュニティー、事業を加速するプラットフォーム、生活者発想のソリューションを提供することで、共創エコシステムによるイノベーションの加速を目指します」
Next Prime Foodは、SKS JAPANを立ち上げた株式会社UnlocX 代表取締役CEOの田中宏隆氏、アグリ・フードテック領域のスタートアップ支援に従事するBeyond Next Ventures株式会社 パートナーの有馬暁澄氏、三菱UFJ銀行の小杉氏、広告代理店の渥美氏という、領域を横断したメンバーから構成される。
渥美氏「メンバーの強みの一つが、唯一無二のクローズドマッチング力です。強力なシナジーが生まれる企業同士の掛け合わせを、高い精度で実現させられるでしょう。また、フードテック領域からユニコーン企業を輩出する上では、海外展開も欠かせません。Next Prime Foodのメンバーは、海外のベンチャーキャピタル、アクセラレーターといったコネクションも備えています。日本を代表するスタートアップの成長を、バックアップできるはずです」
田中氏「大企業とスタートアップの共創は、立ち上がりまではスムーズに動きます。しかし始動後になると、事業スピードの停滞や担当者の疲弊が起こりやすくなる。調整役が必要なのですが、1社ごとにコンサルタントが入るのは現実的ではありません。包括的な調整・支援を行うハブの役割が必要と考え、Next Prime Foodの設立に至りました。さまざまなテーマ、分野にまたがる、漏れのないプラットフォームを構築する上で、三菱UFJ銀行さんの存在は不可欠かつ効果的だと考えています」
小杉氏「フラグメンテッドな食関連企業の構造を変え、日本の食を元気にしたいと考えていた当社にとって、スタートアップの存在は欠かせません。Next Prime Food は、『2030年までに企業価値1,000億円以上のユニコーン企業を5社輩出する』という目標を掲げており、驚きと共感を抱いて参画しました。取引先の大企業においても、食領域に新規参入するケースが増えています。メガバンクとしてネットワークの強みを最大限生かし、効果的なマッチングができるよう協力していきたいと思います」
多くのスタートアップと接してきた有馬氏は、フードイノベーターが集うプラットフォームに「熱気」を求める。
有馬氏「フードテック領域における企業間の連携は、まだまだ活発化しているとはいえず、他社の取り組みを認知するのも難しい状況です。Next Prime Foodは、事業やニーズ、アイデアを交換できる、熱気ある場所にしたいと考えています。各社が成功を“自慢し合う”ような環境ができれば、さらなる共創も育まれていくでしょう」
つながりからカタチへ。実装を目指す次なる一手
協業によりプラットフォームを創出し、食関連業界の革新を目指す、三菱UFJ銀行のFood-X Project。リーダーとしてプロジェクトをけん引しながら、さまざまなステークホルダーと連携する小杉氏は、なぜ金融パーソンでありながら、食領域に注力するのだろうか。個別インタビューにて、モチベーションを聞いた。
小杉氏「日本の食をよくしたいという思いが、最大のモチベーションです。そのためには深刻化する食料自給率をはじめ、食を取り巻く社会課題と真摯に向き合わなければなりません。プロジェクト始動から2年間、私たちはスタートアップやアカデミア、大企業、省庁など、650超の面談を経てネットワークを構築しました。このネットワークから社会実装を育んでいくのが、次のステップです。つながりの力をカタチへと変えながら、Food Ark 8に描かれたような2050年の未来像を実現すべく、全力で進んでまいります」
以上、三菱UFJ銀行の食への取り組みを見てきた。金融機関の総合的・中立的な立場を生かし、業界の外からエコシステムをつくることが、多くの課題の解決につながるのだろう。SKS JAPAN 2024の随所で語られた「食といえばMUFG」というフレーズは、やがて世の中のスタンダードとして定着するのかもしれない。
取材・文:相澤優太
写真:水戸孝造